第11話 杖払い①

 シーズンも中盤戦に突入し、決闘の動きはより慎重になってきていた。互いの実力が見え始め、一つ一つの勝敗が重くなっている。

 トップが取れなければ意味がない、という類の催しではない。中位は中位の中でどれだけ格を上げられるか。下位は下位の中でどれだけ勝ちを得られるか。歴史的な因縁がある家同士のどちらが相手を下すか。そういった諸々と、磨き上げた魔術を恃む誇りとを杖に載せて決闘をしたりしなかったりする。

 いわば、決闘シーズンは魔術師としての社交なのだ。


「うーん……」


 その日はアイリーネ様がドロテ先生との面談だったので、私は一人で講堂の隅に座っていた。講義はないが、面談や特別授業が時折あるのは、学校側も決闘をより良く行わせたいのだろう。

 ノートに書き込んでいるのは、新しい術式のアイディアだ。

 ベナに対して使った拘束の術式は我ながら良い思いつきだったが、あれが有効だったのはベナが肉体に依る魔術しか使えないからだ。杖を握っている限り、魔術師の戦闘力は奪えない。


「杖……」


 懐から短杖ワンドを取り出して眺める。老樹の枝を鉄で補強した、細身の短杖。無銘だが歴史はあるもので、祖母が学生時代に使っていたらしい。不満はないのだが、最新の杖と比べると力不足は否めない。

 ベナと戦ってから、決闘を楽しいと思う瞬間も少しだけ増えた。無銘の杖ではなく、新たに仕立てるべきだろうか。とはいえ名のある杖匠の杖は高いし。母のお下がりは片手杖ロッドばかりで扱い辛いし。うーん。


「あらぁ? 今日はご主人様はいないのね」


 斜め後ろから、なんとも嫌味な声をかけられた。

 思わず、げ、と淑女にふさわしくない声が漏れそうになる。なんとか堪えて立ち上がり、制服のスカートの裾を摘んで頭を下げる。

 無礼を働くわけにはいかない相手だった。


「ご機嫌よう、クレア・ミナセタ様」

「ええ、ごきげんよう。イオカヴ家の侍女さん」

「お答えいたしますと、アイリーネ様はドロテ先生との面談中です」

「それで貧相な杖を握りしめて震えていたというわけねぇ」


 この、一言一言神経を逆撫でしてくる女は――もとい大変礼儀正しいご令嬢は、ミナセタ家の一人娘、クレア様。ミナセタ家の『冠の如き』白銀の髪と、強気そうな顔立ちに収まる碧眼が美しい。

 ミナセタ家は王家との婚姻も複数ある大貴族であり、財力で言えばイオカヴ家すら凌ぐほどだ。

 ちなみに、ミナセタ家とイオカヴ家は『山』や『石』を巡って権勢争いをする関係であり、伝統的に仲が悪い。それはもう仲が悪い。今代も同じで、クレア様は何かにつけてアイリーネ様に突っかかってきていた。アイリーネ様の方は微笑んで受け流しているから、その辺も格の違いというものだろう。

 剣呑な空気を感じてか、講堂で勉強していた者たちがさりげなく距離を取り……だが聞き耳を立てている気配。


「そういえば、貴女のあれはまだ続いているのかしらぁ?」

「あれ、とは……?」

「アイリーネが言っていた、あれ。貴女に勝った相手と決闘するという話。ふふ、イオカヴ家ともなると随分お高く止まっちゃうのね」


 どっちがですか、と出かかった声を飲み込む。クレア様の取り巻きのご令嬢がくすくすと笑って同意を示すが、クレア様もシーズンが始まってから数戦しかしていないはずだ。


「続いております」

「そう。貴女も大変ねぇ、振り回されて」

「お気遣い、ありがとうございます」

「でも私が決闘を申し込むなら、アイリーネも断らないでしょうね?」


 む……。アイリーネ様に決闘を挑むつもりか。

 シーズン後の最終順位で下回ったならともかく、直接に決闘すれば格の違いがはっきりと衆目に晒されることになる。誰に負けてもアイリーネ様にだけは負けたくないであろうクレア様が決闘を申し込むということは、必勝の確信があるということか。


「……私には、なんとも答えかねます。アイリーネ様がご判断されることですから」

「失礼。家名も知られていない弱小貴族の娘には難しすぎたかしら、ごめんなさいね」


 取り巻きたちの、抑えたふりでしっかり私にだけは届く嘲笑の声。本当に性格が悪い。私としては、余計なことを言わないよう唇を引き結んで顔を伏せるしかない。仕舞うタイミングを見失った杖を握る手に、力が入った。

 私の粗相で、イオカヴ家に、アイリーネ様に迷惑をかけるわけにはいかない。


「そうそう、先日の決闘は見事だったわ、侍女さん」

「あ……ありがとう、ございます?」


 顔を上げる。戸惑いと共に、最大限の警戒。


「平民の狼と、ドタバタと楽しそうに戯れていたわね」


 耐えろ、私。なんとか強張った愛想笑いを返す。


「まるで獣の芸のよう。あんな面白い決闘は初めて見たもの」


 耐えろ。

 ベナも、私も、本気で杖を交わした。私の未熟を責められることは仕方ないとしても、決闘自体を嘲笑うのは大変な侮辱だ。それでも耐えなければならない。


「あら、何かしらその眼は。まさか?」

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