デント・プラザイの独白②


 敗北だ。

 たとえ俺が倒れていなくともこの惨状は紛れもなく敗北だった。


 たった一人の生徒。それも一年生に二年生、三年生の集団が倒されたのだ。

 たとえ俺が今からこいつに勝ったとしても、『人剣連合』という組織の面子は完全に壊された。


 俺は件の少年、アイン・タレントを見る。


 敗因は俺自身だ。決して部下たちが弱かったからではない。俺がこの男をなめていたから。始めから俺が戦っていればこんなことにはならなかった。


 忌々しい。


 「これであとはお前だけだ。降りて来いよ、お山の大将さん」


 なによりこいつは昔の俺と似ている。俺を格下だと思っていやがる。

 自分の強さを信じて疑わない。絶対的な強さの違いがあることに気付きもしない。


「死にてぇみてぇだな」

「俺の二つ名は考えてくれたか?」


 俺は煽るアインの後ろから近づいていく。本人はもう一人の俺に夢中で気づいてすらいない。


「ああ。墓に刻んでやるよ」


 俺は彼の煽りに返答しつつ顔面に蹴りを入れた。

 『人剣連合』の敗北はもう覆しようがないことだ。ならせめてこいつは惨たらしく殺す。脅しではなく言葉通り殺すしかない。


 周りからは集団でのリンチの末一人の生徒を殺したように見えるだろう。面子は最悪だが手段を択ばず殺しを行う組織として何とか体裁を保てるだろう。表面上はこいつが言った通り魔物の生き残りがいたことにすればいい。


 どうせ、学園はいつも通り表沙汰にはしないはずだ。こいつは伯爵家で俺は侯爵家だからな。


 彼は困惑しながらも立ち上がり斬りかかってくる。

 部下たちとの戦いを見ていて思ったがかなりの源流剣術使いだ。それゆえに分かる。こいつに足りないものが。


 それは才能だ。


 この男には才能がない。魔力量も最強の剣術もない。ただのよくいる秀才だ。だからこそ腹立たしくイライラする。

 なんでお前はこっち側にいない。俺より弱い奴がなんで俺より目立ってやがる。


「【桜竜斬】」


 アインが竜王流剣術を使い始めてきた。一年Aクラスのリーダーであるブリアン子爵家に伝わる独自の剣術だったはずだ。彼女に教えてもらっていたわけか。


 彼は俺に攻撃するのではなく地面に魔力の斬撃をあてて土ぼこりをあげた。あくまで視界をふさぐのが目的か。だとしても彼が俺に攻撃をあてることはない。なぜなら、すでに本体の俺は建物の屋上に移動しているからだ。


 プラザイ家に伝わる剣術。[二剣一流剣術]奥義【分身ダブル】だ。


 魔力による分身は実体を持つ。剣を握ることもできるし相手は体に触れることができる。しかしあくまで分身であり本体には何のダメージもない。俺の戦法は分身を囮にして油断したところを背後から斬りかかるといったものだ。卑怯と思うかもしれないが分身を見分けられない方が悪い。これはれっきとした剣術なのだから。


 俺は分身に攻撃したアインの顔面に再び蹴りを入れた。


 するとアインが剣の刀身を凝視する。流石に気が付いたか。血がついていないことに。しかし、たとえ分かったとしても対処は不可能だ。なぜなら分身を見分けることは不可能だからだ。


「血がついていないことがそんなに不思議か?」

「いや、それよりもお前の服が土で汚れていることの方が不思議だな」


 彼の返答は思ってもいないものだった。

 そして続く発言に衝撃を受ける。


「土埃の時についた土は【竜巻斬り】を受けた時にほとんどとれたはずだ。つまり今のお前はさっき俺が戦っていたやつとは別人。そして土埃がつくということは幻影でもない。お前の種が分かった。【分身ダブル】だろ?」


 なぜこいつが【分身ダブル】を知っている。この剣技はプラザイ家の中でも限られた人物しか知らない。そして俺がこの技を見せた相手はほとんどが学園を去っているはずだ。


 一人以外は。


「こんな中盤サブクエのボスが[二天一流剣術]を使うなんて誰が思うかよ。というかそんな最強剣技持っててなんで一年後使わねえんだよ。一年後使ってたら絶対超有能クエストになってたぞ」

「なに言ってやがる」


 さぶくえ?それに[二天一流剣術]?俺の剣術はあくまで[二剣一流剣術]だ。言い間違えか?いや、だとしてもなんで知っている。


「ああすまん。口が滑った。ちょっと面白くて。やっぱり知り尽くしていたと思っていたもので、知らない意外な設定が見つかった時って興奮するだろ」


 アインはにやにやと俺の顔を見る。笑い声をこらえきれていなかった。

 何がおかしい。


 俺の苛立つ顔を見て彼が笑いながら謝罪した。


「ごめんな。お前、意外と強かったんだな。ちょっと見直したよ」


 コロス。絶対に。

 俺は怒りのまま彼に向かって剣で斬りかかる。彼は紙一重で交わし、俺に反撃の蹴りを入れた。蹴りは顔面に当たり俺は少しのけぞる。


「種が分かればもう負けることはない。[二天一流剣術]破れたりっ、てね」

「何か勘違いしているようだが俺の剣術は[二剣一流剣術]だ」

「なるほど。そうやって伝わってたわけね。いいね。考察がはかどる」


 俺は分身で斬りかからせ、俺自身は身をひそめる。

 落ち着け。分身に戦わせている限り俺の勝利はゆるぎないものだ。俺はただ彼が隙を作るのを待てばいい。こちらが先に魔力切れすることはないのだから。


 アインは分身の剣を紙一重で避け続ける。しかし、本人の視線は分身をとらえていない。周囲を見渡しており明らかに本体である俺を警戒していた。


「でてこいよ!卑怯者!」


 俺を煽っているが俺は出ることはない。さっきは怒りに任せて攻撃したため蹴りの反撃を貰ったからだ。あの一撃のおかげで冷静になれた。おそらく奴の作戦は俺が【分身ダブル】を使わないような感情に任せた攻撃を待っているのだろうがそうはいかない。


「分かったよ。隙を見せたら出てきてくれるのか?ほらよ!」


 アインが俺の分身に【竜首狩り】で攻撃をする。死角も多く隙も大きな一撃だ。俺は念のため警戒しながらその隙を逃さず剣による一撃を入れる。アインも警戒していたのか本体の俺に途中で気づき避けようとするが避けきれず剣先が足にかする。それだけ血が彼の足から流れていく。


 俺は彼から離れ再び身を隠す。しかし彼は気にもせず再び分身に攻撃を始めた。

 

「効かないな。もっとこい!」


 はったりだ。効いていないわけがない。かなりの痛みがあるはずだ。それとも興奮状態で痛みを感じていないのだろうか。


 なんなんだ、こいつは。

 先ほどまでと印象が全然違う。


 部下と戦っている時は必死さがあった。

 しかし、今の彼は笑っている。勝負を楽しんでいる。どう考えても負け戦なのにだ。


 再びアインが俺の分身に【竜首狩り】をしかける。間違いない。こいつあえて隙が多い剣技を使ってやがる。本体の俺を誘うためにだ。のってやる。ただし、お前の計画通りには絶対にさせない。


 俺はあえて背後からではなく分身の背後、つまりアインにとって正面から攻撃を仕掛ける。今度は剣ではなく蹴りの一撃。しかし魔力を集中させた一撃のため当たれば骨折は免れない。


 アインはまた途中で本体の俺に気づいたようだが避けきれず足先が彼の胸部をかすめる。


「がっ!」


 流石に効いたのか。声をあげて膝をつく。しかし、剣を地面にさしながらなんとか立ち上がった。


「本当にお前は日陰者だな。陰に隠れてばっかりだ」

「お前に俺の何が分かる」


 俺は分身に話させる。分身の体は彼に何度も斬られ既に綺麗な形を保っていない。誰が見てもこれは本物ではないと分かる見た目をしていた。しかし、アインはそんな分身を斬り続ける。意味がないと分かっていてもだ。


「分かるさ。お前、一年の時アムストラクト会長の同級生なんだろ」

「あの女の名を口に出すな。不愉快だ」

「なら、なおさら言おう。お前は会長に負けてリーダーになれなかった。嫉妬したお前はお前よりは弱いけど一般の生徒よりは強い、そこそこな連中や身分に明確な差がある平民を集めてリーダー気分を味わいたかったんだろ。みじめだな」


 これはアインの作戦だ。俺をイラつかせて攻撃させるための。

 俺は怒りを抑えながら分身で返答する。


「だから、どうした」

「どうしたもこうもない。ただ、もう一度負けるときが来た。それだけだ。もう一度負けたらお前は今度はどうなるつもりなんだ。俺に嫉妬するのか。するよなぁ、だって俺がつくったグループはお前のグループなんかよりはるかに高尚で瞬く間に噂が広まったんだから」

「その噂も今日で終わりだ」

「それこそがお前が嫉妬している証拠だよ。お前は自分より目立つ気に食わない一年がいたから俺達を攻撃した。お前は俺に嫉妬したんだ」


 俺は彼が晒す隙を待つ。感情を抑えろ。絶対に攻撃するな。これは罠だ。


「アイン・タレント。確かにお前を気に食わないのは認めよう。しかし、俺の方が強かったみたいだな」

「いや、お前は弱いよ。弱いから影で隠れてこんなことしているんだ。強いんだったら生徒会に喧嘩を売れよ。できないんだろ。だって会長に負けちまうからな」


 あの女に勝てるわけがない。

 一度でも挑めばわかる。強さの格が違うのだ。


「お前は知らないから言えるんだ。他の雑魚共もな。最強ばかりに目がいって誰も二番目に強い奴には目を向けない。目を向けさせるため最強に挑んでも一撃で倒される。そして剣の才能がない馬鹿どもはその一戦を見て俺を雑魚扱いしやがる。こんなことが許されると思うか?!」


 そしてその最強からも俺は見向きもされていなかった。今でも忘れない。あの女に再戦を挑んだ日を。


 俺が必死に鍛錬を重ねて得た【分身ダブル】を瞬時に見破り一撃で葬った後、彼女は俺にこう言ったのだ。


『君、名前はなんだったかしら』


 彼女は俺の名前すら覚えていなかった。


「許されていいわけがない。強者は強者であると認められなければならない。影に隠れ日の目を浴びない強者に『人権』を与えるために俺はこの組織を作ったんだ!」


 アインは分身を斬るのをやめる。すると目を閉じてただ剣を前に構えた。

 あれは源流剣術【明鏡止水】の構え。深く集中し次の一撃にいつも以上の魔力を乗せる奥義だ。


 攻撃しなければ良い。そうすれば相手は魔力切れで剣技を維持できなくなる。


 彼は目を閉じながら話しかける。


「真の強者は無謀で挑むわけでも勇敢に立ち向かうわけでもない。勝てる方法を何とかして見つけ出すために戦うんだ」


 彼は言葉を続ける。


「お前らは強者でもなんでもない。ただ弱者をいじめて強者のふりをしているだけだ。日陰者共」


 我慢の限界だった。


 俺は感情に身を任せ彼に全力で斬りかかる。そしてその一瞬をアインは見逃さない。


「【乾坤一擲】」


 アインの剣が俺の胸部を一閃したーーー瞬間、俺は彼の背後に立っていた。


 馬鹿め。そんな見え見えの挑発に乗るか。【分身ダブル】はあくまで分身を操る術。動かさなかったら複数体出せるんだよ。


「死ね」


 俺はアインの心臓を剣で刺した。


「ごふっ、な・・・」


 アインは口から血を吐きながら自身の胸を見る。正確には胸から貫かれた剣を。


 剣を引き抜くと彼は前のめりに倒れた。そして身動き一つしなくなる。


「大言吐いたわりには雑魚だったみてえだな」


 死体に唾をかけ去ろうとしたその時


「おいおい。墓に二つ名刻んでくれるんじゃなかったのかよ」


 背後からの強烈な一撃により吹っ飛んだ。


「があぁっ」


 壁に激突し倒れたのち口からを血を吐く。な、何が起こった。


 何とか体を起こしながら前を向くと殺したはずのアイン・タレントがそこに立っていた。


 彼は俺が吹き飛ばされた時に落とした剣を拾う。血のついていない剣を。


「【分身ダブル】。修得させてもらった。悪いね。俺、じゃなかった。私は一応設定上天才らしいからさ」

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