危機


 魔王軍という言葉に緊張が走る。


「魔王軍による拉致・・・・・・ね。信じられないのが本音よ」

「しかし、実際に行方不明者が出ているのは事実です」

「そうだとしても、魔王軍かどうかは別でしょう。ただの人間によるものかもしれないわ。旅館で行方不明になるってことは、旅館と犯罪組織が裏でつながってる可能性をまず考えるべきよ」


 魔王軍による被害よりも、犯罪組織による被害の方が多いのも事実だ。情けない話ではあるけれど、初めに疑うべきは同族でしょう。奴隷制度が廃止されている現代で人を攫う事件は少なくなっているけれど、裏で人身売買が行われていてもおかしくはない。


「勿論考えました。しかし、犯罪組織が起こした事件にしては不審な点があります」

「言っておくけど、奴らは魔王軍以上に人間じゃないわよ。どんな外道なことでも……」


 悪魔のような所業をする輩はいる。今回もそんな事件の可能性が高いと思ったが、アイン・タレントの言葉は予想外のものだった。


「その旅館が見つからないんです」

「え?」

「どこを探してもその旅館がないんですよ。近隣の住民もそんな所に旅館はないといいます。しかし旅人や外から来た人、それも男女のペアだけが目撃することができています」


 もし、それが本当なら犯罪組織、いや人には不可能な領域だ。


「この件が明るみになったのは隣国の冒険者による報告です。

 依頼中に魔物に襲われ、撤退していたところ森の中に迷い込んでしまったみたいです。夜になりそうだったので野営する場所を探していると、旅館を見つけたとのこと。しかし、そのときは旅館から異質な気配を感じ入ることはせず、むしろその場から離れていったところ偶然、森の外につながり街へと帰ることができました。翌朝、その場所まで戻ると旅館の影も形もなく、近隣住民に聞き込みを行うと、旅館は勿論、普段は魔物すら出ない地域でした」


 冒険者。確か主に隣国で活動している魔物討伐を生業とした組織だったはずだ。


「この件から冒険者組合が正式に捜査し、この地域で男女の行方不明者が多いことが分かりました。その後も、男女のペアのパーティは旅館を目撃できましたが、それ以外の男女混合パーティはできませんでした。潜入する依頼を受けたパーティは戻ってきていません」


 なるほど。

 考えられる可能性は二つ。一つは旅館はあるけれど普段は見つからないよう、魔法などで幻影を見せている可能性。そして、もう一つは普段はやはり旅館はそこにはなく、とある条件下で旅館が現れる可能性。

 魔物の出現、異質な気配という情報もかんがみると校舎の可能性の方が高いでしょう。


「魔界化ね」

「はい。普段存在しない地域での魔物の発生や建物の顕現。どれも魔界化の特徴と一致します」


 魔界。魔物や魔族が生息している世界で、この世界の裏にあると言われている。

 魔界が実際に存在することは先代勇者により証明されているが、どうしたら行けるのか、奴らがどのような方法で魔物をこちらの世界に召喚しているかは分かっていない。

 いや、正確にはある一族・・・・のみが知っていると言われているけれど、公爵家であってもそれ以上の情報は秘匿されている。


 そして、極まれにこちらの世界と魔界が繋がることがある。

 それが魔界化だ。


「今のところ被害者数は?」

「100人にも満たないですね。そのほとんどが隣国です」

「私が知らない訳ね。しかし、本当に魔王軍の仕業だとしたらかなり厄介よ」


 今までの魔界化は主に大きな都市や街で行われていた。しかし、魔界化が起こる前は魔力濃度が高くなったり、空が赤くなるなどの兆候があるため、騎士を派遣するなどの対応が可能だった。また、実際に魔界化が起こると魔王軍が待機していることが多く、戦闘状況によらず時間がたつと魔界化は自動的に収束していた。

 このことから、魔界化とは魔王軍が人為的に発生させることは可能だが、融通が利かない技術であるという推測が立っていた。


 しかし、今回のような局所的且つ短時間、それも対象を絞った魔界化が可能となると話は変わってくる。


 それこそ情報が届きづらい辺境の町を魔界化で襲撃し、都市に情報が届く前に大量の魔王軍や魔物を召喚。そのまま侵略戦争を起こす可能性だってある。


「疑って悪かったわね。今回の事件はかなり深刻なものよ。隣国は建国して100年にも満たないから魔王軍の脅威を把握しきれていない可能性があるし、もしかしたら国の存亡は私達にかかっているかもしれない。それほどの覚悟で挑む事件よ。気を引き締めなさい、いいわね!」

「はい!」



 他の情報を共有したり、今後の予定を二人で考えていたところで私はあることに気付く。


「ただ問題があるわ」

「なんですか?」

「私たちが恋人に見えるかどうかという点よ。君は小柄な方でしょう?大して私は年にしては身長は高め。魔王軍がどう判断しているかは分からないけれど、姉弟と思われて無視される可能性はあるわ」


 12歳なので年相応の身長だが、他人から見るとやはり彼は子供に見える。魔族の成人はいつかは分からないけれど、この年の男女を見たら姉弟を疑うのが普通でしょう。


「確かにそうですね。そこは演技でカバーしましょう。例えば呼び方を変えてみるとか」

「呼び方?」

「ええ。会長は私を君付けで読んでみてください。自分はさん付けで呼んでみます」


 私は唾を飲み込む。呼び方を変えるだけ。ただそれだけなのに私と彼の関係がまるで進んでいるように感じる。


「ア、アイン君」

「はい、ユリさん」


 へー、ふーん。ユリさん、ね。

 まぁ、悪くないじゃない。


 国の存亡がかかっているのよ。呼び方が変わったくらいでドキドキすることなんてないわ。


「君付け、さん付けで呼び合う姉弟はいないでしょう」

「確かにそうね。な、慣れるためにも今回の旅の間はそう呼び合うことにしましょう」

「分かりました。あと、その場で立ってもらえますか」


 私は疑問に思いながら彼の言う通り立ち上がる。


「これでいいの?」


 すると、アイン君は私の左に立ち手を握ってきた。


「ミ゜ッ」


 思わぬ展開に私は変な声が出てしまう。

 子供にしてはちょっとごつごつしてるわね。でも、肌はすべすべで……って何を考えているのよ、私。


「身長差はありますが手もつなげますね。腕も抱き合いますか?」

「い、一応やってみましょう」


 国のため。そう国のために必要なことよ。

 そう思い私は彼の腕に抱き着こうとすると、むしろ彼から私の腕に抱き着いてきた。


「はぁ?!え、私がする側じゃ・・・・・・」

「あ、ごめんなさい。身長差的に自分がやる側かと。ユリさんもやってみますか?」

「わ、分かったわ」


 彼のほっそりと、しかし筋肉のついた腕の感触を感じる。

 今度は私から彼の方に抱き着くと、私の顔の位置に彼の頭が迫ってきた。


 ポフっと彼のすべすべとした髪の毛が私の鼻に触れる。


「~~~~~っ!」


 な、なんで男の子なのにこんないい匂いなのよ!!!


「アイン君、腕を抱き合うのはや、やめましょう。危険だわ」


 私は彼から急いで離れる。危ない。何か、大切な何かがきれるところだった。


「確かに、魔物に襲われたとき反応が遅れそうですね。手をつなぐにとどめましょうか」

「ええ、そう、その通りよ」


 ふぅ。国のため。国のために我慢するのよ。


「あ、あと同じ柄のアクセサリーも一応用意していて……」


 ま、まだあるの~~~?!!

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