第17話 宝石魔術②
(抗える)
観客は全員、数手のやりとりで私が負けると思っていただろう。私自身ですら、心のどこかでそう思っていた。
だが今は抗えている。ならば人事を尽くすのが決闘の
「煉瓦の――槌!」
〈盾と槍〉戦法では、防御と攻撃の魔術を分けて考える。防御から攻撃へ移るタイムラグが問題だった。想起の切り替えをできるだけ早くするために考えたのが、新たな魔術、煉瓦の槌だ。
名の通り、硬くて重い耐火煉瓦を勢いをつけて飛ばすだけの魔術である。
「っ、貴族の魔術ではないわぁ……!」
あまりの泥臭さに、クレア様が文句をつける。仰る通りである。とはいえ手段を選んではいられない立場だ。
クレア様は光を撃ち出して煉瓦を貫き、そのままこちらを狙ってきた。再び煉瓦を積み上げて壁を作り、そのうちのいくつかを槌として飛ばす。地味だが、当たれば痛い程度の重さと速度はあるから、クレア様に無視はさせない。
「耐火煉瓦っ! はっ、はぁ……!」
「しつこい……!」
光と耐火煉瓦が飛び交う校庭。当然ながら、魔力量も攻撃力も段違いだ。私は必死に攻撃をしのぎながら、散発的に反撃することしかできない。
だがクレア様にとっては、私ごときにしのがれていることすら屈辱なのだろう。赤青白の三重光線が、ますます激しく私を狙う。
「光芒よ、劈開せよ」
「耐火煉瓦!」
クレア様が片手杖を振りかぶり、横なぎに振るう。現れるのは光の大刃だ。校庭を覆うほどの長さの刃が三枚連なって襲いくる。耐火煉瓦を多重に顕現し、壁を作って防ぐ。
光の刃が食い込んでくる。壁が一枚では足りないなら、二枚、三枚と壁を立てて刃を受け止める。三枚目の壁の途中で止まった光の刃が弾けて消え、その時には既にクレア様はこちらへ杖を構え直していた。
「光芒よ、穿て!」
おそらく貫通力を上げた魔術の光線。狙い澄ました一撃。
ここだ。
「――銅鏡!」
金属光沢――『磨けば光る』特性。実用の素材である鋼鉄ではあまり重視されないが、金や銀、真鍮といった装飾品に使われる金属においては重要だ。
混じり物の少ない銅は扱いやすく、光沢を出しやすい。すなわち、よく光を照り返す。
正確に頭部を狙う光芒。一瞬でこちらの頭蓋を貫く魔術を、ギリギリで顕現した丸い銅の鏡が阻む。
光のほとんどを弾き返し、だが与えられた熱と衝撃で銅鏡が割れる。弾き返した光の線はクレア様に触れる直前で消えた。流石にそれで傷を与えられるとは思っていないが、さすがの腕前だ。
「これで、一手」
それでも隙はできた。凌ぎ続けてようやく手にした一手の
銅鏡は思った以上によく光の魔術を受け止めてくれた。それならば、用意したこの魔術も効果があるはず。
想起は一瞬。否、決闘が始まってからずっと脳の片隅で想起し続けていた。そうでなければ、わずかな隙にねじ込むだけの展開速度は得られなかった。
なにしろ、私の魔術の中でもとびきり投射が遅い魔術だから。
「生煉瓦」
土塊が三つ、クレア様に向けて飛ぶ。
「光よ、拒否せよ!」
クレア様は左手を突き出し、赤の輝きが壁となる。一方の片手杖も輝き、既に次の魔術の準備ができていることを示していた。
「弾けろ……!」
「きゃっ!?」
べちゃり。
生の煉瓦……という言葉は奇妙だが、要は粘土と泥と藁の塊だ。私の理解の中では、それは煉瓦を焼く前の存在であるが故の名付けだった。
その泥の塊を弾けさせればどうなるか。勢いがついた泥が、光の壁全体に張り付く。一部は壁をわずかに突き抜けて、クレア様の髪や顔、そして――宝石を汚した。
「っ、貴女はどこまで無礼を働けば気が済むのかしら!?」
「申し訳ありません!」
正直なところ、割と本気で申し訳ないし、その分ちょっと気分がいい。
もちろん気分がいいだけで選んだ魔術ではない。狙いが当たった証拠に、クレア様は使おうとしていた魔術を止め、嫌そうな顔をしながらドレスの裾で杖の宝石を拭っている。
宝石杖の号は〈
また一手、機会を得る。
「鍛造、銅鍍金――鋼の槍!」
二節の詠唱を入れて再現度を高め、魔術を放つ。重い鋼の表面を光沢のある銅で覆った大槍だ。
光を散らし、貫通力で防御を抜く。
重さをものともせず、歴戦の戦士が投げたような速度で槍が飛ぶ。宝石を拭い終えたクレア様が一瞬だけ迷った素振りを見せ、右手の杖ではなく、左手の指輪を突き出す。
「〈青の守り〉」
蒼玉が指輪から外れ、冴えざえとした蒼い輝きを放つ。輝きは鋼の槍を喰い、消滅させ、後に残ったのは……粉々に砕けた宝石だけだった。
「認めるわ、フォニカ・スリーグ。無礼極まりないとはいえ、貴女は全力を注ぐに値する魔術師だと」
宝玉ひとつを犠牲にする魔術。宝石そのものも、そこに注いで溜めた魔力も、かなりのものだっただろう。追い詰めた、ということだ。追い詰めて、仕留め損った、という意味でもある。
勝利を予感する熱と、恐怖の冷たさが同時に忍び寄る。
今、私は強張った顔にどんな表情を浮かべているだろうか。
「光栄というべきでしょうね、クレア・ミナセタ様。受けて立ちましょう」
「ふふ、どこまでも無礼なひと」
クレア様が杖を天へ掲げる。
「宝玉とは輝きの具現なり」
詠唱。それも単語ではなく文章レベル。大魔術が来る。
その前に勝ちを決めるしかない。
「ネジ!」
「輝きとは光の集いと別れなり」
無数のネジの群れを顕現させて飛ばす。速度優先、かわしにくい攻撃だ。クレア様は詠唱を止めず、杖を下ろすこともせず、ただ左手を軽く振った。
指輪から紅玉が外れ、弾ける。先ほどと同じ、宝石をひとつ犠牲にしての防御魔術。今度は赤い輝きが、一瞬では消えずクレア様の体を包むように展開する。
詠唱の隙を守るための魔術か。光のベールは薄く透き通っているが、飛び込んだネジは一瞬で消滅していく。恐ろしい魔力を秘めている。
「鍛造、銅鍍金――鋼の槍!」
「注ぐ光が集いて別れるならば、それ即ち宝玉なり」
光を防ぐ鍍金をして、再び鋼の槍を放つ。
クレア様は自らの防御魔術に絶対の信頼を置いているのか、こちらを見もせず、掲げた杖を見上げている。
いや。
杖を掲げているのではない。杖を見ているのではない。杖と視線を太陽に向けているのだ。
(特に変わった条件はありませんね)
(有利な立会人を選んだりはしなかったのね)
決闘の条件を読んだ時の会話を思い出す。
今、ようやく気がついた。
クレア様は確かに有利を仕込んでいたのだ。立会人ではなく、中天の光が降り注ぐ、決闘の時間に。
「ぐっ……!」
鋼の槍は、赤い光の壁に弾かれた。壁には亀裂が入り、宝石にもヒビが入っているのが見えたが、破るにはもう一度か、二度の魔術が必要になるだろう。
当然、そんな時間は与えられなかった。
「ならば光降り注ぐこの地こそ、無二の宝玉である」
「鋼の――」
「光り、輝け――〈瑚中天〉」
クレア様の詠唱が完成する。
同時に、私も魔術を放つ。
「槍!」
鍍金をしている暇はなかった。精錬も鍛造も甘い、それでも重い鋼の槍を撃ち出す。
撃ち出した瞬間、降り注いだ光線に焼き尽くされた。
「なっ……」
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