第十三話 俺とお前とそれから私、みんな悪役貴族


 煌都学園は煌都の中でも端の方に位置している。校舎の外には、煌都を囲う建てられた魔防煉瓦の壁を挟んで森林が広がっていた。元来、魔物が出ていたが今は煌都の兵によって討伐されて安全な地域になっていた。

 しかし、それは10年前までのことだ。10年前から大型の魔物が出現するようになった。奥地で出現するため市民にまで脅威は及ばないが、念のため進入禁止の地域になっていた。

 しかし、大型魔物は煌都学園のとある人物によって完全に討伐されることになる。


 ユリ・スーン・アムストラクト。


 当時、一年生だった彼女は討伐隊に異例の参加を果たし、そしてほぼ彼女一人の力で発見されていた全ての大型魔物を撃ち滅ぼした。


 森林はまだ発見されていない大型魔物が残存している可能性を考慮して未だに進入禁止の措置が取られている。


 本来、人も魔物も存在しない森林の一部にて、人の声が響いていた。

 一つは『人剣連合』の生徒による罵り、そしてもう一つは単身で彼らに乗り込んだ一年生、アイン・タレントによる独り言だった。



 森の中を走り10分ほどで、『人剣連合』の本部にたどりついた。

 といっても綺麗なものではなく、壁や天井が崩れている遥か昔の建物をたまり場にしているようだった。


 生徒の人数は思ったより多い。二年生と三年生が3:2の割合でおり、広場のような空間の壁端で床に座っている。


「おいおい、マジで来たよこいつ!」

「馬鹿すぎだろ」

「わざわざ死にに来てくれてありがとな。ぎゃはは」


 本気でぎゃははと笑っているような輩ばかりだ。当然生徒はほとんどが平民だ。なかには貴族もいるがこいつらほど下品な態度ではなかった。


「何しに来た。アイン・タレント」


 俺に話しかけてきたのは、広場の奥。二階から見下ろしている男だ。一目見てゲームの知識を思い出す。こいつがデント・プラザイ侯爵家子息だ。


 デントの周りには6人の生徒が彼を守るように立っている。貴族が4人。平民が2人だ。


「ケインとレインの仇、とらせてもらう」

「まさか来るとは思ってなかった。俺の家にビビッて尻尾巻いて逃げるとおもってたんだがな」


 そういうと、彼の周りにいる生徒の一人が魔道具を取り出す。そしてピッという音と共に起動した。すると、アイン・タレントの声が魔道具から聞こえてくる。


『それに、私が動いたことで何にもなりません。私はタレント伯爵家で相手はプラザイ侯爵家。家の力で学園側の裁定を覆すことは不可能ですし、仇をうちに行っても今度は自分が謹慎処分を受けるだけでしょう』


 メアリスとの会話の一部だ。盗聴だけでなく録音されていたようだ。


「明日にはこの音声を記事にした新聞が学園で出回る手はずだったんだがな。どうやら記事の内容は変わるようだ」

「うおおおおおお!」


 俺は【俊脚】でデントとの距離を詰める。そして剣で斬りかかろうとするが、側近の一人に受け止められ反撃を食らう。


「ぐあっ!」

「おいおい、その程度かよ。録音機の中にいるお前の方がクレバーだぞ」

「くっ……こいつら、強い……」


 俺は苦悶の表情で彼らを睨みつける。


「一つ質問させろ。なぜ、レインとケインを襲った」


 デントはくつくつと笑う。


「めざわりだったからだよ。アイン・タレント。聞く限り入学式からいじめを止めてたみたいじゃないか。俺はな、お前みたいな正義の味方きどりが気に食わないんだよ」


 入学式から、ね。

 俺は彼の発言の一部に引っかかりを覚える。



「レインはお前に立ち向かった!私がここで退くわけにはいかない!」

「口では何とでもいえるが、お前には無理だ。ここは『人剣連合』本部。何人仲間がいると思ってる!」


 とデントが言ったところで再びピッと音が鳴った。

 今度は俺の手の中から。


「はい。演技終わりー。いや感謝するよ。寸劇に手伝っていただいて」


 唐突に俺の態度が変わりデントは困惑する。

 俺の手には先ほどの録音の魔道具が握られていた。

 デントは魔道具を持っていた部下を確認するとその手から魔道具が消えている。


「す、すみません。先ほど反撃する最中にとられたみたいで……」

「クソが!」


 デントはその生徒に向かって剣を投げつける。そして俺に向かって叫んだ。


「だがな、お前が絶体絶命なのは変わりない。録音データを排除したらお前がボロボロになった記事が出回るだけだ」


 周囲に座っていた生徒たちが立ち上がる。その数は70人以上。ゲームの知識よりも人数が多い。確か、あのサブクエストを受けるのは時期的に来年の二学期だしな。人数に違いがあってもしょうがない。


「録音データを排除するわけがないだろう。これは証拠になるんだからな」

「は、証拠?噂の生徒会長様にでも泣きつくってのか?」

「証拠っていうのは、俺は『人剣連合』に立ち向かったが敵わなかったって証拠だよ。お前らは今からまだ生き残っていた大型魔物に襲われて壊滅的な被害に遭うことになっている」


 デントは不可解な顔をした。そして、俺を鼻で笑う。


「お前は知らないかもしれないがな。この森には大型魔物なんてもう出ないんだよ。なにせあの何でもできる生徒会長が倒したんだからな」

「いや、いるさ」

「俺らにかなわないから大型魔物に頼ろうってか。残念だったな。奇跡でも起こらない限り現れない」

「だからいるんだよ、ここに」


 俺はもう片方の手で剣を抜き二刀流になる。


 ようやく彼も俺の意図に気づいたようだ。

 そう、これはただの責任転嫁だ。いくら相手が不良生徒だからといってもこれだけの数の生徒を傷つけたら、俺の方にも罰が与えられてしまう。だからあえて俺が彼らに敵わない状況だったことを録音させた。これから起こる惨状は俺が犯人ではないという証拠を作ったのだ。


 つまり、先ほどの発言は宣戦布告。

 お前らを一人残らず潰すという宣言だ。


 周囲の生徒が次々と剣を抜いていく。

 俺はそんな彼らを見ながら独り言を呟いていた。


「計画は想定外の連続だ」


 生徒会に入る。今回の計画の最終目的だ。優等生を演じるのも、いじめを止める活動をして評判になるのも面倒だ。そんなチマチマ活動するよりも、一つ大きな功績を作った方が良い。


 今の俺の実力で生徒会にとって利益となる大きな出来事を考えた時、真っ先に出たのが『人剣連合』の排除だった。


「私の計画では、レインが重傷を負ってケインが濡れ衣を着せられるはずだった」


 ケインは純粋で影響を受けやすい。

 レインは自分に自信がなく引込み思案だ。

 利用しやすい人物を選んで、俺は彼らに声をかけたんだ。


 そして、当初は『人剣連合』に襲われたレインをケインと共に助けるという構図を想定していた。


「しかし、人の心っていうのはどう転ぶか分からない。臆病だったレインは誰よりも勇気ある行動をした。ケインだって自主的に活動するほど積極的になっていた。二人は私の想像以上に勇敢で誠実だったんだ」


 そして俺はそんな二人を利用した。

 彼らが怪我を負うと分かりながら止めることはなかった。


「何より想定外なのは私自身だ。こんなに腹立たしく思うとは思わなかった」


 俺は顔に怒りをあらわにする。


「お前らにじゃない。自身にだ。結局は友人を利用した。それなのにまだ彼らの友人でいたいと思っている。そのあさましさに嫌気がさす」


 結局、もやっていることは悪役貴族だ。


「だから今からすることは、やつあたりだ」


 俺は辺りを見渡す。何人かの不良生徒は走りこんできていて今にも斬りかかろうとしている。


「一人語りが長すぎたな」


 あまりにもこいつらが遅すぎて多くを語りすぎた。

 俺は腕をクロスさせ剣を構える。


 竜王流剣術【桜竜斬】。

 周囲に大量の魔力の斬撃を発生させる技だ。

 一発の斬撃の魔力量は多くないため、魔力量の差がある相手にはあまり通用しない技となっている。しかし、裏を返せば魔力量の差がない相手には無類の強さを発揮する。


 ゲームでは雑魚MOBを一掃するときに使用していた。


 その【桜竜斬】を右手、左手で同時使用する。

 魔力の斬撃は桜の花びらを優に超え、雨のごとく降り注ぐ。その名を――


「【雨竜】」


 襲い掛かってきた生徒も、裏で傍観していた生徒も関係ない。

 一階にいる全ての生徒が魔力の斬撃に切り刻まれ、血を流し倒れていく。


 10秒後、俺が腕を止めると周りには誰も立っていなかった。


 俺は二階にいるデントとその周囲の生徒を睨みつける。

 残りは幹部が6名。幹部候補の上級生が4名。そしてボスであるデントのみ。


「安心しろ。お前らには怒りも罪悪感もない。ただ俺の計画のために潰す」

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