邂逅
私が彼を初めて見たのは15歳の時。社交界デビューの日だ。
と言ってもほんの一瞬だけ。
私は彼に対して何の感情もわかなかった。
神童と称されていたがこの世界においては珍しいことでもない。学園に通っていると実感するが、神童や天才は特別でも何でもない。強い人、才能がある人という分類の一人に過ぎない。
あの学園では国中の才能ある者が集まっている。
彼もきっと来るだろう。そして気づくはずだ。自分もよくいる天才の一人なんだって。その時彼はどうなってしまうのだろうか。絶望するのだろうか、諦めるのだろうか、それともその残酷なまでの才能という壁を越えようとあがくのだろうか。
私には分からない。なぜなら私だけは特別だから。
私は一度も苦労したことがない。何をしても上手くいってしまう。そのような星のもとに生まれてきた選ばれた人間だ。
きっとこの先も私は成功し続けるのだろう。
そして父親が縁談を持ってきて結婚して私より才能のない夫を支える。
予定通りでつまらない人生。
あの少年の人生は面白いのだろうか。もし私があの少年として生まれてきたら人生を楽しめたのだろうか。
それともやはり私は全てがつまらなく感じてしまうのか。
彼をぼんやりと眺めていると、彼がこちらの方を見て一瞬だけ目が合った気がした。私はすぐに目をそらし父の元へと戻っていく。
本当にそれだけ。
数秒後には彼の存在なんて忘れていた。
〇
彼を再び目にしたのは入学試験の時。
彼の実技試験を見た時私は衝撃を受けた。
たった9秒でゴーレムを倒したことではない。
私が驚いたのは彼の剣術、そして戦略性だった。
まずは剣術。使っているものは全て源流剣術であり基礎的なものばかりだ。しかし、そのどれもが一級品だった。剣に一切のブレがない。加えて振りが早く全ての一撃が敵の弱点をついている。
なにより、剣技から剣技へのつながりが驚くほどスムーズだ。本来別々の剣技であるはずが一つの剣舞であるかと疑うほどだった。
そして次に驚くのはその戦略性。
先ほど彼の剣技を剣舞であると言ったが、ただの剣舞ではない。優秀な剣舞とは剣の流れの美しさを表すものだが、彼のは『理』の剣舞。ゴーレムを倒すという題に対する最適解。合理性を突き詰めた剣舞だった。
ゴーレムは体に一定の損傷を与えることで基本的に倒すことができる。入学試験で彼の次に優秀だったメアリス・ブリアン子爵令嬢がしていたようにだ。
しかしもう一つ方法があり、それはゴーレム内部にある核を壊すことだ。最速で倒そうとする場合その核を狙った方が良いのは確実だ。その核のある場所は、肥大化した右肩、頭部、腹部のいずれかにある。
そして彼は集中的にその三点を狙っている。言うならばあの剣舞は確実にゴーレムを倒すためのものだったことになる。
彼の戦略であったことは間違いない。
なによりこの戦略の素晴らしい点は二つある。再現性と差別化だ。
彼の攻撃は全て源流剣術であり魔力も非常に抑えられていた。つまりたとえ素人でも彼の動きをまねて完全に再現を出来れば同じ芸当ができることになる。これはゴーレムを倒すことの最適解、模範解答と言っても過言ではないだろう。
そして差別化。ただゴーレムを早く倒すだけではなく、確実にゴーレムを倒せる方法且つ最速で倒す。こうすることでもし他に彼と同じだけの才能を持つ受験者がいても差別化を図ることができる。
例えば入学前の私が試験でゴーレムを倒した時間は4秒。彼以上に早いことになる。しかし、実技試験を点数化したときにどちらが優秀かと問われれば多くの試験監督が彼の方を選ぶだろう。
なぜなら私のゴーレムの倒し方はただ速いだけだからだ。それに比べ彼は豊富な剣術、戦略性、速さ、全てを表現できている。
他の天才との差別化がはかられている。そしてその戦略はおそらく有効だ。
なぜなら天才はそんな回りくどいことをしないからだ。天才とは傲慢だ。自分の実力に驕っている。
自分が他の人よりも優秀であることは当然だと思っている。当然、試験対策もほとんどしないだろう。そしてそれで実際に首席で合格してしまう。
しかし彼は違った。彼は自分以上の天才がいることを想定して試験に臨んでいた。その仮想敵に勝つために、確実に主席になるために努力をしたのだろう。あの芸当がすぐにできるようになるはずがない。ゴーレムの特性を調べるところから始めたとすると一年近くかかったかもしれない。
それでも彼が試験対策をした理由はやはり合理的な考えから来ているのだろう。確実に主席になる方法として実技試験で満点を取るというのは間違っていない。
しかし、あまりにも非効率だ。実際、彼ほどの実力者なら何をせずとも主席になれた。
驕らない天才。常人の先を行く合理的思考。
彼はただの天才ではない。天才でも、努力の天才でもない。
決して天才にはたどり着けない境地だ。
面白い。彼が一体何を考えているのか全く分からない。
まずなぜ主席になろうと思ったのだろうか。彼の合理的思考のいく着く先は何なのか。壮大な計画か、それともささやかな願いなのか。
気になってしょうがない。
ふっ、面白い男。
私が彼を見つめていると彼も私に気づいたようだった。おっといけない。彼を思うあまり【気配隠し】がきれてしまっていた。私は再び気配を隠し試験内容を見守ることにした。
〇
そして初めて彼と邂逅したのが入学式だった。
「タレント伯爵家子息アイン殿」
「アムストラクト公爵令嬢閣下。名前を知っていただき光栄です」
入学式の日。当然のごとく新入生代表となった彼に声をかける。
彼は将来的に生徒会に入るかもしれない。少なくとも実力は一年生にしては十分だ。彼の性格、考え方をはかるためにも仲良くなっていて損はないだろう。
私は気軽に呼びあうよう提案し彼もそれに了承する。
軽く彼に賛辞をおくり早速私は本題を切り出した。
「きっと君ほどの才能なら
その目的は何?君はなぜ主席になりたかったの?私は君の努力の源泉を知りたい」
アイン・タレント。私はただあなたの根幹を知りたい。
私だけが特別なこの世界における初めての例外。
あなたも私と同類なの?
しかし彼から返ってきたのは意外な言葉だった。
「あなたです」
彼は真剣な顔で私を見つめて答えた。
むしろ普段より気が引き締まった表情にも見える。
冗談を言っているようにはみえない。
「え?」
「私の目的はただ一人あなたのためです」
私は生まれて初めて間抜けな声を出した。
理解ができない。
私?なぜ?つながりが全く見えない。
もしかしてアムストラクト公爵家とつながりを求めたいということだろうか。
「あなたの隣に立つ人になりたい。そのためには最低限首席でないと相応しくないでしょう」
と思ったところで彼の発言がそれを否定する。
先ほどと比べてもっと直接的な表現だ。
私の隣に立ちたい。
生徒会の副会長になりたいということかとも思ったが彼は新入生だ。生徒会についての詳しい取り決めも知るはずもないし、それに私が生徒会長になったのはつい先月のことだ。
彼の努力と時系列が合わない。ここでいう隣とはつまり――
「それはつまり……そういうことよね」
――私の夫となりたいということだ。
「はい!そういうことです!」
彼は自信満々に答える。
裏腹に私はとても焦っていた。完全な想定外だ。
なんで私と?公爵家と繋がりたいから?それとも純粋に私が好きだから?
落ち着け私。普通に考えて貴族としての利益のためだろう。彼は伯爵。公爵の私と縁ができれば家の力を増すことができる。
ここは落ち着いて遠回しに断りの言葉を――
「これ、俺の気持ちです。受け取ってください」
「え!こ、これはオーロラローズ!」
と思ったところで再び私の心の落ち着きを破壊してくる。
彼は胸ポケットにさしていた一輪の花を私に差し出してきた。
オーロラローズ。
テウエア山脈の頂上付近にしか咲かない希少な花だ。
花言葉は2種類ある。男性に花を贈る場合は親友、永遠の友情。
そして、女性に贈る場合は天にも届くほどの愛情、留まることのない好意。
これを渡すということは完全な告白だ。
なにより問題なのはこれを渡すということは恋愛的な意味での求婚を意味する。本心はどうであれ貴族間ではそう受け止められるのだ。
「受け取れるわけないでしょう!だいたいオーロラローズの花言葉は――」
「知っています!その気持ちを伝えるためにあなたを思って買いました」
花言葉をもしかしたら知らない可能性があるかもと思ったが知っていた。
もう間違いない。
この男は、アイン・タレントは私に恋をしている!
そして今、初対面で私に告白している!
「……っ!ま、まだ早すぎるわ!それに私達初対面なのよ!」
「初対面じゃありません。あの時に目が合ったじゃないですか」
あの時?もしかして社交界デビューに少し目が合った時のこと?
「あの時って……まさかあなたも気づいていたの」
てっきり私だけが一方的に見ていたのかと思った。
「確かにアムストラクト会長の言う通り早すぎるかもしれません。しかし、その花言葉は私にとって将来あなたとそういう関係でありたいという意思の表われなんです。勿論、そのためには私は何でもする所存です。
私のような身分では出過ぎた願いだとも分かっています。当然、会長には選ぶ権利がありますし、この花を受け取ったからといってあなたが俺に対して同じような気持ちであるなんて己惚れるつもりはありません。言うならばこれは覚悟です。
一生、貴方に尽くすという覚悟を受け取ってもらえませんか」
彼の言葉は本気そのものだ。間違いない。
彼はあの時、一目見た私に一目惚れしてしまったのだ。
それで告白するためだけに主席になって合格した。
しかしどこか納得がいく。
常人どころか天才には考えられない合理性の行きつく先。それは『愛』だった。
伯爵と公爵。それも最も権力のあるアムストラクト公爵家だ。彼は私をみて一目惚れすると同時に、常識的に考えてこの恋は結ばれないと思ったのだろう。
だからこそ常識を捨て去る必要があった。
『愛』という不確かなものに合理性を突き詰めた結果、彼という異端の天才を作り上げていってしまった。
そしてそれだけ彼の気持ちは本当なのだ。
私は頭を下げている彼を見つめる。
私は彼のオーロラローズを優しく受け取る。
「……そこまで言われたら受け取らざるを得ないわ。でも勘違いしないで。私はまだ君との関係を認めたわけではないから」
「ありがとうございます!」
苦し紛れの捨て台詞をはいて急いでその場を立ち去る。
彼にこんな恥ずかしい顔を見せることができない。
この選択がアムストラクト家にとって正しいものかは分からない。
しかしすでに私は彼によって動かされてしまった。
「精進しなさい」
この胸の高まりは、彼が私の心を動かした何よりの証拠だった。
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