第16話 終わりと始まり

 クラブユース選手権を制してからというもの、俺たちのチームワークは、日に日に良くなっていた。


 最初は、かろうじて俺が葵のプレーに合わせられるくらいだったが、今では主力メンバーの殆どが葵と連動してプレーすることができている。


 チームの調子は、飛ぶ鳥を落とす勢いで、兄貴のいた全盛期に匹敵する程の強さだった。懸念事項だった、葵と上級生の確執もすっかり解決し、軽口を言い合える仲になっていた。


 それ故にだろうか。一部の者が、現状に不満を抱いていることに、俺は想像もつかなかった。


 葵を除く他の1年生達のことだ。特に、ジュニア時代から、UTで過ごしていた数名には、かなり根深いものがあった。


 突如現れた優秀な同期。個人技は卓越していても、単独プレーが目立つ。そのうち、周りから干されるだろうと誰もが思った。


 だが、ここに来て急速にチームの信頼を得始め、慕っている先輩達とも仲良くしている。幼少期からサッカーを始め、築き上げた自分たちの居場所が奪われる。そんな焦りや不安が、彼らを嫉妬に狂わせてしまう。


 原作では、ジュニアユースの同期については、触れられていなかった。葵を虐めていたのは、あくまで上級生だった。だから、俺も他の1年生のことは余り気にしていなかった。


「あれ? 葵、そのアザどうしたんだよ」


「あー。たぶん、練習で接触した時についたんだと思います。大丈夫っす」


「そうか? 早めに医務室行っとけよー」


「そうします」


 この時、もっと葵から話を聞いておくべきだったんだ。そうすれば、あんなことは防げたかもしれない。 


 11月下旬

リーグ戦も最終節を迎えようかという頃合い。最終戦を前にして、UTの優勝は既に決まっており、何処か空気が弛んでいた。

 

 クラブでの練習後、いつも通り仲の良い面子と帰ろうとした時、誰もいない筈のグラウンドから物音が聞こえてきた。 


「どうした? 照人」


「何か、グラウンドから聞こえるんだけど」


「気のせいだろ」


「そういう怪談話は夏にやれよ」


「いや、本当だって。俺、ちょっと見てくるから、先帰っててくれ」


「了解。じゃあ、また明日なー」


「おう、また明日ー」


 俺は皆んなと別れ、グラウンドに向かって行く。すると、数人が話し合う声が、耳に入ってくる。物音の正体は、これが原因らしい。


  あれは…

葵と昇格組の1年達だな。何をしているのだろうか。あまり、良い雰囲気ではなさそうだが。

俺は、少し様子見をすることにした。


「夏目、てめぇ良い加減にしろよ!」


「俺たちだって、必死に努力してる。なのに、試合に使われる1年はお前だけ。こんなの、不公平だとは思わねぇか?」


「別に、お前らの実力が足りないだけだ。もっと、努力すれば良いだけの話だろ? 俺に当たるなよ」


「どこまでも、こっちの神経逆撫でする野郎だな。

てめぇはよ!」ドンッ!


 1人が葵の胸倉を掴み、建物の壁に打ち付ける。

かなり、険悪なムードが流れている。そろそろ割って入って止めなければ、大事になりそうだ。


「おい、離せ。こんな事、お互いに時間の無駄だ」


「もういい。お前があくまでも、その態度貫くっていうんだったら、こっちにも考えがある。」


「お前が悪いんだからな? 一生、スペインにでもいれば良いもんを、日本に帰って来て、俺たちから何もかも奪い取りやがって。その自慢の脚、再起不能にしてやるよ」


 そう言って、3人掛かりで葵を抑える。

すると、もう1人がクラブハウスの3階から顔を覗かせる。


「おーい、こっちも準備できたぞー」


 よく見ると後ろには、練習で使用する用具が大量に積み上がっていた。まさか、あれを落とすつもりなのか…?


「おー、ちょっと待ってろ。こいつ、動けなくするから」


「止めろ! お前らだって、下手したら怪我するんだぞ!」


「煩え! どのみち、俺たちは試合に出られないんだ。なら、せめて憎いお前だけでも潰してやる!」


 不味い!止めないと。


「何やってんだ! お前ら!」


 俺は声を張り上げる。


「やべっ、見つかった!」


「逃げろっ!」


「関係ない、やっちまえ!」


 葵を抑えていた3人のうち、2人は逃げて行くが、1人が上に居た仲間に指示をだす。


 上に居た奴は、指示を聞かずに逃げようとする。しかし、慌てていたため、用具にぶつかり、それがこちらに落ちてくる。


 俺は急いで、2人に近付き、まとめて突き飛ばす。上を見れば、落下物が直ぐそこまで迫っていた。


「ガッシャーン!」


「天内さん‼︎」








 騒ぎを聞き付けた、大人達によって俺は助け出され、病院に搬送された。


 医師から受けた診断は、全治1年半。今は全く、脚を動かせない。中学での復帰は絶望的だった。


 これだけ長くチームを離れていたら、ユースへの昇格も望みが薄いだろう。だけど、後悔はしていない。


「何で、俺なんか庇ったんですか… 前々から、俺の言葉はキツイって言われてたのに、今まで改善しなかった、俺が悪いんです。それが、こんな事を招くなんて。全部、俺の責任です」


 お見舞いに訪れた葵は、そんな事を話す。


「何でって、言われてもなぁ。咄嗟としか言いようが無い。それに、人の忠告なんて、一回痛い目に合わないと、聞かないもんだろ?」


「それなら、俺が怪我するべきだったんです!天内さんは、関係無いじゃないですか…」


「関係なくねぇーよ。俺達仲間だろうが。それにな、俺はお前の一ファンとして、どこまで辿り着くのか見たいんだ。こんな所で、終わっていい人間じゃない」


「そこまで、俺のことッ…」


「あとな、俺はサッカーを諦めたつもりはない。確かに今は、何もできないし、その隙にお前はどんどん先へ進むだろう。いずれ世界、それこそバルセロナから声が掛かるかもしれない。だけど、俺もいつかそのステージまで、這い上がってみせる。だから、それまでの間、ユナイテッドのこと頼んだぜ、葵!」


「っ! 俺が… 俺がユナイテッドを、世界にも負けないビッグクラブにしてみせます!」


 そうだ、その意気だ。

原作を、完全無欠の「夏目葵」を俺に見せてくれ!



時は移り、2年後

4月


 拝啓 親愛なる兄貴へ


桜花の候、桜の花のたよりが聞かれる頃となりました。プロ生活も3年目、一人暮らしもずいぶんと慣れた事でしょう。近々、海外クラブと移籍の話が持ち上がっていると聞きました。喜ばしい限りです。俺はというと、絶賛、見知らぬ女の子から脅迫を受けている最中です。


「やっと見つけた。もう二度と離さないからね♡

勝手に居なくなったら、何するか分からないよ?」


正直、恐怖しか感じません。

俺は果たして、無事に高校を卒業できるでしょうか。


 追伸 凄くいい匂いがしました。





⭐︎

次回、幕間を挟んで本編(高校編)開始となります。

引き続き、応援よろしくお願いします! 

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