第16話 宝石魔術①


 第四校庭。

 立会人であるカジナ先生……四十絡みの体格のいい女傑だ……が、私とクレア様を見て頷く。校庭の周囲は観戦しにきた生徒で埋まっていた。私だって、クレア様の決闘となれば観戦に来ただろう――あるいは、哀れな下級貴族の公開処刑を。


「この決闘は、双方の合意に基づき、以下の条件のもと行われる。フォニカ・スリーグが勝利した場合、クレア・ミナセタは無礼を謝罪し、発言を取り下げよ。クレア・ミナセタが勝利した場合、フォニカ・スリーグは無礼を謝罪し、ディンギル寄宿舎学校を退校せよ。双方、相違ないか」


 カジナ先生の低い声が、この決闘に賭けられた条件を示す。

 負ければ退学。その事実が明言され、杖に重くのしかかる。


「相違ありません」

「結構ですわ」

「よろしい。――では、宣誓を」


 杖を握り締めて、一度深呼吸。声を大きく出そうと息を吸いすぎると逆に声が出なくなるものだ。一度それで大失敗したことを思い出しかけて頭から振り払う。ネガティブなことを考えている余裕はない。


「魔力は青き血に宿る」


 決闘の勝敗は魔力の多寡だけでは決まらない。私がベナに勝ったように。


「恩寵たる魔術を磨くことこそ我が務め」


 決闘の勝敗は魔術の腕前だけでは決まらない。アイリーネ様とクレア様の勝敗が五分であるように。

 では、勝ちと負けとを分けるものは何か?


「鋼の如く精錬した術式の硬きを杖に賭す」


 わからない。わからないけれど、この決闘は決して負けられない。


「魔力は青き血に宿る」


 クレア様の宣誓。黒のシックな決闘装束ドレス。宝石が嵌まった片手杖スタッフを高々と掲げた堂々たる風格は、やはり大貴族。中天の太陽が、彼女だけを照らしているかのようだった。


「恩寵たる魔術を磨くことこそ我が務め」


 とはいえ、その視線は淑女らしくはない。殺意すらこもったような強さで私を睨みつけている。格下の貴族から杖払いを受ける、などという屈辱は、私が思う以上に大貴族の気位を傷つけたらしい。


「切磋し、琢磨した、我が魔術の輝きを杖に賭す」


 才能に溺れる貴族は少なくない。魔術を磨かなくとも、受け継いだ血脈と魔力さえあればそれなりに戦えるし、何より次代にそれを継ぐという仕事は果たせるからだ。

 だが、クレア様は違う。アイリーネ様と同じように、生まれ持った才能を弛まぬ努力で磨き上げてきたに違いない。そう感じさせるだけの強さが、宣誓の声にはあった。


 杖を構える。

 クレア様も杖を掲げる。


「はじめよ!」

「光芒よ、貫け!」

「耐火煉瓦!」


 合図と共に、魔術が重なる。クレア様が突き出した宝石杖〈清明ラ・クラルテ〉の金剛石ダイヤモンドが輝き、その輝きが一条の光の矢となって放たれる。私が顕現した茶色の耐火煉瓦に光が当たり、頑丈なはずの煉瓦を抉った。


「ぐっ……」


 だが、耐えた。煉瓦の八割ほどまで穴が穿たれた感覚を残して光が消え去る。残照が目に焼き付く。

 防げる。

 特訓の通り、光の魔術は耐火煉瓦で何とか防げる。注ぎ込まれる魔力次第ではあるが、防御できないほどではない。そして情報がもう一つ。


(やっぱり、!)


 宝石魔術により蓄えられた魔力は、もちろん術者が引き出して使うわけだが、そこに必ず『宝石から魔力を引き出す』という一工程が入る。繊細な宝石という触媒を用いることもあって、宝石魔術の想起と発動はそこまで速くないだろう、という予測は当たっていた。

 問題は、発動した魔術はすさまじく速いこと。目で追える速さではない。ならばどうするか。魔術を追うのではなく、杖の先に煉瓦をのだ。数少ない情報から、クレア様の魔術は主に真っ直ぐだとわかっている。


「煉瓦ですって? イオカヴ家の細枝らしい、素朴な魔術ですこと」

「お褒めに預かり光栄です。そちらの杖も眩い限りですね」


 細枝――傍系でしかない家系の私ごときに魔術を防がれて、ますます怒りを搔き立てられたらしい。令嬢らしく穏やかにけなし合う。

 そもそも。


(怒っているのは、私の方だ)


 杖払いをしてしまうほどに、アイリーネ様を侮辱された怒りは強い。一週間が経ってもなお、怒りは胸の内にくすぶっていた。

 そのくすぶりを吐き出すように、魔術を放つ。


「火よ、連なれ!」


 複製連続顕現した火の術式が蛇のように連なり、うねって、クレア様へ襲い掛かる。


「光よ、影を断ち分けて照らせ」


 クレア様の、杖を構えていない方の手元で指輪が輝く。人差し指の赤い輝きは大粒の紅玉ルビーだろうか。中指には青く冴えた光を放つ蒼玉サファイア

 眼前に迫る火球へ、赤と青の光をかざしてクレア様が告げる。


「光条よ、切り裂け」


 の光の刃が上下に走り、連なる火球の列を断ち切る。留まらず、こちらにまで切っ先が伸びてきた。咄嗟に耐火煉瓦を五個顕現させて受けるが、三条のうちのひとつが受けきれずに掠めた。数本の髪と、ドレスの肩口が焦げて散る。


「ぐっ……!」

「出し惜しみはしないわ。私に杖払いをしてくれたのだもの。全力で叩き潰してあげること、光栄に思いなさい」


 赤と青の輝きこそ、クレア様の魔力貯蔵庫である宝石か。上級貴族の魔力量が三人分。今の魔術を見る限り、同時に魔術を使えるらしい。

 分かっていたつもりだった。こうして相対してみると、怖いなどという言葉では言い表せない絶望感に、力が抜ける感覚を覚える。


「光芒よ、貫け」

「っ、耐火煉瓦!」

「貧相な土くれで、いつまで耐えられるか見ものね」


 赤と青、そして白の光。襲い来る光の魔術を耐火煉瓦で阻む。阻み切れず、貫かれた。慌てて身を投げ出し、空気が焦げる音を耳元に聞きながら無様に転がった。校庭を二回転して、勢いで身を起こす。

 顔を上げれば、金剛石の輝き。


「光芒よ」

「耐火、煉瓦!」


 酷薄な声。ベナのような遊びはなく、ただ真っ直ぐ、容赦なく叩き込まれる魔術。宝石魔術の魔力量を押し付ける、単純だが圧倒的な戦法。

 これが上級貴族というものか。

 歯噛みしながらも、杖を振り、煉瓦を作り出す。ひとつで貫かれるなら、ふたつ縦に並べる。三か所を同時に狙われるなら壁として積み上げる。

 〈盾と槍〉どころか、盾である煉瓦でしのぐのが精一杯だ。防ぎきれなかった光芒がドレスを貫き、肌を灼く。痛みに漏れそうになる声を噛み潰す。


(抗える)

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