第9話 不協和音

 7月

新チームが始動してから、約3ヶ月。結論から言うと、俺の願いも虚しく、チームの雰囲気は最悪。いつ何が起こっても、おかしくない。


 チームの不和の原因は、夏目にあった。夏目は確かに天才だ。だが、天才だからこそ気付けないことがある。


 自身の能力が高いが故に、大抵のことは難なくこなしてしまう。そして、それが普通だと、他人も出来て当然だと、思い込んでしまっていたのだ。


 また、スペインで育ったことが裏目に出ていた。思ったことをなんでも、オープンに言い合う環境で育ってきたが故に、日本の空気を読むという習慣を理解していなかった。


 知り合ってまだ日の浅い相手から、明け透けに物を言われれば、言われた方は当然腹が立つ。


 何より、夏目が周囲に求めるプレーの質が余りにも高すぎた。勿論、UTのジュニアユースに所属する彼らのレベルは決して低くない。国内ではエリートと呼べるだろう。

 

 しかし、夏目がかつて所属していたのは、かの名門バルセロナFC。世界的なビッククラブのカンテラで過ごした彼にとっては、日本有数の選手たちであったとしても、物足りないレベルだったのである。


 早々にチームメイトが頼りにならないと、見切りをつけると、夏目の単独プレーが目立ち始めた。それでも、試合に出る度に結果を残すため、周囲の反感を余計に買い、それが負の連鎖へと繋がっていた。


 2、3年と夏目の間には、既に修復できないほどの溝が広がっており、上級生に目を付けられたくない1年も、夏目を遠巻きにして近付かない。夏目は周囲から完全に孤立していた。







 クラブの練習の帰り道。

俺は、同学年の仲のいい連中と一緒に帰宅する。最近は、殆ど夏目への愚痴ばかりだ。


「あ〜、くそ! 夏目の野郎! 何が、向こうじゃこれくらい当たり前でしたよだ。ここは日本だっての!」


「そう、怒んなよ。実際、あいつが言ってる事、そんなに間違ってないだろ。一言余計だけど」


「間違ってないのが、余計腹立つんだろ!それにあいつ、俺達のこと馬鹿にしてんだよ」


「それな!事あるごとに、バルサはこんなものじゃなかったとか、世界的に見れば〜とかまじで、ムカつく!」


「けど、あいつやっぱ上手いから、俺らじゃ文句言えねぇんだよなー。認めんのは癪だけど、あいつのおかげで勝ってる試合もあるし」


「俺らの中で、あいつに何か言えるとしたら、照人くらいじゃね? あいつ、お前だけは認めてるみたいだし」


「あれは、認めてるって感じじゃないんだよなぁ。他よりは使えるってくらいの認識だと思う」


 実は、夏目と試合に出た時、いつもなら自分で打ちに行くと言う場面で、何度か俺にパスを出すことがあったのだ。気になって、試合後本人に尋ねてみると、実に淡々と答えを返された。


「別にただ、天内さんの方が良い位置にいたから、ボール渡しただけです。他の人は、抜け出すタイミングが遅かったり、ポジショニングが悪いので」


 要するに、パスを出さないのは、お前たちが下手くそだからだ、という訳である。俺の場合も、タイミングが半歩出遅れてしまうと、容赦なく切り捨てられる。


「どっちにしろ、あいつ一回痛い目に合わせた方が良いんじゃないのか? 夏目が試合に出ることで、試合に出られなくなる先輩だっているのに、あの態度はないぜ?」


「そうだよな。3年の先輩なんて、特にユースに上がれるかどうかの瀬戸際なのに、そのチャンスが一枠分取られるかと思うと、悔しいよな。俺らも来年他人事じゃないし。」


 何やら雲行きが怪しくなってきた。


「夏目のこと、締めるってんなら、手貸すぜ。

 いつでも呼べよ」


「俺らのこと、好きに使ってくれていいから、夏目の件、頼んだぜ照人」


 ん?

 ちょっと、待てよ…

 これ、俺、主犯格に仕立て上げられてませんか⁈

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