報告


「だいたい情報を手に入れたから報告するわ」


 三日後、休み時間に生徒会執行室にてザネと私は集まり彼女から報告を受ける。


「真剣な報告の前に、ユリちゃんにも関わる噂について報告するわ。ほら、この前噂の8割はアイン君からのユリちゃんへの情熱的な告白って言うてたやん。でも今では錯綜しててアイン君がユリちゃんと逢引きしてて稽古をつけてもらってるっていう噂になっとる」

「どうしてよ……」

「アイン君、一年生の割には強すぎるやん。だから生徒会長に教えてもらってるに違いないって感じらしいわ。証拠は一切ないし、ユリちゃんがそんな暇がないくらい忙しいのは私も知っとる。伝言ゲーム形式でそうなったんやろね」


 こういうゴシップネタばかりが広まっているとは思わなかった。彼の良いところはもっといっぱいあるはずなのに……


「でもユリちゃんにとってもプラスな出来事があって、ユリちゃんって粛清の件もあって怖いって印象が多かったんやけど、今では儚い恋をする乙女になっとる」

「それは本当にプラスなの?」


 くらくらしてきた。


「まぁネガティブな印象からポジティブな印象にはなったと思うで。これはまだ数が少ないんやけど、アイン×ユリ会長の推しができてるとかいないとか」

「その情報は分かったわ。もういい。とにかく彼の他の情報について教えてちょうだい」

「ま、一応伝えただけや。で、アイン君についてなんやけど……かなり滅茶苦茶な子やね」


 ザネからの評価は意外なものだった。どちらかというと優等生のような印象を受ける人が多いのだが。


「まず基本的な情報からやな。アイン・タレント伯爵家子息。13歳。Aクラス所属で首席合格者。幼い頃は神童って呼ばれとったらしい。でも、Aクラスのリーダーにはなってないみたいや」

「へぇ、意外ね。大抵首席合格者はリーダーになるのだけれど」


 主席になるような生徒はリーダー気質にあふれるものが多い。天才肌な生徒もいるが、その時は他の生徒に推薦されてリーダーになっている。


「辞退したみたいや。他に集中したいことがあるって言って。でも現Aクラスリーダーのメアリス・ブリアン子爵令嬢とは模擬戦で戦っていて圧勝しとる。というか、今のところは模擬戦、決闘含めて彼は無敗やね」


 流石と言ったところ。メアリス嬢も入学試験を見る限り優秀な生徒だったはず。圧勝するということはかなりの実力差があるのだろう。


「周囲の生徒からの評価も高いわ。模擬戦では他の生徒の指導みたいなことも行っていて面倒見が良いみたいやね。メアリスたんもいい子みたいやしAクラスはめっちゃ平和やったわ。誰に聞いてもアイン君は学年一の優等生やって言っとった。その一番の例として次いう活動が関わっとる」


 私は彼女から渡されていた資料を見ながら聞いていた。


「で、その具体的な行動について、いじめを無くす活動をしとる。具体的に言うと、クラスメイトのケイン・アウフトリット伯爵家子息とレイン・シュヒタン男爵令嬢の三人で『WAINSウィンズ』っていうグループを作って、昼休みや放課後に見回りをしとるみたいやわ」

「へぇ、グループで」

「うん。実際その活動の甲斐もあって一年生の治安はかなりいい。いじめをして彼らに目を付けられる方が面倒だっていう空気感になってきとる」


 それはとても助かる。どうしても一年生のトラブルは規模も小さいものなので生徒会では対処せず担任の先生陣に任せることが多い。なかには理不尽な結果になるものもあるみたいだった。いじめはそのトラブルの元なので、減少傾向にあるのは素直に彼の功績と言っていいだろう。


「やけど途中で二年生に目をつけられたみたいでおもろいことになっとるわ。二年の不良生徒がアイン君に喧嘩を売ったみたいやけど、あっさり返り討ちにあったみたい。それで仇をうちに多くの生徒がアイン君に決闘を申し込んどるみたいや。彼は全てを了承してここ四日は毎日放課後に決闘しとる」

「なんだか、既視感があるわ」

「私もユリちゃんが入学してきたときのことを思いだしたわ。で、それは置いといて、その結果面倒な連中に目をつけられたみたいやわ」

「面倒な連中?」

「ああ。なんとあの『人剣連合』や」


 『人剣連合』……


「初めて聞くけど、有名なの?」


 私が聞くとザネが笑いながら頭をかく。 


「ただの不良集団やね。そこそこ有名やったけど、まぁ落ちこぼれの集まりって感じやしユリちゃんが知らなくてもしゃーないわ。

 ともかくそこのボスのデント・プラザイ侯爵家子息に目をつけられたみたいや」


 デントと聞いて私が驚く。久しぶりにその名前を聞いた。


「デント君がそんなことしてるの?意外だわ」

「そういえば同級生やったね。知り合いなん」

「知り合いっていうか一年のころクラスメイトだったから。不登校になったみたいだから会ってなかったけど、裏でそんなことしてたのね」

「しょーもない喧嘩しか起こしてないみたいやけどな。

 ともかく、そいつらにさっき言った『WAINSウィンズ』のメンバーの二人が襲われて一人が重傷、もう一人が濡れ衣着せられて謹慎処分になったみたいや」

「なるほど。まぁ学園がしそうなことだわ」


 学園の先生陣は正義の味方でも生徒の味方でもない。学園にとっての利益を最優先に考える傾向にある。今回の場合はデント君に処罰を与えるより、一年生に濡れ衣を着せたほうがメリットだと考えたのだろう。


「で、おそらく今アイン君が『人剣連合』の本部に殴り込みに行っとる」

「今?!急な話ね」

「この事件自体昨日のことやしな。アイン君が知ったのは今朝で、メアリスたんから教えてもらっとった」


 生徒会の方で対処しようかと思ったが、アイン・タレント本人がすでに行動しているのなら大丈夫だろう。むしろ余計なことをせず彼が何をするのか見てみたい。


「それでその今朝にアイン君とメアリスたんが話した会話で気になったことがあるねん。ちょっと読み上げるわ」


 そう言うと彼女は「あー、あー」と声色の調整をする。そして本人かと聞き間違える程、声真似をして話し始めた。

 話の内容はメアリス嬢がアイン・タレントに連れていくよう頼むが断ったという内容だ。食い下がる彼女に対して明確な拒絶も示していた。



『別に私は君を嫌っているわけではありません。同じく、好感情も持っていない。私は君をライバルだと思ったことはないし、これから思うこともない。君に対して何の感情も関心もない。君と私の関係は、ライバルでも、友人でもない。ただのクラスメイトです。そして、この関係で別にいいと思っている。ただ、それだけです』


 ザネが彼の声真似をしながら話している。この言葉は明らかに異質だ。彼は自分の意思で彼女に無関心でいることを強いている。一見、嫌悪にもとられかねない心情だが、彼はその嫌悪に思うことすら禁止している。苦手な人に近づきたくないという感情に似ているがここまで強いものは中々ないだろう。


 一体なにが彼をこうさせるのか。


 ザネが続けて彼の声真似をする。


『メアリスさん、先ほども言いましたが別に君を嫌っているからじゃありません。君が欠点を持っているからでもない。完全に私の都合です。

 私は、ある時からあの人・・・しか見えていません』


 ん?


『全ての興味、関心は彼女に独占されているようなものなんです。メアリスさんは私に負けたのではなく、私の心をつかんでいる彼女に負けた。そう捉えてもらって結構です。』


 あれ?これって……


『君に対して私が無関心な理由は、はるか上にいる彼女の隣に立つためには全力を注ぐ必要があり心の余裕がないためです。』


 ま、まだ誰のことかは分からない。もしかしたら彼にとって尊敬する人がいるのかもしれないし……


『いじめを止める活動をしているのも、決して善良な心を持っているからじゃない。生徒会に入るため、良い評判を作りたかったからにすぎません。』


 私じゃない!生徒会の関係者で彼の心を独占してる人物って私しかいないじゃない!


 え、なに?


 私のことが好きすぎて、私のいない所でも他の女性になびかないよう一定の距離を置いて接しているの?!私のこと好きすぎない?!


「ってところが、引っかかったんや」

「ザネ、私をからかってるの?!」


 私は顔を赤くしながら怒気を含めた声で返す。


「ちゃうちゃう。確かにアイン君の一途な面もすごいけど、私が言いたいんは最後の所。生徒会に入るため良い評判を作りたくて行動してたってところや」


 私は落ち着きを少し取り戻し彼女の話を聞く。


「なんかしっくりこなかった。分からなくもないんやけど、なんか彼らしくないなって思ってん。

 入学試験を見てたユリちゃんも思ったやろうけど、アイン君の行動は行き過ぎた合理性から来てると思うねん。やから本当に彼が生徒会に入りたいならいじめを止める活動も一人で行いそうなはずや。グループを作ってリーダー性があるってことを示したいんなら、それこそクラスリーダーになればいい。

 実際活動も上手くいってないように見える。放課後は不良生徒と決闘していて肝心の見回り活動もできてへんし、グループメンバーも『人剣連合』にけがを負わされてしまった。やから、今の彼の功績では生徒会に入れるかは怪しい。

 でもなんか引っかかるねんな~。今の所、彼の行動が裏目に出てるっていうのが彼っぽくない。入学試験であのゴーレム戦を見せた彼がこんな雑な行動をするんかなって、勘ぐってしまうねん」

「そこまで分かってるなら、もうほとんど真実にたどり着いてるじゃない」

「ユリちゃんは分かってるん?」

「ええ」


 むしろ、そこまで分かってなぜ分からないのだろうか。

 彼はしっかりと自身の言葉で真実を口にしている。


「彼も言っていたでしょう。生徒会で良い評判を作りたいって」

「せやけど、作れてないやん」

「今はね。でももし『人剣連合』を潰すことができたら」

「そりゃ、評価はするけど……それは結果論やで」

「だから結果論じゃなくて、そこまで含めた彼の計画だったらってことよ」


 ザネは一瞬はっとするが、首を横に振る。


「ありえへんわ。もしそうやったら、アイン君は友人が怪我を負うことも計画の一部に入れていたってことになるで」

「ええ、そうね。だから彼は言っているでしょう。善良な心は持っていないって」

「で、でもユリちゃんは『人剣連合』のこと知らなかったやん。計画としては微妙やないん」

「でも今知ったじゃない」

「やからそれは結果論で」

「だから、ザネがアイン君の情報・・・・・・・・・・を仕入れて私に報告す・・・・・・・・・・ることも彼の計画の一・・・・・・・・・・部だった・・・・ってことよ」


 ザネは愕然とする。しかし、組み合わさらなかったピースがはまるように、しっくりとくる答えだった。


「もしそれが本当ならとんだ食わせ者や。全然優等生なんかやないで」

「そうね。でもザネ。生徒会に優等生っているかしら」

「……べリエルくらいやね。いや、あいつも頭おかしいからな」

「良くも悪くも私達、似た者同士ってことよ」


 彼はこのように私たちが考えることまで予期していたのだろうか。

 どこまで私を見通しているのだろう。


 それに対して私は彼のことを何も知らないし分からない。


 もしかしたら私たちの思惑なんかをはるかに超えた計画が裏で動いているのかもしれないし、深読みしすぎていて偶然が重なっているだけなのかもしれない。


 しかし、確実に言えることは彼のあらゆる行動の目的を『私』にすると、すべての行動に辻褄があうということ。


 そして、彼が私を愛しているということだけだった。

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