第3話 決闘のお誘い
昼下がりの講堂。午後の心地よい日差しが差し込む中で、クラスメイトのご令嬢がアイリーネ様の行く手を遮った。
頬を紅潮させ、瞳は潤んでいる。緊張に少し上擦った声でご令嬢は告げた。
「アイリーネ様! どうか私と……決闘してください!」
「ごめんなさい。お気持ちは嬉しいのだけれど」
私はアイリーネ様の一歩後ろに控え、本日だけで四度目のやりとりを見つめる。
アイリーネ様は名門イオカヴ家の一人娘。決闘の実力は学校中に知れ渡っている。決闘に勝てば一生誇れるだろうし、勝てずとも記念に杖を交わしたいと思う同級生は多い。
もちろん、決闘はそう気軽な行いではない。結果として、アイリーネ様は一日平均五回ほど、こうして決闘をお断りすることになっていた。
「無理を言って申し訳ありません……」
「いいえ、こちらこそ。『運命戦』で縁があることを祈っていますわ」
うなだれつつも素直にご令嬢が離れる。アイリーネ様は軽く、私は深く礼をして見送り、近くの席についた。
「残念ね。私もできるだけ多くの方と決闘したいのだけれど」
「『運命戦』の準備もありますし、勝って当然の決闘をなさらないのは仕方ないかと」
ごー……ん。間延びした鐘の音が鳴り、午後の講義の始まりを告げた。
すり鉢状の講堂の底、ドロテ先生が教卓に立つ。六十絡みの老女だが、背筋はしっかりと伸びている。真っ直ぐ長い白髪と、しわの刻まれた表情が、凛と立つ冬の大樹を連想させる。
「ごきげんよう、皆さん」
『ごきげんよう』
「ご存知の通り、四年次の皆さんへの講義はこれが最後になります。後は決闘を通して自らの魔力と魔術を磨き上げ、立派な魔術師として卒業できるよう、励んでください」
ドロテ先生は講堂を見回して、微笑みもせずに告げる。
「最後の講義ではもう一度、決闘の何たるかを話しておくことにしましょう」
――魔力を振るう者は、かつて道を拓く者だった。
やがて人を束ね、王や貴族と呼ばれるようになった。
魔術を以て人々を導き、束ね、守る。それが貴族の務めであるからには、魔術の強さこそが貴族の正義だ。
ドロテ先生の乾いた声が、決闘の歴史を振り返る。自身も魔術師として、そして決闘士として活躍した先生の話には、言い知れない迫力を感じる。
「傷つけられた名誉に対する裁判としての決闘は、法が敷かれるにつれ姿を消しました。一方で、魔術の研鑽としての勝負に『魔術上手』の栄誉が懸かることが多くなり、現代ではこれを決闘と呼んでいるわけです」
必ずしも命懸けではなく、だが魔術師にとっては最も重要な、名誉を賭けた戦い。
貴族の序列などにはあまり興味のない私にとってすら、先生の言葉は重かった。
「私たちは貴族などと嘯いていても、魔術の良し悪しも、魔力の多寡も、正確には測れぬ愚か者です。だからこそ決闘を通して定めるのです――勝敗を」
隣でアイリーネ様が頷く。視線を向けると、愉快さを抑えきれないという様子で控えめな笑みをこぼしていた。
「測れないから面白いのよ」
その呟きが聞こえたかどうか。普段は居眠りや私語を許さないドロテ先生は、何も言わず講堂を見回して講義を締めくくった。
「講義はこれで最後ですが、魔術の相談があれば来るように。良い決闘を――願わくば、貴女がたが賭けるに足るものが見つかることを祈っています」
ドロテ先生が講堂を出ていく。
私たちも外へ、と思ったところで先ほどとは別の令嬢が声をかけてきた。スリーグ家よりは格上で、イオカヴ家には遠く及ばない家柄だ。
先ほどのドロテ先生の言葉に感じるところがあったのだろう。力が入った様子だ。
「アイリーネ様。どうか、私と決闘をしてくださいませんか」
「……そう、ですね」
アイリーネ様もその熱に当てられたか、少し考える素振りを見せる。とはいえ、全ての挑戦を受けるほどの時間や余裕はないだろう。
ふと、アイリーネ様が振り向いた。視線が合う。首をかしげて見せると、何やら得心したように彼女は頷いた。
「わかったわ」
「で、では!」
再び令嬢に向き直ったアイリーネ様は、微笑んで……私を手で示した。
「フォニカと決闘して勝った
数秒の沈黙。
意味を理解した私には、叫ぶことくらいしかできなかった。
「な、何でですか……!?」
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