デント・プラザイの独白①/第十六話 腐っても侯爵家

 

 努力は決して裏切らない。

 かつての俺の座右の銘だった。


 将来、プラザイ家を継ぐ者として俺は必死に努力をした。

 なぜなら、強くなることは貴族の義務だからだ。侯爵家ともなれば貴族の中でもさらに強さを重視される。

 そしてゆくゆくは王と民をお守りする。そう信じてやまなかった。


 幸いなことに俺にはプラザイ家の名に恥じぬ才能があった。

 努力をすれば自身が強くなっていくことを自覚することもできた。


 しかし、彼女と出会い俺は裏切られることになる。

 自分の才能と努力に何の意味もないと。


 幼い頃から毎日何時間も剣を振った日々も、傷を負いながら鍛えあげたこの肉体も、代々プラザイ家に伝わる剣術も。


 全てが彼女によって否定され、俺は有象無象に成り下がった。どれだけ俺が努力をしても、どれだけ俺が勝利をおさめても、彼女によるたった一度の敗北に勝ることはなく、彼女のみが栄光を手にしている。


 いつしか俺は努力をしなくなった。はじめに感じていた悔しさや闘志は劣等感となり、彼女を見ることをやめた。ただ行き場を失った苛立ちを下に向け、またこの学園に裏切られた同志に手を差し伸べる。


 彼女は俺の名――デント・プラザイという名前すら覚えていないだろう。

 しかし、俺は彼女を決して忘れることはない。忘れることなんてできない。

 ユリ・スーン・アムストラクトを。



 デントにより腹部を蹴られ吹き飛ばされる。空中で何とか受け身の体勢をとるが、壁に大きくぶつかった。


「いってぇ!」


 腹部を抑えながら回復魔法をかける。久しく感じていなかった痛みに耐えながら俺は立ち上がろうとした。


「ほら、さっきまでの威勢はどうした?」


 しかし、すでに目の前にデントがおり俺の顔面へと蹴りを入れこもうとしていた。俺は迫ってくる彼の足に向けて【鎧貫き】による突き攻撃を叩き込む。

 はじかれるかと思ったが、俺の剣が彼の右足の脛に刺さった。しかし、右足の勢いは止まらず足先は俺の顔面に直撃した。


「があっ!」


 彼の予想外の動きに避けることができなかった。俺は鼻血を出しながらも彼と距離をとる。剣はまだ彼の足に刺さったままだ。一撃貰ってしまったが彼の足をやったのはでかい。

 左手の剣を右手に持ち直しデントを見る。しかし、そこには無傷の彼がたっていた。当然、剣は足に刺さっておらず地面に転がっている。


「どういうことだ?」

「どういうことだろうな」


 デントは地面に落ちてる俺の剣を拾う。


「次は蹴りなんかじゃすまさねぇぞ」


 俺は彼が言い切るより前に【俊脚】で距離をつめる。

 今は二刀流ではない。さらに相手は俺が持ってきた剣を使用している。多少俺は怪我をしているが、条件はほぼ同じだ。俺は彼に正面からの実力勝負を仕掛ける。


 横へと一閃する【一文字斬り】を放つが、デントは上半身を反らし避けられる。続けるように回転して横へと一閃するも剣で防がれ、跳び体をひねった縦への振り下ろしも体を横にして避けられる。俺は空中で縦に回転して斬りかかるがデントは横に跳ぶことで避け、俺の側面へと向けて【鎧貫き】で攻撃しようてしてきた。体をひねりながら避けつつ、地面に着地し今度は俺から【鎧貫き】で彼の腹部をさそうとする。しかし、剣の腹で受け止められたため【三日月斬り】で彼の頭部へと斬り上げようとするが、上半身を反らしてこれも避けられた。


 【一文字斬り】→【十文字斬り】→【風車】の【一十車】コンボ、【鎧貫き】→【三日月斬り】のコンボまで最低限の動きで避けつつ反撃も入れられた。完全に対策されている。


 それなら、あまり知られていないコンボで攻める。


 俺は魔法で剣に炎を纏わせて斬りかかる。源流剣術【火炎斬り】。デントは炎に当たらないよう先ほどまでとは違い、バックステップで距離をとった。俺はその場で右足を軸に一回転しながら周囲を斬る。源流剣術の【蜻蛉切り】は発生が早く、【火炎斬り】の炎も俺を囲み炎の円を発生させた。そのまま、風の力で回転しながら跳ぶ【風脚】を使用してデントに近づく。【風脚】は風を纏いながら跳ぶスキルだ。今の場合【火炎斬り】の炎と風を纏いながら近づくことになる。デントは俺に向かって斬りかかるが、俺は彼の剣が当たる直前で止まり再び【蜻蛉切り】をし、そのまま小さな竜巻を発生させる【竜巻斬り】を彼に向けて放った。


 これが通称【炎嵐】コンボ。風の属性を持っていて発生の早い【蜻蛉切り】を利用して炎の竜巻を発生させるコンボだ。


 魔力消費が魔法の《ファイアストーム》よりかなり抑えられるため、育ちきっていない序盤に活躍するコンボである。なお、タイミングがかなり絶妙なので難易度は高く、そんなことしなくても序盤は【Xエクつら三日突みかづき】のコンボで大抵ゴリ押しがきくので使用頻度は少なめだ。知名度もかなり低い。


 デントに向かって炎の竜巻が向かうが彼は避けず竜巻に向かって剣技をはなった。源流剣術の【風斬り】。風を発生させながら斬る剣技だ。デントは【風斬り】を三度放つと炎の竜巻は彼に当たることなく霧散していった。


「これは……初めて見た。弱い奴は源流剣術だけでやりくりしないといけないから大変だな」


 余裕の笑みを浮かべながら俺に話しかけてくる。源流剣術を非難しているが、彼自身もかなりの使い手だ。有名なコンボは一切通用せず、初めて見たコンボにも最適な剣技で対応している。剣技を声に出さずとも発生させていることから、相当鍛錬を積んでいるだろう。侯爵家は伊達じゃないってわけか。


 俺は彼が持つ剣を思い出す。


 あれは俺が顔面に蹴りを入れられる直前に彼の右足に刺さっていたはずだ。しかし、血が一滴もついていなかった。彼も無傷なことから刺さっていなかったと判断するのが正しいだろう。


 しかし、確実に俺には刺さった感触があった。


 可能性として高いものは幻影を攻撃していたということ。ゲームでもデントは【悪刀流】による幻影を使った剣術をしてきていた。しかし、その攻撃方法は暗闇の幻影をみせて背後や側面から攻撃してくるというものだったはずだ。


 それに幻影ならば剣で攻撃したときに感触まではないはずだ。あくまで幻影は幻を見せているだけでそこに実際の肉体はないからだ。


 何かトリックがある。


「【桜竜斬】」


 普通の源流剣術のコンボではジリ貧だと判断し俺は竜王流剣術で攻める。

 魔力の斬撃が彼に襲い掛かるがデントは避けようともしなかった。


「なんかしたか?」


 魔力量の差だ。魔力の斬撃は彼が纏う魔力に阻まれて到達していない。幹部生徒よりもさらに魔力量に差がありそうだ。これじゃ、源流剣術も当たったところで意味をなさないだろう。


 手数でゴリ押しするには時間がかかる。謎が多い彼に長期戦はあまりしたくないな。そのため、デントが纏う魔力を突破し倒しきれるほどの強力な一撃を当てるしかない。そうなると奥義級の剣技になる。


 俺が使える奥義は五つ。

 源流剣術【百花繚乱】

 源流剣術【風林火山】

 源流剣術【乾坤一擲】

 源流剣術【明鏡止水】

 竜王流剣術【画竜点睛】


 その中でも【百花繚乱】と【風林火山】は連撃タイプの奥義のため今回は相性が悪い。残り三つだが【明鏡止水】は次の剣技の一撃を大きく強めるというものだからとどめには使用できない。そして【画竜点睛】もすでに何度も見られているため通用しないだろう。


 残るは【乾坤一擲】。膨大な魔力を剣に纏い斬る。まさしく一撃必殺技。


 一度でも見せると警戒されてしまうため確実に一回で仕留めきりたい。

 そのためにも剣が刺さっていなかった謎を解き明かさなくてはならない。


 そのためには――


「攻めあるのみだ。【桜竜斬】」


 俺は【桜竜斬】で魔力の斬撃を発生させる。しかし、その対象はデントではなく地面だ。辺りに土埃を発生させた。


「邪魔だな」


 デントは【風斬り】で風を発生させつつ周囲を斬ることで土埃を払う。しかし、すでに俺は彼に向かって【俊脚】で目の前にまで迫っていた。


「【竜首狩り】」


 その勢いのまま側面へと移動し斬りかかるが剣で防がれる。


「その動きはもう見た」

「【竜尾撃】」


 俺は【竜尾撃】を彼の剣へ叩き込み大きく後退させた。

 その後、【竜巻斬り】で小さな竜巻を起こし彼にぶつける。


 しかし、デントは避けることもせず竜巻を受け切った。

 俺は再び【俊脚】で距離をつめる。そして【風斬り】で何度も斬りかかる。

 【風斬り】は発生が早い技だ。避けることは難しいはず。


 しかし、デントは避けることなく剣で受け止める。


「そよ風かと思ったぞ」


 デントの挑発に苛立ちを覚えながら俺は何度も斬りかかる。そのどれもが避けられる。彼の動きを止めたい――なら、あれだな。

 デントに向け【火炎斬り】をはなち直後に【蜻蛉斬り】をする。行うのは【炎嵐】コンボ。この技はデントは【風斬り】で対処したはずだ。

 避けられるがそのまま【風脚】をし【蜻蛉斬り】、【竜巻斬り】へと繋げて炎の竜巻を発生させた。


「おいおい、その技はもう見たって言ったよな!」


 【風斬り】により竜巻は霧散する。しかし、その先には俺が近づいてきていた。

 炎の竜巻を彼が消すことを予期して突っ込んでいたからだ。このタイミングならこの技は確実に当たる。


「【百花繚乱】」


 全方向からの9連撃がデントを襲う。彼はいくつかを剣で防ぐが何発かは体に当たり体勢を崩した。そして最後の突きの一撃を彼の眉間へと放つ。俺の剣が彼の頭に突き刺さる。これは確実に死に至る攻撃だ。しかし俺の読みが当たっていればこれはデントであってデント・・・・・・・・・・ではないはず・・・・・・


「おいおい、本当に殺す奴があるかよ」


 背後から声が聞こえ振り返る。するとそこには傷一つない彼が再び俺の顔面へと蹴りを放っていた。俺は避けることができず直撃するが、予測できていたため声が出ないよう耐える。


 距離を取り剣を構える。勿論、俺の剣に血はついていない。


「血がついていないことがそんなに不思議か?」

「いや、それよりもお前の服が土で汚れていることの方が不思議だな」


 デントは訝しげな顔をした。

 彼の制服は土で少し汚れていた。【桜竜斬】で発生させた土埃の時についたのだろう。しかし――


「土埃の時についた土は【竜巻斬り】を受けた時にほとんど取れたはずだ。つまり今のお前はさっき俺が戦っていたやつとは別人。そして土埃がつくということは幻影でもない」


 姿かたちは全くの同じだが別人。勿論双子でもない。


「お前の種が分かった。【分身ダブル】だろ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る