第9話 感想戦②
ベナとの決闘で負った傷は、肋骨の骨折と、全身の打撲、擦り傷は数えきれないほど。私が最終的に勝てたのは、彼女が私を殺さなかったからだ。
手加減してもらって勝った、とも言える。もしベナの魔術制御が完璧なら……殺さずに取り押さえる技術があれば……初手で潜り込まれた時点で負けていた。
そんな反省を口にすると、アイリーネ様は苦く微笑んだ。
「真面目ね、フォニカ。立会人が勝利を告げた方が、勝ち、なのよ?」
「わかってはいますが、少し……悔しくて。い゛っ……痛い痛い痛いですアイリーネ様!」
「我慢なさい。イオカヴ家に伝わる傷薬ですよ。火傷にも切り傷にも効くの……ちょっと沁みるけれど」
「ちょっとじゃなく沁みま……あう゛うぅ!」
夜の私室である。
医務室で手当は受けたものの、傷をすっかり治してしまうほどの治癒魔術は学生には使われない。今の私は包帯と湿布だらけの布人間である。
「うう……アイリーネ様に手間をかけさせてしまって申し訳ありません。侍女失格です……」
「何を言っているの、もう。あんなに頑張ったのだから、労わせて頂戴」
イオカヴ家に伝わるという軟膏を塗ってもらい、包帯は自分で巻き直す。傷はじわりと痛みと熱を伝えてくる……今夜は少し熱が出そうだ。
ゆっくりと身体を起こし、ベッドの端に座る。ふう、と吐息をつく。顔の熱さは、傷とは関係のない羞恥心からきていた。
「格好良かったわ」
「……ありがとうございます」
「ベナさんは強かった? すごく早く見えたけど、実際にはどう? 最後の鋼板に拘束するアイディアはあの場で考えたの?」
「ま、待ってください」
アイリーネ様が隣に座り、ぐいぐいと身を乗り出して問うてくる。正直なところ、無我夢中で覚えていない点も多かったが、ひとつひとつ答えていく。アイリーネ様は私のたどたどしい答えにもいちいち頷いて、微笑んだり、眉を顰めたりする。
可愛い。
もとい。
「……本当に強かったです」
「まあ。私も戦ってみたかったわ。運命戦で当たらないかしら……」
「貴女の方が絶対に強いです。あの熊女がアイリーネ様の前で無礼を働くようなこと、防げて安心しました」
「もう……過保護なんだから。ふふ、でもありがとう」
アイリーネ様は愉快そうにころころと笑うと、ちょっと意地悪く目を細めた。
「私のために戦ってくれたのね」
「う……」
何一つ間違っていないのだが、改めて言葉にされると恥ずかしい。視線を床へと逸らして……こくりと頷いた。
アイリーネ様から遠ざけられたということの他に、もうひとつ。『負けたくない』と感じた戦いに勝ったことが、正直に言えば嬉しかった、というのは秘密だ。
「そそそ、それにしても、シーズンも進んできましたけどやっぱりアイリーネ様がトップですね!」
「どうかしら。まだ本気を出していない方も多いもの」
決闘シーズンは今、三分の一が過ぎた頃だ。
アイリーネ様は当然のように全勝。格を決めるのは単純な勝ち星の数だけではなく、決闘した相手の強さなども関わってくる。
手の内を見せ合った後、シーズン終盤のトップ争いこそが本番……強い令嬢ほど、そう考える。
「水の魔術、べヴェル家の薔薇姫。ツチェン家の霊符術。宝石魔術のミナセタ家。ベナさんの変身魔術もとてもユニークだし。ふふ、楽しみだわ」
「どなたも恐ろしいですよ……」
トップクラスの魔術師は、私など指先も届かない強者ばかり。ベナに勝てたのは奇跡のようなものだった。
だというのに、アイリーネ様は本当に楽しそうに可憐な微笑みを浮かべて、私の手を握るのだ。
「一緒に頑張りましょう、フォニカ。きっとこれからは貴女も注目されるわ」
「…………はい。ええ、頑張りますとも。私は貴女の……騎士、だそうですし」
「ふふふ、頼もしい」
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