女将

「アムストラクト公爵家の名をもとに、あなたを外患誘致及び国家転覆の疑いがあるとして拘束します」

「ご冗談を……」

「冗談ではないわ。降伏するなら怪我はさせないけど?」


 冗談ではなく、完全なる嘘だ。私たちはこの国の貴族ではないので拘束する権利は持ち合わせていない。


 しかし、私は彼女が信じる可能性は高いと踏んでいた。


 なぜなら、彼女は魔道具の許可の際、領主のミヤモトと懇意にしているといっていた。しかし、ミヤモト家はすでに没落している・・・・・・・・・。それも100年以上前に。ミヤモト家が管理していた土地を建て直し、評価されて独立したのが隣国の現国王である。それも50年近く前の出来事だ。


 つまり、彼女の情報は100年以上前で止まっている。100年以上前ならばこの土地はまだ私たちの国の領土。アムストラクト家も存在しているため、信じるほかないだろう。


 女将は何も言い返さない。ショックで固まっているようだった。


「私にばれていないとでも思った。従業員も客もいないはずなのにどうして遠くに魔力の反応があるのかしら。魔物が襲ってこないのも魔道具を見るまでは信用できないし、魔力の反応は魔物や魔族の可能性もある」


 私は再び魔力探知を発動させる。先ほど女将と話しながら廊下でも発動させたが、やはり遠くに魔力の反応がある。かなり微弱なため分かりづらいが、その数が異常だった。100以上の数の魔力が遠くでじっと動いていない。


「そんな!言いがかりです」

「それなら魔道具がある部屋まで案内しなさい。と言っても、先ほどの反応的にできないでしょう。ないのだから」

「いえ、その……」

「状況証拠、それにこの異質な魔力からここが普通の旅館でないことは明らか。諦めて縄につきなさい。安心なさい。あなたが持ち合わせている全ての情報をはききるまでは生き残ることができるわ」


 女将は正座しうつむいた状態で黙りこむ。数秒し顔を上げるが、その表情は先ほどまでの笑顔とは違い怒りが表に出ている。女将はつぶやく。


「やっぱり貴族は糞ね」


 ゆらりと女将は立ち上がる。しかし、私は動けずにいた。


「久しぶりの逸材かと思ったのに」


 彼女の魔力が膨れ上がる。その色は旅館と同じ血の色だがドロドロと溶けるような見た目をしていた。

 なんて魔力量!私以上、いやベリエルよりも多い。


 魔族は魔力量が多いけれど、これほどなのは見たことも聞いたこともない。人外の領域だ。


「正体を表したわね」


 負ける気はない。本気を出せさえすれば勝つ自信すらある。しかし、今はアイン君がいる。


 彼を人質にされたら実質の敗北と考えると、ここは撤退を優先すべきだ。私は裏にいる彼にハンドサインで撤退のサインを送る。


「いや、逸材なのは間違いないわ。私の嗅覚が言っているもの。初めてだわ。ここまで新鮮な二人は。貴族は勝手に腐ってると思ってたけれど、こんな綺麗なのが残ってるなんて……あぁ、楽しみだわ!」


 彼女はぶつびつと独り言を呟いている。

 私は隙を作るために彼女に話しかける。


「こんなことをしていったい何が目的なの?」


 女将の魔力は止まらない。彼女は笑顔で答えた。


「愛よ」

「愛?」


「人が人を愛し愛される。相手を思い、思うがゆえに悩む。素晴らしいとは思わない?人は言葉を使って話すけれど、心の声は誰にも聞かれない。常に独りぼっちなのよ。だけれど、愛だけが心の壁を貫通する。私はその観測者に過ぎないわ。ただの読者ともいうわ」


 何を言っているか理解ができない。私はその隙にちらりと彼を見る。彼は体全体を魔力で覆い守りの体勢は整っていた。後は彼を抱えてこの旅館から脱出するだけだ。私は再び女将に視線を戻す。


「だから、長く楽しませて頂戴ね。ヒロインさん」


 次の瞬間、床に巨大な魔法陣の一部が浮かぶ。

 私は咄嗟に黄金の魔力で体を覆い、彼の方へ振り返る。


「アイン君、私から離れないでっ―――」



 しかし、そこにアイン・タレントの姿はなかった。



「【王の怒り】っ!」


 次の瞬間、女将の体の中に剣を生成し内臓を切り裂いた。


「え?」


 彼女は突如自身の体から出てきた剣に困惑しながら血を吐き出す。


 絶対に殺してはならない。


 おさまる気配のない怒りが湧き上がる中、意識は冷静さを保っていた。

 アイン君がいなくなった。それはつまり全力で戦えるということだ。


 女将の体が回復し始める。回復魔法をかけたのだろう。ならば、追いつかなくなるまで傷つけるまで。


「【ダモクレス】」


 彼女の周囲に魔力でできた無数の短剣が降り注ぐ。回避しようとした瞬間、別の剣技を発動させる。


「【平伏しなさい】」


 私の周囲を巨大な魔力の塊が押し潰す。【ダモクレス】を避けようとしていた彼女は、首を垂れそこから動けない。魔力の短剣が彼女の背中に次々と刺さる。


「がはっ」


 私は彼女が死なないように調整する。あれほどの魔力。半殺しにしてもそう死なないだろう。


 私は【王の剣】を発動させ動けないでいる彼女の四肢を斬り飛ばす。そして首元に剣を置く。


「彼をどこにやった。言わなければ殺す」


 女将は震えながら顔を見上げ私を見る。口から血を吐き見窄らしくなった顔の口角が上がる。そしてはっきりと言葉を発した。


「ごゆっくり」


 首を斬り飛ばした。


 私は襖を開け廊下に出る。彼がこの部屋にいないことは魔力探知で把握済みだ。


「アイン君!聞こえる?!」


 反応はない。私は探知する範囲を広げるため魔力を周囲に展開する。が、上手くいかなかった。


「魔力探知が発動しない?」


 ある一定の範囲になると魔力が拡散してしまう。私は焦りながら廊下を走り彼の名を呼び続ける。

 そしてあることに気づいた。


 廊下が長い。いや、廊下の先に終わりが見えない。何かがおかしい。

 私は横にある襖を開け、部屋の奥へ進む。更に襖を開けるが変わらず部屋が続いていく。


 確かに旅館は大きかった。しかし、すでに外観以上の距離を走らされている。


 何十もの襖をあけ、私は見知った廊下にたどり着いた。確か、あの曲がり角の先がロビーだったはずだ。

 私は廊下へ出て曲がり角の方へ向かう。そして、角を曲がった先の光景を見てその場に立ち尽くした。


 道がなかった。

 ただし、行き止まりだったわけではない。


 ロビーが会った場所は足場が一つもない崖になっていた。横隣や奥の方を見ると同じように襖や廊下が見える。しかし上と下は際限がなく、闇が広がっていた。


 認識が間違っていた。

 今までの行方不明者たちは魔界に連れ去られたのではない。


「ここに閉じ込められた」

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