第十七話 おかしいな。そんな部屋学園マップにはのってな―――


 [二天一流剣術]の秘儀【分身ダブル】。失われた剣術と言われており本来なら物語の終盤にアイテムショップで買える秘伝書からでしか修得はできないものだった。効果はもう一人の自分を作り出すというもの。体力は低めで生成されるが、一人で戦う敵を二人で戦えるというアドバンテージはかなりでかい。


 それがこんな中盤サブクエボスが使ってくるとは思ってもいなかった。


 こいつは自身の剣術を[二剣一流剣術]と言っていたし、名前を変えて代々伝わっていたのだろう。問題はなぜ彼がゲームではこの剣術を使わないのかだが……正直分からない。


 ただ一つ言えるとしたら、ゲームでは『人剣連合』は50人程のメンバーだった。しかし、実際は70人近い人数で構成されている。七剣人とかもゲームではいなかった気がするし、ゲーム本編の時空である来年までに『人剣連合』は何らかの被害にあうのかもしれない。その過程で【分身ダブル】を使えなくなった、もしくは使わなくなった。

 それか単純にこの世界がゲームそのままの世界ではないかだ。俺という存在も当然ゲームとは違うものだし、似て非なるパラレルワールドの可能性もある。


 まぁ、そこら辺の考察は後で考えることとしよう。今は目の前の男とけりをつける必要がある。


 デントは血を吐きながらも何とか立ち上がる。今までの余裕はなくフラフラと頭を揺らしている。


「まだ、決着はついてねぇ」

「かなり効いたみたいだな。これだけの魔力差でも【明鏡止水】からの【乾坤一擲】は強烈だ」

「いつから俺の【分身ダブル】を…」

「途中で一回【分身ダブル】の背後から蹴りを入れてきただろう。分身の背後に隠れた一瞬で入れ替わっていた」

「そうじゃねぇ、いつから俺の【分身ダブル】を使えるようになった」

「だからその時だよ。ぶっつけ本番だったけどな。あれだけ目の前で観察して斬らせてもらえば魔力の質はなんとなく分かったからな」

「くそがああ!」


 デントが俺に斬りかかってくる。正確にはデントの分身が俺の分身に、だ。


「【分身ダブル】で斬りかかるふりをして本体は逃走か」


 俺は本物のデントに話しかけた。壁に手をつきながら裏から逃げようとしていたデントに。


「なんで……」

「確かに本体と分身の見分けはつかない。お前の【分身ダブル】の精度はかなりのものだった。俺はただお前の癖から判断しただけだ。お前は正面からまともに戦おうとしない。だからさっきのお前は本物じゃない」

「くそがっ!」


 デントが俺の頭部へ向けて剣を投擲する。俺は剣先が額に当たる直前で剣の柄を横から握った。ちょうどいい。これで二刀流だ。


 デントは目の前で二人に分裂した。どちらかが【分身ダブル】だ。


 俺は左手で【明鏡止水】を発動させると同時に右手で剣を構えた。

 【明鏡止水】は本来なら集中するための長い溜めがいる。しかし、二刀流バグなら左手で【明鏡止水】をしながら右手で別の剣技を発動することができる。その時、なぜか右手の剣技に【明鏡止水】のバフがのる。これぞ二刀流バグ奥義【零止水】


「【乾坤一擲】」


 右側のデントを斬りつけると同時に通り過ぎる。

 振り替えると分身は消え胸から血を流しながらデントが倒れこむ。


「な、なん……で…」


 分身を動かしながら本体も同時に戦う練習をしてこなかったのだろう。分身の動きが今までとは違い明らかにぎこちなかった。


 デントが完全に気を失い全く動かなくなった。

 

「さてと……すまないがもうちょっとお前にはやりたいことがある」


 俺は気を失ったデントを仰向けにする。そして彼の右腕に向かって剣を叩きつけた。ボギッという音と共に骨が折れ、彼の意識が覚醒した。


「あああああ!な、なにしやがる」

「ほら、お前ケインの両腕折っただろ。世間一般から見たら俺は友達を傷つけられた怒りから単身で『人剣連合』本部にのりこんだことになってるからな。俺が復讐したって証はつけとかないと」

「こ、こんなことが許されると思うのか!俺はプラザイ侯爵家だぞ!」


 彼は歯をむき出しにし俺に怒鳴りつける。しかし、彼の目には涙が浮かんでいた。こいつ、本当に情けないな。ここまで屑で惨めだと感心してしまう。


「だから、戦う前に言ったよな。お前らは大型魔物に襲われたことになるって」

「そ、そんなこと誰が信じる!こっちには70人分の証言もある!」

「お前ら全員一年生にボコられましたって学園に泣き縋るのか。それはそれで見ものだけど」


 実際、かなりの人数の生徒は俺が犯人だって言うだろう。

 しかしその発言は何の問題もない。


「そ、それに全員の傷が明らかに剣による傷だ。誰も大型魔物だって信じやしない!」

「そうだな。誰もが俺がお前らを潰したて分かるだろう。学園だって馬鹿じゃない」

「それなら……」

「だからこそ学園は俺を犯人にはしない。学園は俺という価値の高い存在を残すためにお前ら70人をきる判断をする。お前らが今までやってきたことだろう。学園ぐるみのもみ消しは」

「な……しかし、俺は侯爵家で……」

「確かにお前は侯爵家だ。しかし覚えておけ。この学園の根底にあるのは実力主義だ。階級は実力を伴ってこ・・・・・・・・・・そ意味のあるもの・・・・・・・・。俺に負けたお前を学園が守るメリットはない」


 この学園は実力主義だ。ゲームでの悪役貴族アイン・タレントがそうだったように、強者の罪は咎めないが敗北した途端、一瞬にして切り捨てられる。


「デント。お前は今までの事件を家の力でもみ消したと思っていたようだが、学園の意図は違う。お前は強かったから今まで何をしても許されていたんだ。学園はお前を強者だと認めていたんだ」

「嘘だ」

「しかし、それも今日までだ。一年の伯爵家に負けたお前は無価値だと判断される。それだけじゃない。おそらく今回の一件は生徒会が介入する。今までの罪も清算されるだろうな」


 俺は彼の左腕に向けて剣を振り下ろす。骨が折れ悲鳴が森を木霊する。


「お前は数の利を活かすべきだった。リンチしろって言ってるわけじゃない。

 これだけの人数がいれば互いに協力し高め合うことができたはずだ。たった一度の敗北なんて気に留めずに、部下と協力して何度も最強・・に挑むべきだった。そうすれば少なくともこんな結末にはならなかったはずだ」


 ユリ・スーン・アムストラクトは確かに最強だ。しかし、ゲームで決して勝てなかったわけではない。

 ゲームが発売されて一週間後の話だ。彼女の存在は多くのプレイヤーに広まっていった。そしてその圧倒的な強さにほとんどの人が諦めた。ただし、諦めない者もいた。彼らはSNSで交流をし情報交換を行うことで協力しながら彼女の攻略を進めていった。

 最初は10人程度の集まりだったが徐々にサーバーに集まる人は増え、人海戦術により多くの検証が行われた。ゲーム発売から1か月後、ついにダメージを与える方法を見つける人がでて、3か月後には第一形態撃破の報告が上がった。そしてゲーム発売半年後、初めて彼女を倒したものが現れた。


 この勝利は一人のものではない。彼女の攻略に関わった多くの者の勝利だった。


「嫌だ……負けたくない…。こんなやつに負けたら俺は……俺は……。こんなことあっちゃいけないっ」


 デントは足だけ動かし地面を這って俺から離れようとする。


「礼を言う。お前を見てるとゲームむかしの私を見ているみたいで初心に戻ることができた」


 俺は剣を振り下ろした。



「ケイン、大丈夫か」

「お見舞いに来ました」


 2日後、俺はレインと一緒にケインのいる保健室にまで来ていた。俺は見舞いに持ってきたフルーツをそばの机に置き話しかける。


「調子はどうだ?」

「全然平気だよ。来週には動かせるようになるみたいだ」


 ケインの両手はギプスで固定されている。来週ということは自然治癒ではなく、回復魔法やポーションでの治療を選択したのだろう。


「ハイポーションを使った日は覚悟した方がいいです。私は痛すぎて気絶しちゃいました」

「ははは。でも良かったな。傷跡とか残ることなくて」

「それもそうですけど、謹慎処分が解けた方が嬉しいです。本当にあの処分は理不尽でしたから」


 レインの謹慎処分はすでに解かれていた。デント達の悪行を学園側が認め、彼女の処分が不当だったと判断されたからだ。


 二人の会話を聞くと胸が痛む。その怪我や処分の一因は間違いなく俺にあるからだ。


「二人に真剣な話がある」


 俺は談笑する二人に話を切り出した。二人とも無言になり俺の顔を見た。俺は深く頭を下げる。


「今回は本当に申し訳なかった。二人が怪我をしたのは私の責任だ」

「な、何言ってんだよ。そんなことないって」

「そうですよ!アイン君は全く悪くないです」


 二人は俺の謝罪にフォローを入れてくれた。しかし俺はそうは思えなかった。


「いや、私の責任だ。実は私は『人剣連合』の存在をはじめから知っていた。彼らが将来的に絡んで来ることを想定していながら、二人にはその話をせず危険な活動を手伝わせてしまった」

「そうだったとしても、それは私たちの自己責任です。私達がしたいと思っての活動でしたから」

「私は君たちが思うほど優等生じゃない。君たちみたいに純粋な思いでこの活動をしていなかった。自分の名声のためだけにこの活動を行なっていたんだ。そこだけ見ると私はデントと何も変わらない」


 彼も自分の名声のため手段を選ばなかった。彼の場合、悪い意味での名声だったが私も一歩間違えなければ彼のようになっていた。いや、そうなったら未来がゲームでの私だ。


「いや、それはない」


 ケインは呆れた顔で否定する。


「アイン、あまり自分を卑下するな。どんな意図だろうと君が行った事実は変わらない。それにさっきの謝罪は君が俺達のことを大切に思っているが故に出た言葉だろ」

「しかし……私は皆から好かれるような奴じゃ…」

「アイン君、と、友達のことを悪く言うのはやめてください。本人だったとしても私たちはアイン君の悪口を言われたら、む、むかつきます?」

「なんで疑問形なんだよ」


 ケインがレインにツッコミを入れた。


「と、とにかく私たちはアイン君の活動が素晴らしいから手伝ってたわけじゃありません。あ、アイン君が友達だったから手伝ったのが始まりなんです……」


 レインは恥ずかしかったのか、最後の方の声は小さくなっていた。


「ケイン、レイン。本当にごめん。そしてありがとう」


 二人が友達で本当に良かった。

 そして、もうやめよう。こんなことは。

 確かに俺は生徒会に入ることが今の目標だった。しかし、なにより悪役貴族にならないことが全ての目的だったはずだ。友人を利用して危険にさらすようになってはゲームの展開を回避しても悪役貴族でしかない。


 誰かをだますような真似は止め、真っ当に生徒会に入る。


 これが新しくなった今の俺の目標だ。


「いやー、青春やね~。うちの涙もちょちょぎれてまうわ」


 急に背後から女子生徒が話に入ってくる。二人は急に知らない人が話しかけてきて困惑しているが、俺は彼女を知っていた。


「あーごめんな。熱いシーンを遮ってしもうて。あ!言い忘れとった。うちは生徒会で書記をやってるザネ・アウフガングっていうもんや。気軽にザネちゃんって呼んでええで。アイン君は知っとるかもしらんけど」

「いえ、顔を合わせたのは初めてですから」


 この前、『人剣連合』と一緒に盗聴していたのはやはりこの人か。ザネ・アウフガング侯爵家令嬢。書記ながら情報屋的な仕事もしており、本編でも様々な噂を教えてくれるが、その強さは別格。本編後に戦うことができるが魔力量は魔王並みの癖にして多くの初見殺し技を使ってくる最強のトリックスターだ。


 彼女がここに来たってことは……


「すまんけどな、アイン君に用事があってきてん。ユリちゃ――生徒会長が呼んでるから第四特殊応接室にまできてーや」


 やった!スカウトだ!『人剣連合』を倒したことは彼女経由でしっかり会長に伝わったのだろう。この世界に転生して苦節7カ月。様々な犠牲(主に友人)もあったがようやく報われるときが……ちょっと待て。


「第四特殊応接室って言いました?」

「せやな」


 俺の記憶違いでなければあの部屋は……


「まぁまぁ、気になるかもしれんけど会長が待っとるのは本当やからさ。今すぐ来てくれへん。ちなみに断ったら引きずっていくつもりやから」


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