不覚
「ユリさん。荷物を持ちますよ」
「これ、魔法のバッグだから重くないわよ。」
「いえ、それでも男ですから。女性の、それも恋人の荷物くらい持たせてください」
「ありがとう。言葉に甘えるわ」
列車に揺られ6時間。さらにそこから2時間近く人力車(この国では馬車ではなく人が車を引くらしい)にのり2時間移動した私たちは、目的の地域についた。
一応、最寄りの町、というよりは村で下ろしてもらったが人気は全くない。
木製の建物が並んでいるが誰も住んでいないようだった。
空を見ると赤みがかっておりもうすぐ夜が来ることが分かる。
旅館が目撃されている時間は夜。ちょうどいい時間だった。
「さて、ここからどうしましょうか」
「聞いた話からなんとなく旅館のある場所は推測できます。そちらの方へ向かいましょう」
私たちは手を握りながら歩いていく。
村を出て森の方へと向かっていくようだった。
「無言で歩くのも不自然だし少し話でもしましょうか」
「分かったわ。ならそうね……アイン君は結構大荷物みたいだけど、何を持ってきたの?」
私は彼が背負っているリュックを見る。パンパンに膨らんでおり許容限界を超えているのは明らかだった。
「ああ、これですか。ほとんど着替え用の服や野営セットですね。もしかしたら本当に旅館である可能性も捨てきれませんし、旅館が見つからない場合は野営をする必要があるので持ってきました」
「魔法のバッグくらい買ったらどう?便利よ」
魔法のバッグは見た目と重さに反して中身が大きく広がっているバッグで、高価ではあるけれど、こういった時に荷物が邪魔にならないので使い勝手が良い。
「ああ、魔法のバッグも持ってますよ。と言っても私のものは内容量がそこまでなので、別の道具を入れたら入らなくなってしまいました」
そう言うと、彼は腰に巻き付けてある手袋を指さした。魔法のバッグは入り口より大きいものを入れることはできない。あの程度なら小さな道具しか入らないでしょう。
「そんなことより、別のことを話しましょう。そうですね。例えば、もし恋人ができたらどこに行きたいとかはありますか?」
彼はおもむろに話を変える。それも、彼らしくないミスをしながら。
「何言ってるのよ。私達はすでにこ、恋人でしょう」
「あ、そうでしたね。うっかりしてました。ユリさんは帰ったらどこに行きたいですか?」
「そうねぇ、生徒会が一段落ついたらだけど――」
一時の間、私たちは他愛もない話に花を咲かせた。
〇
「――劇団はあまり見ませんが、最近だと『悪役令嬢』ものが流行ってますね」
「世も末ね……貴族をなんだと思ってるの……」
1時間ほど雑談をしていると、魔力探知に反応があった。
「もともと『婚約破棄』ものが――「アイン君、お喋りはそれくらいにしましょうか。お客さんみたいよ」
私は彼と一度手をはなし剣を抜く。
アイン君も即座に剣を抜き戦闘態勢を取った。
「魔力探知はできる?」
「すみません。まだ、完全じゃないですね。できたとしても周囲3m前後だけです」
「なら、まだ分からないわね。囲まれているわ。数は21体。中型の狼系統の魔物よ。こう言った時、誰かと共闘はしたことあるかしら?」
「ありません」
遠くの方で魔物を視認する。
「なら、下手に近くで戦わない方がいいわね。東側の4体を任せるわ。後は私が殺る」
「了解」
そう言うと、彼は目標の方へ駆けていった。
私は彼の後姿を見た後に、魔物を観察する。
見たことがない見た目だった。私に威嚇しながら近づいてくるが、一匹だけ奥の方で私たちを観察する魔物がいる。
あいつが司令塔ね。
魔物も私に見られていることに気付いたのか、大きく吠える。
その声を合図に、10匹近い魔物が一斉に襲い掛かってきた――のを通り過ぎ、司令塔の首をはねた。
こういうのはボスを殺るのが手っ取り早い。そうしないと次々と援軍が送られてくるからだ。
司令塔が殺られた魔物たちは次々と私に襲い掛かってくる。
「あら、逃げないのね。助かるわ」
私は狼たちを無視しアイン君の方を見る。
4対1に苦戦しているようだった。
襲い掛かる魔物の首をはね、胸を突き刺しながら彼の方へと寄る。
すると、アイン君は2人に分身し魔物の一体を倒したようだった。
大丈夫そうね。
私は彼から周囲の魔物に目を向ける。
いつの間にか数は9体にまで減っていた。近づいてこないことからすでに勝ち目がないことは分かっているようだ。
「畜生に言ってもしょうがないけれど、あなた達偵察部隊でしょう。私達を殺りたいなら本陣を呼ぶか、そこまで招待することね」
終わりにしましょう。
【神脚】で近づこうとした瞬間、魔物の様子に変化がみられた。
突如魔力が膨れ上がり、どろどろとした何かが魔物の体を覆っていく。
そして徐々に体が小さく細くなっていった。
少し見上げる程度には大きかった魔物は通常の動物の大きさになっていくが、魔力の量は膨れ上がっている。
見た目も狼ではない。犬というよりは猫に近いような――と様子を見ていた刹那、先ほどの倍以上の速さで魔物は私の横を通り過ぎていった。
まずい!奴の狙いは――
「ぐあっ!」
魔物の爪が彼の体を切り裂いた。
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