第二十話 手袋は、魔力を込めて、顔面に 前編
困った。勝てそうにない。
生徒会長との死闘……というより一方的な虐殺未遂から生き残り数日後、アブファイル・ハイター侯爵子息の情報を集めていた自分は項垂れていた。
勝ちます、なんて自信満々に言ったはいいが、根拠は一切なかった。少なくとも裏ボスよりは勝機があるだろうと受け入れたが、情報を集めるにつれ絶望的な戦力差が浮き彫りになっていく。
今一度、情報を整理しよう。
アブファイル・ハイター侯爵子息。5年A組のリーダー。学年の中で5本の指に入る実力者。使用する剣術は護神流剣術。
まず5年生というだけで勝ち目がない。圧倒的に魔力量が違うからだ。
3年生のデントでさえ強化した奥義の一撃やっと傷を負わせることができた程度だ。5年生ともなれば魔力の差はさらに広がるだろう。さらに彼はデントと比べ優等生。鍛錬を積んでいるため一般的な生徒より魔力量が多い可能性だってある。相手の攻撃はかすっただけで重症、こちらの攻撃は一切通用しないなんてざらだろう。
加えて使用する剣術は護神流剣術。これは貴族、それも高位の貴族で師事する者が多い剣術だ。特徴としては守りに特化していること。ただでさえ通用しない攻撃が当てることさえ難しくなっている。
まだ、問題はある。それは相手が今年で卒業生だということだ。
俺が知っているゲームの知識は来年が舞台。つまり、ゲームで彼は卒業しているため情報が一切ないのだ。弱点、行動パターン、強い攻撃の種類、何一つ分からない。
護神流剣術を調べれば行動パターンぐらいは分かるだろう。しかし、彼は学年でも相当の実力者だ。護神流の奥義を修得している可能性もある。そうすると調べるのもかなり苦労する。
以上のことを踏まえても俺が彼に勝てる要素は何一つない。
まぁ、ゲームでも入学して一か月の時点で5年のモブ生徒に決闘を挑んだら余裕で負ける。単純にレベル……というより火力が足りない。
5年生事態、物語中盤の終わりかけで戦う相手だ。彼らを余裕をもって勝てるようになるのは終盤からだし間違っても今戦う相手ではない。
あともう一つ問題があるとしたら……婚約者なんだよなぁ……
いいのだろうか。俺が倒してしまっても。彼を倒すことで生徒会長の顔にも泥を塗ることにもならないのだろうか。それとも会長は彼と仲が悪いのか?
婚約者なんて基本的に親が決めることだ。
彼の実力は知らないが会長と釣り合っているとは到底思えないので、本人が納得していないとかはあるのかもしれない。ゲームの発言やこの前の会話からも、実力主義が思想としてありそうだし。だとしても一年生に挑ませるか?もしかして、いや、もしかしなくてもこれは実質公開処刑を宣告されているだけじゃないか?
結局、俺が勝とうが負けようが彼女にはメリットがあるのだろう。俺が勝てば優秀な一年生を傘下に引き入れることができる。アブファイル・ハイター侯爵子息が勝てば一応、婚約者に箔をつけることができるとかか?正直、いくら首席とはいえ一年を倒したところで箔はつかなそうだが……ということは単純に彼に嫌がらせをするためとかだろうか。
どれだけ考えようと彼女の真意は分からない。
ただ一つ言えることは勝てば状況は良い方に進展することだけだ。
とにかく勝つためにすべきことは魔力量の増強だ。
魔力量を増やす方法は主に二つ。
一つ目は魔剣や強い魔法武器を使用すること。武器そのものに多大な魔力が宿っていれば彼にも攻撃は届きうるだろう。
しかし、この方法は実質不可能だ。なぜなら魔剣を買うお金なんて俺にはないから。というよりも好きな武器が使えるようになったら、実家の力が強い彼の方が有利になるだろう。決闘の条件はできれば普通の剣で行った方がこちらが有利になる。
つまり今の俺にとっては二つ目の方法しか魔力量を増やせない。方法はいたって単純、強敵と何度も鍛錬を積むこと。
ゲーム風にいうとレベル上げである。
〇
「ザネ・アウフガング先輩。少しお時間よろしいですか?」
放課後、俺は生徒会の書記であるザネ・アウフガング侯爵令嬢に話しかける。
魔力量を上げるため鍛錬を積まないといけないことは分かった。
今度はレベル上げの準備のための情報収集だ。
正直、本格的に魔力を増やそうと思うと学園外に遠征に行く必要がある。しかし外の情報ともなると自分自身の力では限界があった。そこで情報通の彼女に聞こうという算段だ。
ついでに生徒会についてもいくつか聞いておきたいことがあったし。
「おー、アイン君やん。わざわざうちに会いに来てくれたん」
「はい。アウフガング先輩は情報通だと聞きました。少し知りたい情報があったのでお時間があれば教えていただけないでしょうか。当然、金銭も払います」
「別にええって!後輩から金を取るなんて不良みたいことはせーへん。お姉さんが何でも答えてあげるわ」
正直助かる。情報の値段の相場とか分からないからな。
「本当ですか?その前に、まずは確認なんですけど、生徒会に入るための決闘について質問があります。決闘の条件や時間指定はありますか」
本来は生徒会長に聞くべきだが、今はあまり彼女とは会いたくない。
急に意見を変えてやっぱり私と戦えなんて言われかねないし。
もうあんな目にはあいたくない。軽くトラウマだ。
「特にないと思うで。生徒会は実力主義やし結果が全てやからな。時間に関しては……この日ってのはないけど、まぁ一カ月以内やと嬉しいね。来月からは忙しくなるし早よ人手が欲しいねん」
「なるほど、人手が欲しいってことは急いだほうが良い感じですか?」
「いや、今月は全然ええよ。むしろ風紀委員ができて仕事減ったから暇なくらいやわ。他の生徒会メンバーもスカウトする生徒を探してるみたいやし、ゆっくり準備して決闘にいどめばええで」
ニコニコと笑いながらアウフガング先輩が答える。
それにしても今月は生徒会は暇なのか。まぁ、あまり仕事をしない彼女の情報なので鵜呑みにはできないが、もし本当なら少し良い情報かもしれない。
「ありがとうございます。それで知りたい情報なんですけど、アブファイル・ハイター侯爵子息の人柄について教えてほしいです」
「人柄でいいん?もっと戦い方とか知りたいと思ったけど」
「人柄でいいです。客観的な意見ではなくアウフガング先輩の主観的な意見を聞きたいです」
「おっけ。せやなぁ。アブファイル・ハイター侯爵子息の性格は一言で表すと―――…」
アウフガング先輩は手を顎に添えわざとらしく考えるふりをした。
そして10秒以上の長考の末簡潔に一言で答える。
「屑や」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます