第22話 杖匠ルーダ


 杖は、魔術師にとって欠くべかざる物だ。私の認識では、『必要』よりも『必然』の方が近い。

 体内にある魔力と世界にある魔力を媒介し、魔術を発動させる焦点となる。ゆえにこそ魔術の象徴となり、杖払いが無礼に当たるわけだ。

 一方で、杖を扱う感覚は個々人で異なる。

 私の感覚だと、短杖ワンドは指、片手杖ロッドは手、大杖スタッフは腕、という感じ。アイリーネ様はそれぞれ彫刻刀、火ばさみ、金槌と言っていた。どれが正解というわけではなく、それだけ杖は魔術師にとって身近な存在ということだ。

 だから、その辺の枝を拾って杖とするわけにはいかない。


「失礼します」


 ディンギル寄宿舎学校がある街には、大小合わせて六軒の杖工房がある。スリーグ家が前々から懇意にしている店を訪れ、丁寧に声を掛けて扉をくぐった。

 狭い店内に、所狭しと積まれた木箱、木材、動物の素材に宝石類。申し訳程度に片付けられたカウンターで木を削っていた老婆が視線をあげ、不機嫌そうに睨んできた。

 怯むな、私。ルーダ婆さんはいつも不機嫌そうに見えるだけだ。


「スリーグの娘か」

「はい。新しい杖を仕立てて頂きたくて」


 ルーダ婆さんには、祖母が少女だった頃からお世話になっている。曰く、『私の初めての杖を仕立ててもらった頃から意地悪婆さんだったよ』。白髪を伸ばしっぱなしにして、皺だらけでも若い頃の……それが何百年前かはわからないが……美しさを想像させる彫の深い顔立ちに、剣呑な輝きの赤い瞳が収まっている。絵本に出てくる魔女にそっくりだ。

 杖匠としての技術もまた、魔女の如くだ。


「前の杖はどうした」

「……決闘で折れてしまって」

「見せな」


 躊躇う。半分に折れた杖は持参してきていたが、見られたくないと咄嗟に思ってしまった。


「あ、あの……恥ずかしいので、ええと」

「いいから見せな。杖が欲しいんならね」


 当然ながら、にべもない。使っていた杖を見るのは職人としては当然の仕事で、本来なら躊躇う理由はない。

 おずおずと、懐から布包みを取り出す。断ち割られた杖を見せると、ルーダ婆さんの瞳が軽く見開かれた。

 だが、何も言わずに頷く。


「ふん……どんな杖が欲しいんだ」

「短杖で……複製顕現に強いものがいいのですが」


 使っていた杖は火の魔術と相性が良いものだったが、最近は耐火煉瓦をはじめ色々な魔術を撃つようになってきている。


『汎用性があって、複製顕現しやすい杖の方が良いかも。フォニカは鋳造が得意だから』


 療養中に杖の話になった時、アイリーネ様がそう言っていたのだ。その時は、もちろん、杖が折れるとは思っていなかったが。

 ルーダ婆さんが睨みつけてくる。多くの杖と魔術師を見てきたであろう赤い瞳は、私の思考まで読んでいるように思えて恐ろしい。


「使いたい魔術はあるのかい」

「……え?」

「特に使いたい魔術があるか、と聞いた」


 思わぬ質問に喉が詰まる。使いたい魔術。使えるようになりたい魔術。どうだろう。最近一番使っている魔術は耐火煉瓦だが、使いたいかと言われると難しい。杖を選ぶ参考になるなら、強い魔術を答えておいた方がいいのだろうか。

 強い魔術。

 脳裏に浮かぶ、アイリーネ様の鋼と炎。

 びくりと身が竦んだ。


「……やれんね」

「ぅ、え?」

「そんな有様じゃ、杖はやれん。帰りな」


 ルーダ婆さんはそう言うと、折れた杖を丁寧に布に包み直して店の奥に引っ込んでしまう。


こいつはこのままじゃあ可哀想だから、少し預かるよ」


 一方的な宣告と拒絶。私はしばしカウンターの前に立ち尽くして呆然とするしかなかった。

 何がルーダ婆さんの怒りに触れたかわからない。あるいは呆れか、憐れみか。

 必然である杖を失ったままで、どうすればいいのかわからないまま、ふらふらと店を出た。


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