第10話 ガールズトーク
アイリーネ様の予言は正しかった。
翌日、痛む体を引きずって登校し、アイリーネ様と共に図書室で勉強していたのだが……なんとなく視線を感じる。それでいて視線を巡らせると誰とも目が合わない。
私に勝てばアイリーネ様への挑戦権を得られる、という約束がされてからひっきりなしに訪れていた決闘の申し込みも、今日は一件もなかった。
「……」
「どうしたの、フォニカ。きょろきょろして」
「いえ、落ち着かなくて……」
アイリーネ様のような強者はこういう視線を浴びているのか、と、他人事のように思う。私のこれはベナに勝ったことによる一時的なものだろうから、波が過ぎ去るのを待つ他ないだろう。
そんなことを考えていたから、呼び寄せてしまったのだろうか。
「おっ。ネジ女」
「……図書室ではお静かに、熊女」
ベナが声をかけてきた。ぼろぼろの布まみれな私と違い、ほとんど傷もない元気そうな姿で、憎たらしい笑みを浮かべている。
「騒いではねえだろ。そっちのは……」
「イオカヴ家の三女アイリーネと申します。よろしくお願いいたします」
「ベナだ。狼でも熊でも好きに呼べよ」
「ちょっと。アイリーネ様に対してその態度は何?」
「礼節なんざ教わってないんでね。誰が相手でも態度はこうだよ」
「他の貴族のことなど知りませんが、アイリーネ様には礼を尽くしなさい」
「フォニカ、私は大丈夫だから。ベナさん、仲良くしてくださいませね」
「だってよ。アンタも強そうだし、大いに仲良くしたいところだな」
「……アイリーネ様の寛大な心に感謝しなさい」
「へいへい」
アイリーネ様の隣に、どさっと行儀悪く椅子に腰を下ろすベナ。短いスカート、脚をはしたなく開いた姿勢、着崩した制服、恐れ多くもアイリーネ様の隣に座ることも含めて、あらゆる点を指摘したいのをぐっと堪える。図書室では静かに。
「寛大ついでによ、アイリーネ。あたしと一戦、
「お誘い光栄です。けれどごめんなさい、フォニカと勝った人と、と決めているの」
「ちッ、それじゃあ仕方ねえか」
ふふん。
「ま……アンタには勝てねえだろうから、今日のところは我慢しとくよ」
「あら。相手の強さを測る知性があったとは」
「当たり前だろ。獣だって襲う相手は選ぶっつーの。強さより、相性の問題だけどな」
「杖を交わしてみなければわからないこともありますよ?」
「くッ、くく。強ぇやつの言い様だな。決闘は……」
ベナの瞳が私を見る。思わず身構えてしまうが、嫌な気分はしない視線だった。
「決闘は公平だ。魔術が強ければ、金持ちも家柄も、気持ちも理念も関係ない。家柄がいい方が強くなりやすいのは、この際仕方ねえとしてもな」
「……何が言いたいの」
「アンタのことが気に入った、ってことだよ。フォニカ」
「熊に懐かれたところで嬉しくありません」
「そういうクソみたいな性格も含めてな」
「ベナさん? フォニカは照れてるだけですわ。むしろ可愛らしいと言ってくださらない?」
「あ、アイリーネ様!?」
「今のはあたしでも可哀想だと思う」
「哀れまないで! ……ベナさん」
「ベナでいいよ。じゃーな」
来た時と同じように唐突に、ベナは立ち上がって書架の奥に消えていく。ぶっきらぼうなその言葉が別れの挨拶だったと理解した時には、もう見えなくなっていた。
なんだかどっと疲れた。注がれる視線を気にする元気もない。
「……全くもう。申し訳ありません、私の……その……友人ではないですが……失礼を働いて」
「失礼なんて。楽しい方ね」
「無礼なだけです」
「……ふふ」
「アイリーネ様?」
「貴女がそこまで悪く言うの、珍しいから。少し羨ましいわ」
「……???」
アイリーネ様は時々不思議なことを言うが、今回のこれはとびきりだ。高貴な血筋には、我々弱小貴族にはわからない部分もあるのだろう。
邪魔が入って中断された勉強を再開する。その日は、私にもアイリーネ様にも、決闘の申し込みはなかった。
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