花咲く火々 ~地味令嬢フォニカ・スリーグの血統と決闘~

橙山 カカオ

第1話 鋼鉄と火の魔術

「宣誓を」


 決闘の開始を告げる立会人の声が、第三校庭に厳かに響いた。

 十五歩離れた先に、アイリーネ様が凛と立っている。赤色も華やかな決闘装束ドレス。流れる黄金のような髪。咲き誇る美貌。意志の漲る黒灰色ブラックスピネルの瞳。

 イオカヴ家重代の大杖スタッフ、〈熔鉄炉フォルナクス〉の威容を両手で支え、真っ直ぐにこちらを見ている。


(ああ――やはり。アイリーネ様は、決闘の場に立つ姿が似合う)


 対する私は、どうだろうか。

 ドレスは母のお下がりの、地味ななめし革の色。短い黒髪、榛色ヘーゼルの瞳。老樹の枝を鉄で補強した銘無しの短杖ワンドを握る手は、緊張で既に汗ばんでいる。


「宣誓を、フォニカ・スリーグ!」

「は、はいっ」


 宣誓は挑む者から行うのが礼法マナー。教師であり立会人であるドロテ先生の声に慌てて我に返り、短杖を握り締めて息を吸う。


「魔力は、青き血に宿る」


 ケイナーク歴1840年の現代において、決闘とは、魔術の業を競う闘いを指す。

 かつてと同じく――あるいはかつて以上に。そこに並べられる賭金チップは、ただ、名誉のみ。


「恩寵たる魔術を究ることこそ我が務め」


 何度も練習した言葉を、自らと相手に誓うものとして、宣言する。


「鋼の如く精錬した術式の硬きを杖に賭す」


 何とか、今日はつっかえずに言い終えることができた。

 『鋼の如く精錬した』という言い回しは、スリーグ家に伝わる宣誓の言葉だ。声を上げて唱えたものの、内心は羞恥に満ちていた。

 恥ずかしさの理由は、決闘の相手にある。


「魔力は青き血に宿る」


 アイリーネ様が声を上げる。私と違って、無駄に力が入っていない涼やかな声。それなのに、第三校庭を取り囲む衆目の隅々まで届いただろうと確信させる張りがあった。


「恩寵たる魔術を究めることこそ我が務め」


 大杖を掲げ、宣誓する。


「鉄を灼き鋼を熔かす術式の熱きを杖に賭す」


 声の余韻が私と、見学の生徒たちを黙らせる。

 宣誓の言葉が似通っているのは……そしてアイリーネ様の方が強そうなのは……偶然ではない。由緒正しき弱小貴族であるスリーグ家は、イオカヴ家の傍系コラテラルなのだ。

 イオカヴ家は〈熾〉の聖者を祖とする鋼鉄と火の魔術を継いでいる。傍系であるスリーグ家も同じく。

 だから、この決闘は当然、こうなる。


「始めよ!」

「――火!」

「……火よ!」


 アイリーネ様の放った火球と、私が放った火球が、二人の間でぶつかって弾ける。砂を巻き上げる熱波はこちらに八、あちらに二。魔力と実力の差を考えれば健闘した方か。


「火よ、連なれ!」


 同じ術の撃ち合いでは絶対に勝てない。短杖を振って空中に文字を描き、『鍵となる言葉』を叫ぶ。火の術式を複製連続顕現。最初より一回り小さな火球が杖先に灯っては放たれる。

 火球は合計六個、そのひとつひとつに、斜め上に舞い上がってからアイリーネ様を狙う軌道を設定する。わずかでも気が逸れれば追撃を――


「焼き払え」


 そんな小さな望みは、一言で断たれた。

 アイリーネ様が大杖〈熔鉄炉フォルナクス〉を横なぎに振るう。一瞬遅れて生じた炎が、私が投じた六つの火球を飲み込んで弾けさせる。その熱が十分離れたはずの私にも届きそうになって一歩下がった。追撃の魔術を放っていたとしても、もろともに焼き払われていただろう。

 あの炎の城壁を破るには。


「っ、鋼の……」


 短杖を振り上げて、振り下ろす。鉄槌を鉄へと叩きつけるイメージ。ただの鉄では足りない。よく鍛えた鋼が必要だ。炎と鉄が作り出す硬い鋼を、知識と魔力で再現する。

 杖先に鋼の槍が現れる。私の細腕では持ち上げるのも難しそうな、重厚長大な黒鉄の槍だ。

 アイリーネ様が微笑んだように見えた。

 槍を放つ。


「槍!」

「〈金床インクス〉」


 涼やかな声と共に、アイリーネ様の前に橙色の輝きが現れた。薄く透けた、人くらいの大きさの燐光の盾だ。

 私のように実際の鋼を顕現させるのは、実のところ、無駄が大きい。魔術で扱うのは鋼鉄そのものではなく、概念だ。必要なのは鋼の属性を持った魔力である――アイリーネ様の金城鉄壁の防御魔術、〈金床〉のように。

 がぎん、と金属同士が撃ち合う音がした。

 私が放った槍は、橙色の光の盾に阻まれて砕けた。〈金床〉の輝きは小揺るぎもしない。鋼の質に、魔術の腕に、差がありすぎるのだ。

 アイリーネ様は少し困ったような苦笑を浮かべて、私に大杖を向けた。


「フォニカ。術式が綻んでいてよ」


 渾身の魔術を放った直後で動けない私に、火球が襲いかかってくる。鉄をも融かす炉の火を人が浴びればどうなるか、火を見るよりも――火を見るように明らかだ。

 咄嗟に目を閉じてしまった瞬間、瞼を貫くほどの明るさと熱を放っていた火は消え去った。


「そこまで。フォニカ・スリーグの戦意喪失により、立会人ドロテ・クブルプスの名において、アイリーネ・イオカヴの勝利を宣言する」

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