第28話 何を目指してるの?
入学してから、最初の一週間が過ぎた。初日と二日目が色んな意味で濃かった為、残りの数日はあっという間だった。
本日は土曜日。俺はサッカーの聖地、国立競技場まで足を運んでいた。
というのも、兄貴から今日は重大発表があるから、直接試合を観に来て欲しいとの連絡が入ったからだ。
そうして、俺はスタジアム近くの駅で1人、とある人物を待っていた。
「あっ!おーい、お待たせ〜!」
そう言って、走り寄って来たのは美鈴。
今日の服装は、水色のワイシャツの上に、白色のVネックのケーブルニットを被り、黒の無地柄ショートパンツを履いていた。肩から掛けている、小さなポーチも良いアクセントになっている。
スポーツ観戦するにも、動きやすそうだし、何よりよく似合ってる。うむ、実に可愛い。
「ごめんね、待たせちゃったかな?」
「いや全然。俺も、さっき着いた所だから。服、良く似合ってるよ」
「えへへ//褒めてくれて、ありがとう。ギリギリまで、悩んだ甲斐あったな〜♪」
「にしては、随分早かったな。待ち合わせ時刻まで、まだ30分あるぜ?」
「うん!だって、あんまり、テルを待たせたくなかったから。そう言う、テルの方こそ早いじゃない」
「んー。何となく、美鈴が早く来そうだなと思ったから。美鈴を1人で待たせるの危ないし、先に来た方が良いかと思って」
そう、普段の俺なら、予定時刻ちょうどか、2〜3分遅れて行くのが常なのだが、今日はいつもより早めに待ち合わせ場所に来た。
今の美鈴なら、下手したら1時間前に来ているんじゃないかと思ってたが、何とか30分前で、間に合って良かった。
「なんだ、私たち同じこと考えてたんだね!なんだか、照れるね//」
グハッ!
もう随分、慣れたかと思ったけど、不意打ちのデレは反則だ。私服姿も相まって、破壊力がえぐい。
「それにしても、翔太も英介も来れないなんて残念だな。英介なんて、当日になってから、体調不良だもんな。ついてないなぁ、あいつも」
実は、今日の試合に2人のことも誘っていたのだが、翔太は元々用事があると断られ、英介には先程の理由でドタキャンされてしまった。
そういや、さっき。
英介から行けないという、連絡が入った時、気になる事を言っていた。
『そう言う訳で、とてもじゃないが、俺は今日行けそうもない。くれぐれも、白崎さんに宜しく伝えておいてくれよ!いいか、くれぐれもだぞ!」
体調が悪い割には、随分口調が強かったような…
「うん!そうだね、2人とも来れなくて残念だよ!」ニコッ
俺は美鈴の顔をジッと見詰める。
まさか…そんな筈ないよな?
「ん?私の顔に何か付いてる?」
「いや、何でもない。ただ、見てただけだから」
俺は首を横に振って、思考を追い払う。
世の中には、知らない方が良いことが沢山ある。これもそうだ。考えない方が吉だろう、うん。
「ちょっと早いけど、これだけ時間あれば、応援グッズとか、軽食とか色々見て回れそうだし、スタジアムの方行くか!」
「うん、賛成!」
※
スタジアムの周りで、買い出しを終えた、俺と美鈴は観客席へと座り込む。
「は〜、疲れた!何とか、兄貴のタオル買えたのは良かったけど、試合前からヘトヘトだよ」
「海斗さんって、もう下手なアイドルとかより人気だもんね…」
美鈴が遠い目をしている。
俺は、背番号10「天内海斗」と大きく書かれたタオルを広げる。このタオル一枚を手に入れるのに、大変な苦労があったのだ。
兄貴関連のグッズは入荷したら、5分と待たずに即完売。しかも、ファンの男女比は圧倒的に女性に傾いており、俺の様な男性客が兄貴のグッズを買おうとすると、女性ファンから睨まれるなど、大変肩身が狭いのだ。
今回は美鈴がいたため、女性客からの厳しい視線は比較的緩和され、俺もグッズ争奪戦に遠慮なく参加できたのである。
「今日は、美鈴が一緒に来てくれて助かったよ。男だけだと、転売か何か疑ってんのか、すっげー睨まれるから、買いづらくてさ」
「女性ファンの熱量、凄かったよね。皆んな、鬼気迫る表情してたっていうか…あれは、男の人だけじゃ無理だと思う」
ピッチでは既に、選手たちがアップを始めており、そこには兄貴の姿もある。俺はタオルを掲げて、兄貴に声を掛けようとする。
「兄…「「「せ〜の!海斗く〜ん‼︎」」」」
俺の声は、近くにいた兄貴のファンの声で、掻き消されてしまった。
「すげーな、あの人達…」
「本当、よく訓練されてるよね」
彼女達の声に気がついた兄貴が、笑顔で手を振る。流石だな、ファンサービスが手慣れている。
近くにいた、俺にも気が付いた様で、お互い無言で頷き合う。
「「「キャーー‼︎」」」
「今、絶対私のこと見てた!」
「いーえ、私の方よ!だって、目が合ったのよ!」
「笑顔が素敵過ぎる〜!」
いや、俺だよ?兄貴は、俺と目で会話してたんだよ?
女性ファンの余りの妄信ぶりに、時々、兄貴は一体何処を目指してるんだろうかと、首を傾げたくなる。
選手たちがアップを切り上げ、一旦控え室へと引き上げていく。時計を見れば、もう間も無く、試合開始時刻となっていた。
今日の対戦カードは、ユナイテッド・オブ・東京vs川崎フロンティア。
6試合消化した現在、川崎が勝ち点13で単独首位、ユナイテッドは勝ち点12で2位につけていた。
今日は、そんな序盤の山場とも言える、首位攻防戦の様相を、呈しているのだ。
選手たちが、入場してくる。ホームチームであるユナイテッドの選手たちが、スタジアム中央の電光掲示板に映し出された。
兄貴が映ると、一際大きな歓声が上がる。
「ナンバーテン!海斗〜天内!」
「「「ギャ〜〜!」」」
幸せそうだな、あの人達…
さあ、気を取り直して、キックオフだ!
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