再会
「一カ月ぶりかしら」
私は部屋に入りアイン・タレントに話しかける。
彼は私の顔を見るや否や少し笑って言葉を返す。
「お久しぶりです。アムストラクト会長」
「ええ、久しぶり」
久しぶりとは言ったものの、正直こんなに早く彼と再会するとは思っていなかった。彼は内心どう思っているのかしら。
アイン・タレントに座るよう指示すると彼は背筋を伸ばして真っすぐ座る。表情もどことなく固い。誰がどう見ても緊張しているのが分かる。
しかし、私には彼がなぜ緊張しているのか全く分からない。
普通、オーロラローズ渡す時の方が緊張すると思うのだけれど……あの時より緊張してない?それともそういう振り?実際、普通の一年生が生徒会からこんな部屋に呼ばれたら、緊張してもしょうがないとは思うけど……入学早々に不良集団を壊滅させた生徒がやっても説得力はないわね。
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。こんな部屋だけれど君を責めたてるつもりなんてないから。ただ内容が内容だけに他の生徒に聞かれたくなかったの」
「心遣いありがとうございます。ただ、やはり生徒会長と二人きりですから緊張します」
そっち?!今さらすぎるでしょ!
この子、オーロラローズ大胆に渡して告白しておいて、二人きりになった時緊張するとか言っちゃうの?!
そんなの……卑怯だわ。こんなこと言われたら、さっきまで何とも思ってなかったのに意識せざるをえないじゃない!
と思ったところで私は我に返る。
そうだ。全然二人きりじゃなかった。
この部屋は他の生徒会のメンバーに魔法によって監視されている。つまり彼の発言も、それに対する私の受け答えも全て見られているのだ。
彼らの前で恥ずかしい姿は見せることはできない。
そう思うと私は冷静になることができた。
「二人きり……ね。ま、まぁ急に呼び出されて緊張するのも分かるわ」
私は彼の言葉を軌道修正する。ザネ辺りはもう笑ってみていそうだけれど、これ以上、変な雰囲気にはしたくなかった。
「いえ、急に呼び出されたことに関しては緊張していません。またあなたと会いたい一心で今日まで活動してきましたから」
もう~~~~!!!!!なんでそんなこと言うの?!
心の中の私は羞恥心で顔を抑えていた。
なんで心に思っていることをこの男は馬鹿正直に話すの?私のこと好きすぎなの?!いや、そうだったわ。入学式でオーロラローズ渡して私に会うためにこの学校来たとか言うような男だったわ。
でも気づいてるでしょ。これ見られてるのよ。生徒会のメンバーに。ザネならともかく、他の二人はこの会話と動揺している私を見て「あっ、生徒会長っていつもあれだけ冷静なのに恋愛関係の前ではこんな感じなんだ……」って思ってるに違いないわ!
でも、しょうがないじゃない!公爵家相手に恋愛の駆け引きする奴なんて彼以外にいなかったもの!いや、彼は駆け引きと呼べるものですらないけれど。どちらかというと正面からの強行突破だけれど!
私は全然冷静でいられないなか、咳をして表面上は冷静を保って彼に話しかけた。
「ま、まず初めに確認から」
一瞬声が震えるも、なんとか本来の目的だった話に持っていく。私、いや、生徒会が知りたいのは『人剣連合』を壊滅させたという事実の確認とそれに対する彼の応対だ。
今回の一連の事件で彼はどちらかと言うと加害者側だ。確かに、彼の友人は傷つけられたが、だからといって復讐のために多くの生徒を傷つけることは正当化されない。普通だったら生徒会は彼も処分の対象にするだろう。
その負い目をどれだけ隠そうとするか。また、私たちの処分にどれだけ反対するか。
私は彼に事実をひとつづつ確認していき、最後に『
想定内だ。アイン・タレントは私に対しては隠し事をせず正直に話す傾向にあることは身をもって感じていた。これなら
その後、私は感謝と謝罪、そして風紀委員の設置を彼に話す。
彼は驚くそぶりも見せず淡々と受け答えをしていた。生徒会がこういった対応をすることは想定の内だったのだろう。いや、想定内でないと伯爵家のアインが侯爵家のデントを倒そうなんてするはずがない。
学園側の対応や生徒会の対応を全て予測してたと考えるのがやはり妥当だ。『人剣連合』への殴り込みは感情的なものではなく、合理的判断に基づくものだったということか。
私は彼の分析を一通りし終え、次の話題へと移る。今回、アインをこの部屋に呼んだ最大の理由。
「君には生徒会に入ってもらいたいと私は思っているわ」
意外にも彼は喜んだような表情は見せなかった。生徒会に入ることが彼の目標の一つであるのは、ザネからの報告により知っている。ポーカーフェイスか何か裏があると思っているのか。
裏、というほどではないけれど思惑はある。彼は決して今回の事件で良い評価を得て生徒会に入ったわけではない。むしろ逆。私達は彼を危険視している。
『人剣連合』は確かに不良集団だ。しかし生徒会にとってそこまで脅威ではない。正直に言うと、デント以外は弱いし、デントだって強いけれど騒ぎ立てる程じゃない。そして彼自身も自覚していて分相応の振る舞いをしていた。
確かに、他人に罪をかぶせたり暴力によって金銭を巻き上げたりすることは良くないけれど、どの学園にだっていじめや貴族の買収、忖度は起こりうる、言うならば普通の事件だ。
生徒会でこの数カ月対応してきた生徒のように、犯罪組織や魔王軍と関わりがあったりしているわけではない。犯罪者やテロリストと戦ってきた私たちからすると、『人剣連合』は脅威ではないし、アインの功績もそこまで大きくはないように感じる。
しかし、問題なのは彼が入学して一カ月程度で今回の事件を起こしたということだ。それどころか、さらに前から準備していたとも考えられる。
早すぎる。
一年生、それも入学して一か月で起こせる事件じゃない。実力も感性も普通の生徒には持ち合わせていないものだ。このまま彼を生徒会に入れなかった場合、なにをしでかすか分からない。それこそ、生徒会に入る功績を作るため生徒会と敵対する組織を作るなんてことをやりかねない。
そんな危険を放置するくらいなら取り込んでしまった方が良い。という考えから私は彼を推薦することにした。実際、彼自身が望んでいることでもあるし、私に対しては従順なのが今回の話し合いで分かったため、大人しくなるかもしれない。
しかし、入るためにはまだ知らなければならないことがある。
それは彼の強さだ。
「生徒会は武力をもって学園で地位を確立しているの。活動的にも様々な人や組織と対立することがある。それなりの強さを持っていないとついていくことが不可能よ。君のことを調べさせてもらったけれど、基礎である源流剣術の精度はかなりのもので同格相手にはまず負けず、格上には数多の剣術を使い分けることで隙をつき打ち勝ってきたみたいね」
「もったいないお言葉です。ありがとうございます。」
彼がどれだけ強いのかが想像つかない。なぜなら、彼は魔力量というハンデを背負って、上級生に勝っているからだ。
「私は君がデント・プラザイ侯爵子息に勝つとは思っていなかったわ。彼はかつて私の同級生だったけれど、かなりの才能を持っていたはずよ。鍛錬を怠り燻っていたとしても一年生の君が勝てる相手だとは思っていなかった。なぜなら、彼は源流剣術の基礎をしっかりと固めつつ[二剣一流剣術]を複合して戦うスタイルで君の戦闘スタイルと似ていたから。魔力量という埋められない差がある時点で彼は君の上位互換だと私は判断していたわ」
デント君は私が名前を覚える程度には才能がある生徒だった。剣術に下駄をはかせてもらってる感は否めないけれど、それでも搦め手が効きづらそうな印象は受ける。
「しかし、君は彼に勝った。正直に言って一年生でデント君に勝った時点で生徒会に入れるだけの強さは証明されているわ。でも私を含めて生徒会メンバー全員が君の強さをはかりかねている」
知りたい。彼の剣を純粋に見たい。
「強さが未知数っていうのも面白いけれど、私は君の実力を知りたい。剣を抜きなさい。その実力推し測らせていただく」
初めてだ。私が知りたいなんて興味を抱く人は。
私の想像をいくつも超えてきた彼は、いったいどんな戦い方をするのか。
アインは椅子から立ち上がり少し後退する。
そして剣を鞘ごと腰から取り出した。いたって普通の鉄の剣だ。魔剣どころか
生徒会に入るための条件で『強さ』を述べたのは
私に勝てなくてもいい。ただ、見たことのない剣を見せてくれさえすれば――
「不可能です」
「え?」
彼は手元の剣を地面に落としだらんと腕を落とした。
「私は会長と戦うことはできません」
それだけは、それだけはあってほしくなかった。
彼は私の思考を読み取ったかのように言葉を続ける。
「これは決して会長に怖気づいたからではありません。言うならば優先順位の問題です」
「優先順位?」
「はい。私は以前、一生貴方に尽くすと言いました。その言葉通り、基本的に会長の言うことは全てに従います。もし、会長が戦えとおっしゃれば、喜んで戦いに行きましょう。しかし、その対象が会長自身なら話は別です」
「理由を聞いても?」
「私の行動指針には4つの優先順位があるからです。
最も優先すべき事は会長の生命を脅かす者から会長を守ることです。
二つ目が自分自身の生命を脅かす者から自身を守ること。
三つ目が会長が望まれていることを達成するための行動。
最後に自分自身がしたい行動。私はあらゆる行動をこの四つを基準に分類して優先順位を決めています」
行動の優先順位と聞くとゴーレムみたいな考え方だ。つまり、彼が今回言いたいことは、この優先順位における私の命令は3番目ということだ。
「今回の場合、会長は『剣を抜け』つまり会長と戦えという指示を私に出しました。しかし、その望みは一つ目の『会長の生命を脅かす者から会長を守ること』という基準に引っ掛かり行うことはできません」
それで『不可能です』と言ったのね。
つまり、この考え方は次のようにもとらえることができる。
「つまり、君は自身の剣が私の命に掛かりうると思っているということね」
彼は一瞬迷ったような表情を見せるが答えた。
「はい」
嘘をついていないと、私の勘は言っている。彼は本心から私を殺すことができると信じている。だから、私とは戦えないと。
やはり、彼は違う。今までに見たことないタイプの人間だ。
しかし、少し引っかかる部分があった。
「私の命令より自分の命の方が優先順位が高いのね」
彼は二番目の自身の命、三番目に私の望むことと優先順位を置いている。私に忠誠を誓うものは多いが、これだけはっきりと自分の命の方が大切だと言い切る人は見たことがなかった。
かれはすこし沈黙した後、ばつが悪そうに答えた。
「勘違いしてほしくはありませんが、私は自分の命の方が大切だから二番目の基準にしているわけではありません。私は、貴方をより幸せにすることこそが最大の目的です。会長と共に
本当に、本当に変な男だ。
彼の異質な考え方に忘れていたが、彼は私と結婚したかったのだ。
言うならば、今の彼の発言は将来私は彼が死ぬことで不幸になる――つまり悲しむような関係になるということだ。私が彼を好きになるという謎の自信を宣言されたことになる。
正直、恥ずかしい。なにより、否定できない自分が恥ずかしい。
現に私は彼に大きく心を動かされている。学園生活も彼が関わると想定外の連続で、決してつまらないものではなくなってしまった。私は少なからず彼によって幸せになっている。
だから、彼を突き放すことができない。
彼と過ごす日々を想像することなんてそれこそ不可能なのに、想像したいと思ってしまうほど彼が魅力的に見えてしまっている。
私は君に魅入られてしまった。
「君の言い分は分かりました」
私は床に落ちていた剣を拾い彼に手渡した。彼が再び腰に装備する中、私は彼から少し距離をとった。
認めよう。
私、ユリ・スーン・アムストラクトはアイン・タレントにまだ好意を抱いていない。しかし、彼のことを好きになりたいと思っている。
そのためにも、私は彼と戦わなければならない。
将来、彼が私の愛を受け止める実力があるか否か見届けなければならない。
「しかし、君の行動指針には一つだけ抜け道があります」
本来、彼の強さをはかるために私から剣を振るうつもりはなかった。
「私が君を殺そうとした時です」
なぜなら十中八九――どころか、絶対に彼が死んでしまうと私の勘が言っているからだ。
「それは決して戦いと呼べるものではありませんが――」
生徒会長である私は彼に剣を振るうことはできない。
「――君は私のために生き残らなければならない」
しかし、今の私はただの一人の少女として。恋に恋する乙女として 私の
「安心しなさい。一撃です」
今から振るう
「一撃で今から君を殺します」
だから、どうか私に君を愛させて。
「【王の剣】」
剣が黄金に輝いた。
―――――――――――
ここまで読んでいただきありがとうございます。
楽しかった、続きが気になるという方は☆☆☆やブクマをしていただけると幸いです。
次話は両者視点です。
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