新聞部
「早く来すぎたわね・・・・・・」
魔道列車出発時間の30分前、駅のホームにいた私は一人待ちぼうけをくらっていた。
喫茶店にでも入り時間を潰せば良かったと後悔していると、線路の先から魔道列車が特徴的な音を鳴らして走ってきた。
もうチケットはもらっているし、先に席に着いておきましょう。
減速し目の前に止まった列車に入り込む。列車内は適温であり、外で聞こえていた騒音(汽笛というらしい)も聞こえない。狭い廊下を抜け車両に入ると車両内は壁で仕切られ個室のようになっていた。予約していた席の扉を開け荷物を置き席に着く。座り心地はそこそこ良かった。
窓から外を眺めながらこれからのことを考える。
1週間前、ザネに乗せられてアイン・タレントが私の体を狙っているというとんでもない推測をしていたけれど、よく考えるとそんなわけがないと昨日気づいた。
というのも、私が彼の提案を断りかけたとき「いやだけどザネに頼む」と言っていたからだ。本当に彼の目的が私との初夜なら、あのような発言はしないだろう。
やはり生徒会に関わる何らかの事項なのだろう。そしてカップルに偽装する必要があるため女性に頼らざるを得なかった。
私が良かったのか、ザネが嫌だったのかまでは分からないけれど、とりあえず貞操の危機は回避できて良かった。
もし彼が迫ってきたとき、または襲ってきたときにどう対処するかを数十パターン考えていたのが無駄になったのは残念だが。
ちなみに一番最悪なのは生徒会の女を抱けるなら誰でも良かったという場合だ。もしそうなら彼の首をはねるだけですむので楽ではあるが、常識的に考えてそんな馬鹿なまねはしないだろう。竜に発情する猿がいないように。
などと考えていると駅のホームに学園の生徒が何人か入ってきた。今の時刻はすでに授業中のはず。不思議に思っているとその生徒たちにある共通点に気づく。
彼らは全員新聞部の腕章をつけていた。
彼らは何かを話している様子で駅のホーム内を走り回っている。
すると、一人の男子生徒が私に気づき近づいてきて窓をノックする。何か話しているみたいだが消音の魔法により全く聞こえない。私は仕方なく窓を開けた。
「ごきげんよう」
「休暇中、すみません。アムストラクト生徒会長に少し取材したいことがありまして・・・・・・」
「その前に少しいいかしら。見ての通り今の私は私服姿。学園には休暇届を提出して受理されているわ。つまり、今の私は生徒会長としてではなく、アムストラクト公爵家の令嬢としての立場なの。あなたのその質問はアムストラクト公爵家への嘆願として受け取ってよろしいかしら」
「いや・・・・・・その・・・」
私服姿で来ていたのが功を制した。
公爵家の名前を出されたら大抵の人は退いてくれるはず。
男子生徒は狼狽した様子で黙ってしまったため、礼をして窓を閉じようとすると彼の背後から女子生徒が話しかけてきた。
「若いのが申し訳ない、アムストラクト公爵令嬢閣下。新聞部部長のフウラ・アサです。私たちは決して邪魔をしたい訳ではなくて、ただ一つだけ質問をしたかったんです。というのも人を探してましてね。アイン・タレント伯爵子息を見ませんでしたか?」
部長ともなると神経が図太くなるようだ。質問、それも一見学園や公爵家に関わらないことなら、断る理由がなくなってしまう。
「ええ。見なかったわ。もうーー「あ〜、そうでしたか。それは申し訳ない。実は彼が今さっき学園でやらかしまして、逃げるように去っていったので追ってきたところなんですよ」
「そう。見つかるといいわね。もうーー「そうなんです!見つかりそうなんです!この駅のホームに入っていくのが見えたので。とはいえ驚きました。魔道列車となるとチケットを買って事前に予約する必要がありますから。逃げてきたというよりは、始めからここに来るのが目的だったのかもしれません」
「それは驚きだわ。じゃあ私はーー「一応ね。何と答えるか分かってはいるのですが、形式的なものとして聞きますね。アイン・タレント伯爵子息と会う約束とかしてませんよね」
私が話を終えようとすると大きな声で被せてくる。
この女、分かってるわ。この調子で彼が来るまでここに居座る気ね。私は窓を下ろし全開にする。
「いないでしょう。これで潔白は証明できたかしら」
「ありがとうございます。もうはっきりと分かりました!では会長の潔白は記事でしっかり書きたいので、一応口頭でも言っていただけますか?アイン・タレント伯爵子息と会う約束はしていない、と。ほら、私は見ていますけど新聞の読者はこの光景を見ていないので」
絶対こいつ友達少ないわ。
私はため息をつきそうになるのを抑えながら、わざとらしく何かに気づいたようなふりをする。
「その前に、さっきの発言を訂正していいかしら」
「ええ、勿論です。誰にでも間違えはありますから」
「彼を見たわ」
「ほう。いつ、どこでですか?」
「今、というより後ろにいるわよ。駅のホームから出ようとしているみたいだけど」
「なっ!」
新聞部の二人が驚いた様子で振り返り私が指でさした先をみる。駅のホームからでたばかりのアイン・タレントの後ろ姿がくっきりと見える。
すぐさま、男子生徒は後を追おうとするが部長は私の方に振り返り動こうとしない。
「部長!なにしてるんです!行きましょう」
「いや、違う。おそらく
「答えたいのもやまやまだけれどもうこの列車は出てしまうわ。取材は後日、正式に生徒会を通してくれるかしら」
窓を閉じようとすると新聞部部長に掴まれ止められる。
「アイン・タレントとは会う約束はなかったと記事に書いてもよろしい――「部長!アイン・タレントを捕まえました!」――なぁっ?!」
部長は驚いた声を上げる。幻影だとたかをくくっていたのでしょう。しかし、捕まえたとなると本物になる。
私はすかさず答えた。
「あら、それなら本人に聞いてくれるかしら」
「くっ、いや、まだ変装の可能性もありーー「部長!暴れててもちません!力をかしてください!」――少々お待ちください!すぐに戻ってくるので」
新聞部部長は改札口へと走って行った。
「列車は待ってくれませんので」
私は窓を閉め念のため反射の魔法をかける。
ようやく一息つけると思ったそのとき、扉からノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ」
扉が開かれる。そこには件の人物、アイン・タレントが疲れ切った顔で立っていた。
「お待たせしてすみません」
「ぎりぎりよ」
列車が動き出した。
⚪︎
「新聞部があそこまで速いとは思いませんでした。馬車を用意していたんですが、普通に走って追いつかれましたし……」
「気をつけなさい。特に今の部長は記事の捏造や貴族への忖度を嫌ってる節があるから止めようがないわよ」
私は彼の手袋が一つないことに気付く。
なるほど。アブファイル・ハイターに決闘を申し込む瞬間を新聞部に見られてしまったのだろう。
そのまま魔導列車で逃げるつもりのはずが、予想以上に追いかけられたということだろうか。
「流石にこの速さなら新聞部も追いつけないですね」
「無理だし君がこの列車に乗った時点で諦めるはずよ。中に入る手段がないもの」
アイン・タレントが窓の外を眺めている。すでに列車は街から離れ草原を走っている。
「さて、そろそろ本心を語ってくれてもいいんじゃないかしら」
アイン・タレント伯爵子息は窓の外を見つめていたが、私の一声にこちらの方を向く。
私が言及しているのは、1週間前彼から発せられた二度目の告白。『会長には私の恋人になっていただきたいです!』という言葉の真意だ。
彼の目的が言葉通りでないと分かっているので、私は少しからかうように言う。
「今回の旅の目的。恋人になってほしいという建前の必要性を。それとも……本心なのかしら」
少しの沈黙の後、彼が観念したように口を開く。
「ばれてましたか」
「え、ばれてって……」
「あの旅館にはとある噂がありまして。その噂の解明のために会長とは一時的に恋人関係になっていただきたいのです」
「そ、そっちね。分かってるわ。って噂?」
一瞬、本心であることがばれたという意味かとも思って焦った。
「はい。男女の、それもカップルに起こる噂です。カップルがその旅館に赴き一夜を過ごすと――」
一夜を過ごす、という言葉にドキッとする。
「魔王軍によって拉致されるという噂です」
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