第九話 ほら、言うじゃん。最大の敵は己自身って
入学式から1カ月が経った。
新入生たちも学校生活に慣れてきて、廊下を歩いているだけでも活気があふれているのが分かる。
裏腹に二年生以上の上級生はすこし不安げな顔つきだった。
それもそのはず、アムストラクト公爵令嬢が新しく生徒会長になってから風紀の取り締まりが厳しくなったからだ。というのも、学園生徒の中に魔王軍の構成員がスパイとして侵入していることが4年生以上の上級生には知らされていた。不審な動きはスパイ容疑があるとして厳しく対処されるようになったのだ。
この事実は下級生には伝えないよう緘口令も敷かれたが人の口には戸が建てられない。下級生には噂として少しずつ伝わっていった。
自身の家の力で悪いことをしてきた貴族は今まで通り動くことができず、一方規則正しく学園生活をおくっていた者は魔王軍のスパイにおびえるようになった。
入学したてで先輩とつながりがあまりない新入生だけが、何も知らないため楽しく学園生活をおくれているというわけだ。
しかしそんな新入生達にも少しずつかげりが見えてきている。
「おい!お前舐めてんだろ!」
「ひっ」
「金を用意できないってどういうことだ!この前持ってくるって言ってただろ!」
「そ、そんなこと言ってないです……」
「ブラトン様!もうこいつやっちゃいましょう!」
「金を払わないならせめて魔法練習の的あてとして役割を与えてみては?」
「それはいいな、おい、こっちに――「やめろ」
昼休み。訓練場の裏で3人の男子生徒が一人の生徒をいじめるなか、俺は彼らの背後から声をかける。
彼らは振り返ると俺の顔を見る。そして顔を青ざめていった。
「君達も貴族だろ、平民をいじめるなんて見苦しい真似をするな」
「あ、アイン・タレント……」
どうやら俺を知っていたようだ。
俺は彼らを無視していじめられていた平民の方を見る。
あいつは……確かフェインドだったか。入学式の前に助けた平民だ。
ということはこいつらはあの時のバカ貴族三人組か。
「く、クライナ様……!あの噂のアイン・タレントです」
「ここはいったん退きましょう。生徒会長に話されたら――」
「ま、待て。タレント伯爵家子息アイン殿、少し勘違いしているようです。俺は決して彼をいじめていたわけではありません。実は――」
クライナとかいうバカ貴族は俺に対して釈明をするようだった。しかし、俺は彼を一蹴する。
「君のような低俗な精神を持つ貴族の話を聞くつもりはない。去れ」
クライナの顔が引きつる。しかし、すぐに平静を取り戻し俺を睨みつけてきた。
「アイン殿。俺はEクラスのリーダーです。しかし、主席ともあろう貴方がこの前の学年会議には出席していなかった様子。ああ、失礼しました。貴方は確かリーダーにはなれなかったみたいですね」
と言って彼はいやらしい笑みを浮かべた。
これで、彼らは俺がメアリスに圧勝した情報も手に入れていない情弱バカ貴族という新たな称号を手に入れたようだ。
「君がリーダーだからといっていじめをしていい理由にはならないだろ」
「だから違うんですよ。俺は彼を魔王軍のスパイから守ってあげるようと提案していたのです。守るために金銭を要求するのは当然のこと」
俺は彼らの馬鹿さ加減に呆気を取られる。
彼らは何も話さない俺を見て論破できたと思っているのかにやにや笑っていた。
「はぁ、当然なわけないだろ。それに、いじめかどうかを判断するのはお前らじゃない。勿論、俺でも生徒会長でもない。フェインド自身だ。彼は前回君たちにいじめられ金銭を要求されたと発言している。当然、今回も同様だと判断するのは普通だろう」
クライナの顔には苛立ちが見えた。
「平民の肩を持つのか」
「少し違うな。私は君たちみたいな
彼はにやりと笑う。
「今、敵といったな」
「はい。言ってました」
「間違いなく」
彼らは剣を抜き剣先を俺に向ける。
「私達、貴族の敵。それはつまり学園生徒の敵ということだ。それに貴族らしくない言葉遣い。首席でありながらリーダーにはなれない実力!お前は魔王軍のスパイじゃないのか?!」
「違いないです」
「やっちゃいましょう!」
バカすぎる。
といったその時、俺の後ろからさらに人がやってくる。
「おいおい、剣を抜くなら俺らも黙ってねえぞ」
「わ、私も加勢します」
裏で待っていたケインとレインだ。
もともと、昼休みに彼らと訓練場に来る途中だったため実は裏で待機していた。情弱バカ貴族三人組が実力行使に出ようとしたため、彼等も出てきたのだろう。
これで3vs3だが過剰戦力が過ぎる。
「決着なら訓練場でつけようか」
ケインが木剣を抜き彼等に提案するが俺は静止するよう促す。
「ケイン、その必要はない。こいつらが弱すぎて逆に俺達が弱い者いじめしているように見えてしまうだろ。こういうのは裏で穏便に済まそう」
「なんだと、うおおお!」
バカ貴族三人組が剣を持ち走りこんでくる。
俺はケインが持つ木剣を奪い彼らにゆっくりと歩いていく。そして彼らとすれ違うように通り過ぎ、奥で座り込んでいたフェインドに話しかけた。
「フェインドだったか。君もあんなバカに舐められないよう強くなれ」
「あ、ありがとう。でも後ろ……」
といった時には彼らは気絶し倒れていた。
「レイン、すまない。一応このバカたちに回復魔法をかけといてくれないか」
「あ、はい。と言ってもアイン君は怪我をさせないよう気絶させるのが上手なので、そこまで必要ないとはおもいます」
「レイン、俺は下手だってか」
「ケイン君、す、すみません。そういう意味じゃなくて……アイン君が特別上手なんです」
ケインが笑ってレインをいじっている。
フェインドにはこの前、あんなこと言った手前話しづらい。
俺はそれ以降何も言うことなく、現場を後にしようとする。
「ま、待ってください。ありがとうございました。入学式の時だけじゃなく、二度も助けていただいて感謝しかありません。タレント伯爵様!」
彼も入学式で名前を憶えてくれたらしい。
俺が何も答えず去ろうとすると、ケインがいつも通り彼に答えてくれた。
「当然のことをしたまでだよ。俺達は『
〇
次の日、クラスの休み時間にケインとレインで昨日のことを話し合っていた。
「アイン、君は入学式から一人でこんなことしてたのか」
「ただの自己満足だよ。いじめが個人的に嫌いなだけ」
「す、すごいです!アイン君は本当に優等生だと思います」
入学式の日からずっと俺は個人的にいじめを見かけたら止めるよう促していた。入学式以降、一週間は全然見なかったが少しずついじめの兆候が見え始めている。
いじめの取り締まりはもともと俺が勝手にやっていたことだが、ケインとレインと行動を共にすることが多くなり、巻き込んでしまうことが多くなった。
すると、レインが俺達3人でいじめを取り締まるグループを作ってしまってはと提案し、ケインはノリノリで承諾。
俺も特に断る理由はなかったので、いじめ撲滅組織『
「それにしても活動を始めてまだ10日ほどだが少しずつ俺達の噂が広まっているらしいぞ」
「嬉しいです。これで皆がいじめをしなくなるといいんですけど……」
ここ一週間はいじめの数が多すぎた。上級生たちの風紀は取り締められている代わりに1年生の治安は悪化の一途をたどっている。昨日みたいに手を出す輩も少しずつ増えてきていた。
一方で、Aクラスではいじめは全く起こっていない。もともとAクラスは他のクラスに比べて優秀な生徒が集められている。実力だけでなく性格、金銭に関してもだ。ゲーム内で彼等もいじめをしていたはずだが、全ては悪役貴族の俺が元凶だったのだろう。
ふと俺は疑問に思ったことを二人に話す。
「それにしても私の噂を聞いていた割にはあいつら食い掛ってきたよな。いったい何の噂を聞いていたんだ?」
情弱バカ貴族三人組の一人俺を見て噂の……と言っていた。『
「あっ……その噂は……」
「多分、あれだよな」
二人はばつが悪そうな顔で俺を見る。そして目をそらし両者が顔を見合わせる。まるで目で会話するように。
「知っているのか?」
「まぁ、俺も真偽はかなり気になってたんだよな」
「け、ケイン君。当人同士の問題ですしそっとしといた方が……」
「何?全然聞かれたら答えるけど」
「じゃあ、入学式の日、生徒会――「タレント伯爵家子息アイン殿はいるか?!」
ケインが話そうとした時、Aクラスの扉が勢いよく開かれる。
扉の前に立っていたのは男子生徒二人。そして制服の色が違った。つまり……
「俺は二年のイム・セニオアだ」
「そして俺はテリクト・スポタン」
どちらも子爵家か。
俺は立ち上がり名乗る。
「私がアイン・タレントです」
「昨日は舎弟が世話になったみたいだな」
俺は彼らの後方を見る。すると昨日のバカ貴族の一人であるブラトン子爵が立っていた。
「少しお話しをしようか――「しません。昨日も言った通り低俗な精神を持つ貴族と話すつもりはないです」
俺は彼らに近づいていく。
彼らはにやりと笑い俺に挑発をしようとした。
「おいおい。もしかして俺達がでてきてびびっちゃった――
「話をするつもりはないので、黙らせましょう。実力で。訓練場に来てください」
喧嘩は売られる前に買え、だ。
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