第十二話 彼女がフラグを折られたら、新たなフラグがあの人に立つ


「つまり、アイン・タレントについて話すつもりはないと?」


 『人剣連合』統領、デント・プラザイ侯爵子息は彼らに視線を向ける。その視線の先は下だった。

 ケインとレインは『人剣連合』の構成員によって拘束され、地面に叩きつけられているからだ。


「彼は俺の友達だ。お前らなんかに何も話すつもりはない」

「そうか……おい」


 彼が合図をおくると二人は他の生徒に引っ張られ、強制的に体を起こされる。そして腹部を殴られた。


「がぁっ!」「うっ!」

「次は剣で叩きつける。さぁ、言う気になったか」

「言わない!」


 ケインは大声で叫ぶ。


「女の方は?」


 彼女は苦しんでいる表情のまま首を横に振った。


「素晴らしい友情だ。その勇気をたたえてもう聞かないでやるよ」


 彼は合図を出して殴っていた生徒を引かせる。そして二人の拘束を解いた。倒れこみながらすこしほっとした表情を見せる二人にデントが近づく。


「聞かないだけで攻撃しないとは言ってねぇよなぁ!」


 そして剣の腹の部分でケインに向かって斬りかかる。ケインは咄嗟に両腕で防ぐがボキッという音が鳴った。


「ぐぁあああああ!」

「ケイン君っ!」


 レインが泣きそうな顔でケインの名を呼んだ。


「アインってやつに伝えておけ。『WAINSウィンズ』だったか?バカみたいな活動はやめろってな」


 そう言って去ろうとするデントにレインが言葉を返した。


「嫌……です…」

「はぁ?」


 彼女は泣きそうな顔で答える。


「彼には……伝えま…せん!」


 デントを睨みつけながら、かすれた声で叫び続ける。


「『WAINSウィンズ』の活動も…やめません!あなた達が行ったこの行動も……ゆるしません!」

「お前、状況分かってんのか?殺すぞ」

「アイン君は…優しくて……正しくて…強くて…なによりいつも自信たっぷりで」

「何を言ってる」

「そういう所を……私は彼から教わったから…私は彼を尊敬しているから…」

「れ、レイン…」


 ケインが腕をおさえながら驚いた様子で彼女を見る。デントは面倒くさそうな表情で再び彼らに近づいていった。


「彼は私の友達だから!」


 レインはレイピアを抜きながら【俊脚】でデントと距離をつめる。その剣先は彼の眉間をとらえている。


「【鎧貫き】!」


 レイピアがデントの眉間に当たる。しかし、傷一つつかずデントは立っていた。


「ちょうどいい。正当防衛だ」



「レインさんはその後も、デントに斬りかかったけど側近に止められて反撃にあったみたい。ケイン君ほどではないけど彼女も相当怪我を負っていた」


 レインが上級生に立ち向かったという情報は俺にとっても衝撃的だった。

 メアリスは話を続ける。


「だけど、学園側は今回の一連の騒動をレインさんが暴れて上級生に襲い掛かった事件として処理している。彼女は上級生に斬りかかり、その戦いを止めようとしたケイン君に両腕骨折の怪我を負わせたとして謹慎処分になった。

 担任の先生に抗議したけど、上が決めたことが絶対だって言って聞き入ってもらえなかった」

「十中八九、そのプラザイ侯爵子息の力ですね。彼が圧力をかけたのか、学園側が彼に忖度したのかは分かりませんが。少なくともレインは男爵家。彼女をきったほうがよいと学園側は判断したのでしょう」


 ゲームの物語でも似たような展開はあった。学園の権力関係は結構複雑だ。先生より生徒の方が権力を持っているなんて事例はざらにある。その最たる例が生徒会長だろう。生徒会の権限が講師よりも強いのは間違いなくアムストラクト公爵家の力だ。


「アイン、あなたは『WAINSウィンズ』のリーダーでしょ。これからどうするつもり?」


 さてどう答えようか。当然、『人剣連合』のやつらを野放しにするわけがない。しかし、彼女にどう答えるかは別だった。

 なぜなら教室の外、廊下ではなく校舎外の方に二つの気配があるからだ。ちなみにこの教室は二階にある。偶然立っていましたでは済まされない。


 一人は間違いなく『人剣連合』のやつらだろう。しかし、もう一人は……

 俺は少し悩んだ後、何事もないように答える。


「別に何もしません」


 メアリスは私の返答が予想外だったらしく(当然だ)困惑の表情で聞き返す。しかし、その語気には怒りも含まれていた。


「本気で言ってる?」

「私は彼等に何度も説明していました。この活動は自己責任だと。彼等もこういうことが起こりうると覚悟していたはずです」


 実際、このことは何度も説明していた。レインも今回のような出来事を覚悟していてのあの発言・・・・なのだろう。


「それに、私が動いたことで何にもなりません。私はタレント伯爵家で相手はプラザイ侯爵家。家の力で学園側の裁定を覆すことは不可能ですし、仇をうちに行っても今度は自分が謹慎処分を受けるだけでしょう」

「レインさんの話を聞いて何も思わなかったの?」


 彼女の顔は険しい。誰がどう見ても怒っていた。そりゃそうだ。俺の発言はあまりにも屑過ぎだ。でも『人剣連合』のやつらはこういう言葉を聞きたいんじゃないか?


「彼女は冷静ではなかったとはいえ、斬りかかるとは思いませんでした。どちらかというと引込み思案な性格ですし」

「だから!そんな彼女が行動に出たのよ!貴方ならきっと彼らに立ち向かうと思って!」


 幹部と戦わせている間に、友達を狙って情報収集を行っていた。明らかに俺を警戒していることが分かる。なら、ビビり散らかしている俺の発言を聞いたら油断するかもしれないし、これ以上手を出してこないかもしれない。


「しかし、今の私には彼らをどうすることもできない。もともと『WAINSウィンズ』はいじめを止める活動であり、今回の件はその領域を超えています」

「なんでそんなことがいえ―


 というところで彼女は俺が手元で指を動かしていることに気付いた。

 正確には魔力で空中に書いた文字に。


『盗聴されています。おそらく奴らに』


 怒り一色だった彼女の表情が通常に戻る。


「――ごめん、声を荒げて。冷静になるわ」

「私自身も冷静を保つのでやっとです」

『適当に話を続けます』

 

 彼女も気配に気づいたようだ。しかし悟らせないため適当に話を続ける。


「あなた自身はどう思ってるの?何もしないのは分かったけど、本心では仇をうちたいんじゃないの?」

「彼らは表面上の付き合いです。無駄死にするほどの仲ではない。貴族間の友情なんてそんなものです。将来、家の利益となる相手と交流を深めることが目的ですから」

「なら、いじめを止めていたことは?あの行動もあなたに何か利益があったの?」

「あれは、優等生として自身の評判を高めるために行っていただけです」

「それなら、あの二人をグループには引き入れるはずがないわ。いじめを止める優等生の枠を独占したいと思うはず。つまりどっちかが嘘。

 本心で答えて。彼らに本当に友情を感じていなかったの?」


 なるほど。何もしない体で話すけれど、今この質問には本心で答えろってことか。

 まぁ、もう俺の情けない発言はしっかりと聞かれているし問題はなさそうか。


「本心は……友達です。少なからず友情があると思っていますし申し訳なかったと思っています。私が『WAINSウィンズ』を作っていなかったらこんなことになってはいなかった」

「それはあなたの責任ではない、と私は思う」

「私の責任です。彼らを私のエゴに巻き込んだんですから」


 と言ったところで気配が一つ消えた。

 もう一つは残っているが、多分こちらは聞かれても大丈夫だ。


「去りました。もう盗聴されていないはずです」


 そう言うと彼女は軽く頭を下げて謝罪する。


「ごめん。警戒が疎かだったわ」


 私は半ば無視するように彼女に返答した。


「私は行くところができたので、これで失礼します」

「私もついていくわ」

「駄目です」


 流石にどこに行くかバレたようだ。

 まぁ、今から行くところって言ったらそりゃあ仇をうちに行くと思うよな。


「確かにあなたほどではないけど戦力にはなるはずよ。背中を守るくらいなら私にもできるわ」

「無理です」


 俺は何度も彼女の申し出を断る。しかし、彼女もなかなか諦めなかった。


「私はあなたのことを勝手にライバルだと思ってる。あなたに負けた日からじゃない。入学試験の日、ゴーレムとの闘いを見てから。そして、模擬戦であなたに負けてから、さらに鍛錬を積んだわ。まだ勝てるビジョンは見えないけど、それでも私はあの時の私とは違う。お願い、私も連れてって」


 メアリスは自身の強い思いを俺にぶつけた。彼女がただの一般生徒なら俺も折れていたかもしれない。しかし、彼女だけは絶対に連れて行かない。


「何か勘違いしているみたいですが、私がメアリスさんを連れていけない理由は弱いからじゃありません。君に対して一切信頼できないからです」

「なんで?もしかしてあなたにとって何か嫌なことをしてた?」

「違います。別に私は君を嫌っているわけではありません。同じく、好感情も持っていない。私は君をライバルだと思ったことはないし、これから思うこともない。君に対して何の感情も関心もない。君と私の関係は、ライバルでも、友人でもない。ただのクラスメイトです。そして、この関係で別にいいと思っている。ただ、それだけです」


 彼女とは決して仲良くなるつもりはない。だからといってゲームのように嫌うつもりも絶対ない。徹底的に無関心を貫き通す。

 メアリスは俺の言葉を聞いて始めは困惑していた。ただ今までの俺の態度がこの言葉は本心であると証明しているのに気づき、落ち込んだ表情を見せる。現に未だに俺は彼女に敬語を使用しどこかよそよそしく接しているのだから。


 でも、少し言い過ぎたな。これだと彼女を嫌っているともとられかねない。ちょっとフォローもしておくか。


「メアリスさん、先ほども言いましたが別に君を嫌っているからじゃありません。君が欠点を持っているからでもない。完全に私の都合です。

 私は、ある時からあの人・・・しか見えていません。全ての興味、関心は彼女に独占されているようなものなんです。メアリスさんは私に負けたのではなく、私の心をつかんでいる彼女に負けた。そう捉えてもらって結構です。

 君に対して私が無関心な理由は、はるか上にいる彼女の隣に立つためには全力を注ぐ必要があり心の余裕がないためです。いじめを止める活動をしているのも、決して善良な心を持っているからじゃない。生徒会に入るため、良い評判を作りたかったからにすぎません。

 だから、君は私を評価する必要はないし、自身を卑下する必要もないと思います」


 あの人、とか彼女とか、メアリスからしたら何のことか分からないだろう。

 実際、メアリスはポカンとした表情をした後に、面白そうに笑った。


「あなたは噂通りの人なのね」


 噂、と聞いて俺は反応する。


「噂って?」

「正直なのに回りくどくて、高慢なのに謙虚で、賢いのにバカみたいな事をする人」


 バカって思われてるのか、俺。一応首席なんだが?


「それは……悪い噂ですか?」

「ううん。要は優等生・・・ってこと。

 あなたなら生徒会に入れると思う」


 彼女の答え方も回りくどい。なら始めからそういえばいいのに。

 でも優等生か。良い噂としてしっかり俺の名前も広まっているようだ。


「私なんかじゃあなたのお眼鏡にかなわないってのは分かった。私はレインさんの所に行く。もしかしたらまた奴らがやってくるかもしれないし」

「そうですね。女子寮なので可能性は低いですが、無いとは言い切れません。ケインの方は保健室なので、先生が一人ついていますし襲われることはないでしょう」


 そう言って俺は彼女から顔をそらし扉の方へ向かう。ただ、彼女から完全に顔をそらすより繕っていた表情が先に緩み、本心が顔に出てしまった。

 教室を出る間際、彼女の独り言が聞こえた。


「怒ってるならそう言えばいいのに」


 見られてしまったか。

 俺の本心は怒り。しかしそれは『人剣連合』に対するものじゃない。

 己自身への怒りだ。


 俺は早足で廊下を歩いていく。目指すは学園外。校舎から少し離れた場所にある進入禁止地域の森林。そしてその中にある『人剣連合』本部だ。


 さてと計画通り潰しますか、『人剣連合』。

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