生徒会


「なー。みんなはどっちが勝つと思う?」


 生徒会執行室にて事務作業をしていると、ザネがいつものように雑談を始める。他の皆が黙々と仕事をする中、一人だけ新聞を読んでいるにも関わずにだ。


「仕事しろ」


 と副会長であるべリエルが言うが、ザネは気にした様子もなく話を続けるようだった。


「でも気になるやん。大注目の期待の新星、アイン君があの屑と戦うんやで。うちはアイン君に勝ってほしいなー。というかあいつに負けてほしくない」

「しかし、一年生であるぞ。対するアブファイル・ハイター侯爵子息は実力者でもある。勝てる道理は見受けられないが」


 と語るのは会計であるイーデル・マスケルト侯爵子息。彼は生徒会メンバーの中で、最も強さを重んじている人物だ。ザネからは戦闘バカと罵られているけれど、会計の仕事はきっちりとこなしており彼女以上に重宝している。戦闘バカであることは否定しないが。


「でもデントと『人剣連合』をぶっ潰してるんやで。潜在力と爆発力はかなりあると思うんやけどなぁ」

「しかし、雑魚をいくら倒しても強者に勝てる道理にはならないな」

「アブファイル・ハイター侯爵子息は護神流剣術。かなり堅実な戦い方になるはずである。油断していたとしてもどれだけ隙があるか……」

「だから、まずあてれたとしても魔力量的にかすり傷さえつかないだろ」

「奥義ならどうなん?アイン君ならまだ隠し玉もっててもおかしくないで」


 初めに注意をしていたべリエルも雑談に加わり盛り上がっている。

 皆の手が止まっていたので、私はパンと手を叩き注目を集めた。


「手が止まってるわよ。それとザネは言葉つかいには気をつけなさい。普段から屑とか言ってると本人の前でも口を滑らすわよ」

「別にええけどな。開き直って悪評ばらまいたるわ」

「もう十分ばらまいてるでしょう」


 ため息をつきながら仕事に戻ろうとするとザネがさらに聞いてくる。


「それならさ、ユリちゃんはどう思うん?アイン君とアブファイル・ハイターどっちが勝つと思う?」


 答えないでおこうと思ったが、皆の視線がじっと自分に集まる。

 答えないと皆の仕事は進まないなと観念し意見を述べることにした。


「アイン・タレント伯爵子息よ」


 おお!と周りがざわつく。その中で疑念に思うのは意外にもべリエルだった。


「ユリ様、異議を申し立てるわけではございませんが、そのように考えられた理由をお聞かせください。合理的に考えて彼の勝算は限りなく低いと思われるのですが」

「勘よ」

「勘……ですか……」

「ユリちゃんの勘は当たるからなぁ」


 べリエルは思った回答じゃなかったからか微妙な顔をする。しかしそう言うしかない。


「……もっと正確に言えば、私はザネの意見に近いわ。まだ何か隠し玉を持っているってね。彼はかなり計算高い一面がある。そんな彼が無計画にアブファイル・ハイター侯爵子息に勝てるなんて言うとは思えないわ」

「ならばその隠し玉とは何だと思われますか?」

「そこまでは分からないわね。とにかく魔力量の差を埋めるような秘策があるとは思うのだけれど……順当にいけば強力な魔剣か奥義、その両方を所持しているとかかしら?

 何も分からないけれど本当に勝ってしまうんじゃないかって思うの。信頼……というにはまだ彼について知らないことが多いから……勘よ」


 それに彼はこの前、私にすら勝利するのが可能であるかのように言っていた。

 私に勝つなんてこの生徒会メンバーでも不可能というだろう。


「むしろザネの方が何か知らないの?あなたのことだから情報は仕入れているんでしょう?」

「もちアイン君の動きは逐一チェックしてるで。気になるん?」


 ザネがにやつきながら聞いてくる。彼との関係をからかおうとしているのだろう。私は余裕をもって答える。


「当然よ。正直、彼は勝敗関係なく生徒会に入ることはほぼ確実。さらに、勝敗によっては計画も大きく変わってくる」


 計画という言葉に反応し3人の顔つきが変わる。雑談の雰囲気から真剣なものとなった。

 それもそのはずだ。私たちは生徒会の活動など二の次に過ぎない。何よりも優先されるのは計画。


 私たちは1年前、大いなる目的のために協力関係となったのだから。


「へぇー。ちなみにどう変わってくるん?」

「その前に彼の動向を教えていただけるかしら?交換条件よ」

「かーっ!商売上手やねぇ。と言っても大した情報はないで」


 ザネはアイン・タレントが情報を聞きに来たことを話す。

 アブファイル・ハイター侯爵子息の情報や生徒会メンバーの情報もそれとなく教えたことを話したようだ。


「それと最後に『魔女』を紹介したわ」


 『魔女』。通常では売られていないような品物を高額な値段で販売する生徒のことだ。法律的にもグレーやアウトな商品を売っていると聞いている。


「『魔女』か。『万屋』の方じゃなくて?」

「彼の話し方的に『万屋』の方も知っとったぽいけど、あえて『魔女』を指名しとった。うち的にはどうやって入学前から彼女の情報を知ったかがきになるなぁ」

「それで何を買ったんだ?」

「そこまでは調べてないわ。ウィっちゃんからうち嫌われとるらしくて、めっちゃ対策されてんねん」

「安心しろ。お前を好きな奴の方がまれだ」

「はー?!そんなん言うたらべリエルだって―――」


 ザネとべリエルが言い合いをする横で私は考える。


 『魔女』に頼ったということは、彼は何かしらの道具を使うということだろうか。

 と言っても魔剣のような強力な品物は彼女は取り扱っていないはず……。


 暗殺なら『魔女』に頼るのも分かるけど、彼はそんなことはしないだろう。

 順当に行くなら決闘で決着をつけるはずだ。


 私は言い合っている二人にかぶせるように言う。


「ザネは彼が何を買ったか調べておいて。勿論、見合った報酬を払うわ」

「了解。やけど計画については今喋ってもらうで」

「当然よ。と言っても今から話すことは、彼がアブファイル・ハイター侯爵子息に勝った場合の話。つまり客観的に分析すると1%にも満たない可能性の話よ」


 私は彼らに計画を話し始める。




 翌朝、私が生徒会室にいると一人の訪問者が現れる。


「数日ぶりね。どうしたのかしら」


 その人物はアイン・タレント。第四特殊応接室以来の再会だった。


「今日は会長にお願いがあってきました」


 意外だ。私としては今回の一連の件が終わるまで彼は会いに来ないと思っていた。


「かけて聞きましょう」


 私は彼を手前にある椅子型のソファに座るように言う。その後、ティーポットからカップに紅茶を入れて机の上に置いた。


「今朝、ベリエル・・・・・・っていっても分からないわね。私の執事が入れてくれたの。美味しいわよ」


 自身のカップも机に置き私は彼の正面の席に座る。


「興味があるわね。今の君が私にどんなお願いをするのか」


 もし彼がつまらない男ならば、アブファイル・ハイターとの戦いをなかったことにしてほしい、勝利条件を緩くしてほしいなどの嘆願をするのだろう。しかし、彼は絶対にそのようなことは言わないと確信している。私にすら勝つ気でいる彼が、アブファイル・ハイターごときを恐れるはずがない。

 だからといって彼が何をお願いするかは見当がつかなかった。


 面白い。


 私がカップを手にし一口飲もうとしたそのとき、彼は口を開いた。


「私と付き合ってください」


 時が止まった。

 いや、止まったのは今にも紅茶を飲もうとしていた私の体だけだ。それに体は止まっているけれど、心は大きく揺れ動いている。急な告白に心臓はうるさいほど動いているし、顔が熱くなっていくのを感じていた。


 お、おちつくのよ、私。彼の予想外な発言は今に始まったことじゃない。

 というよりも合理的に考えて、彼が今告白をする理由がない。いや、彼は理由もなく告白をするような人物だと言われたら否定はできないけれど、なんでもかんでも恋愛につなげるのは間違っている。


 私は一度カップを皿にのせ心を落ち着かせる。

 よし!彼に対していつまでも後手に回るわけにはいかない。すでにザネからは恋愛ポンコツ生徒会長だと思われている節がある。

 ここで大人の対応をすることで名誉を挽回しなければ。


「……君はたまに言葉が足りないように思えるわ。何に付き合えばいいの?」


 彼は付き合ってほしいといった。付き合うとは別に交際関係だけではなく、援助する際にも使用される言葉だ。常識的に考えて、後者の意味で彼が使っていると考えるべきだ。

 私は再びカップを持ち紅茶を口に入れる。。


「ああ、すみません。1週間後、私と一緒に隣国の旅館へ行くのに付き合ってほしいです」

「―――げほっ」


 盛大にむせた。


「だ、大丈夫ですか?!」

「げほっ、だ、大丈夫よ。ちょっと気管にはいっただけ・・・・・・。話を続けて・・・・・・」


 は?

 りょ、旅館?早めの新婚旅行とでも言いたいの?

 お、おちつくのよ、私。おそらく学園の行事の一環として、そう!修学旅行よ。修学旅行の行き先の相談を彼はしに来たのよ。きっと。


「できれば内密で行きたいです」


 は?

 いや、まだ生徒会で行く可能性があるわ。懇親会!そう、生徒会に入ったときに懇親会を企画していて――


「会長と自分の二人で行きたいので、生徒会の他の方々にすこし迷惑をかけてしまうのですが・・・・・・どうでしょう?」


 わざと言ってる?

 え、私をからかうためにわざと言ってるの?

 もしかしなくても彼の方がよっぽど恋愛脳なのでは?


「……も、目的を聞こうかしら」


 私は震えた声で話を続けた。まだ、分からない。私の頭脳を持ってしても推測することができない高尚な理由があるかもしれない。

 咳は落ち着いたけれど、心を落ち着かせるためゆっくりと深呼吸をする。


「えっと……非常に言い方が難しいのですが……」


 すると、彼の方もすこし落ち着きがない様子だ。これだけの爆弾発言をしておいて、今更怖じけつく必要あるのかしら。


「今更よ。失言をしても聞き流してあげるから」

「ありがとうございます。簡潔に言うと――」


 驚きすぎて冷静になってきた私は再びカップを手に取った。念のため口にするのは彼の言葉を聞いてからにしましょう。


「――会長には私の恋人になっていただきたいです」


 

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