第18話 宝石魔術③
周囲が、輝いている。
校庭を覆う透明な魔力。きら、きらと輝く白い光が無数に浮いている。光同士は時折光線でつながり、別れ、明滅し、また光芒を放つ。魔力で覆われた境界は、宝石のカットを彷彿とさせる面を構成していた。
その中心で、今度こそクレア様は私を見据えていた。見下すでもなく、真っ直ぐに。元々色白の顔は今や蒼白で、汗が浮き、魔術の維持に凄まじい集中力を要しているのが伝わってきた。
「光栄に思いなさい。アイリーネとの決闘にとっておくつもりだったのだから」
凄絶な笑みに、一歩下がる。と、その足に激痛が走った。
「ぎっ!?」
引き攣った声を上げて倒れる。背後から光を撃たれたのか。靴が焦げ、足の感覚は痛いを通り越して『熱い』に塗りつぶされる。
無様に転ぶのだけは必死に抑えたが、無意識にバランスを取ろうとした手を光芒が撃つ。
悲鳴を、堪える。転がりながら叫んだ。
「〈
我ながら必死な、ヒステリックな叫び声と共に、周囲に煉瓦が積み上げられる。スリーグ家の秘伝、〈火防りの砦〉。耐火煉瓦の片側に熱、火、衝撃、呪いを防ぐ防御刻印を、もう片側に生命維持と呼吸確保の治癒刻印をそれぞれ刻んで組み上げる、要塞術式だ。本来は暴走した炉を封じるための術式だという。
この術式を授けられた時の、母の言葉が脳裏に蘇る。
『学校で使ってはダメよ。特に、アイリーネ様の前では――』
傍系にも色々あるということだ。思い切り、目の前で使ってしまったが。
「ぅぐっ……!?」
びしりと、鋼が割れるような頭痛が走る。
耐火煉瓦の
美しい輝きの向こうで、クレア様が蒼白な表情に笑みを湛えていた。
「目障りで堅牢な
〈瑚中天〉。
噂すら聞いたことがないこの魔術は、ミナセタ家の秘奥なのか、あるいはクレア様が独自に編み出したのか。
恐らくは、この結界の中は宝石そのものなのだ。クレア様の魔力で満たされ、光を自在に操ることができる。魔力を取り出すタイムラグも、宝石杖の向きも関係ない、クレア様が支配する宝石の中の世界。
「……はは」
崩れ行く〈火防りの砦〉を必死で修復し、新たな耐火煉瓦を積み上げながら、思わず笑いが漏れた。
大魔術と呼ぶに相応しい――莫大な魔力と、繊細な技術あってこその、美しい魔術。下級貴族の娘に向けるにはあまりにも強力で、だからこそ、先ほどのクレア様の言葉が嘘ではないと伝わってくる。
全力だ。なんと凄まじい力だろうか。
(よくやった……方かな……)
私はこれだけの魔術を振るうに足る相手だった、と。魔術師としての私が、いっそ満足すら覚える。それだけ、クレア様の〈瑚中天〉は美しかった。
ついに耐火煉瓦の一角が貫かれ、光が砦の中に入り込む。弱まったとはいえ、制服を貫き、肉を穿つのに十分な威力を保った光芒が、私の肩に当たる。痛みと灼熱感で体が跳ねる。
「ぎぅっ……!」
穿った穴を広げるように、煌めきから放たれる光が集い、太くなり、砦をさらに崩す。ちょうどその穴の方向、美しい煌めきの向こうに、アイリーネ様が見えた。
見えた、と思う。痛みと出血と魔力の消耗で朦朧とする意識が見せた走馬灯かもしれない。
だって、アイリーネ様も私をはっきりと見てくれていたから。観客席から見る〈瑚中天〉の宝石はきっと美しいだろう。その輝きに目を奪われず私を見てくれて……あまつさえ、まるでまだ諦めてはいけないというように真剣な表情を向けてくれているなんて。
(ああ……いやだ)
満足を覚えた――言い換えれば、敗北を受け入れかけていた心に僅かな火が灯るのを感じる。
負ければ、アイリーネ様とはお別れだ。退学となった不名誉な女をそばに置くことを、イオカヴ家は許しはしないだろう。
(それは、いやだ)
絶対に、嫌だ。
でも、もう勝つことは不可能で。
(本当に?)
奇妙に間伸びした時間のなか、胸に宿った火が思考を焦がす。
砦の
けれど、シーズン開始から多くの相手と決闘してきた私には、その表情は――警戒、に見えた。
(何を警戒している?)
脆い防御魔術の砦に篭るしかできない下級貴族の娘の、何を?
私にはもう勝ち目は見えない。だが――
(クレア様には、負けの目が見えている)
発想が裏返る。盤面を逆にして考えろ。
クレア様の魔術のことは、当然、クレア様が一番知っている。負ける可能性があると判断するからこそ、警戒するのだ。
問題は、私がその条件を満たせるか。
「わからない、けど」
諦められない。諦めたくない。
考えろ。思考を止めるな。ここで諦めることは、アイリーネ様のそばにいることを諦めるという意味だ。
全てを出し尽くせ。
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