第2話 感想戦①
「私なんかに〈金床〉まで使わなくたっていいじゃないですか、アイリーネ様……」
その日の夜。
私はいつものようにアイリーネ様の髪を梳りながら、しみじみと呟いた。
ディンギル寄宿舎学校の寮は二人部屋で、アイリーネ様と私はルームメイトでもある。部屋割りは学校側が決めるのだが、そこはそれ、イオカヴ家ほどの有力貴族ともなれば色々な工夫があるものらしい。
「あら。人事を尽くすのが決闘の
くす、と小さく笑うアイリーネ様の表情は可愛らしい。ひとつ年下の幼馴染は、貴族令嬢として完璧だ。櫛を通す金の髪も、絹糸のように柔らかい。
外見や作法だけではない。貴族の娘として最も重要な才覚、すなわち魔力と魔術についても完璧だった。
「何より、運命戦ですもの。私と貴女と戦うことに何か意味があるのなら、嬉しいじゃない?」
「それは……はい。嬉しい、ですけど……」
頬が熱いのを自覚しながら頷く。いと高き貴族のお歴々は、こうして恥ずかしいことをすんなり口にするのだ。櫛を置き、硝子瓶から香油を指に垂らして、髪にそっと塗り込んでいく。
「私には少々疑問です。私の未来は、アイリーネ様の侍女だって決まってるんですから」
ディンギル寄宿学校の最高年次である四年生は、一年間のほぼ全てを決闘にあてる。それまでの三年間で学んだ魔術を大いに振るい、極限まで磨き上げる錬成の儀式だ。そうして私たちは魔術を研鑽し合うと同時に、序列を付けることになる。魔力と魔術の腕という、貴族にとって最も重要な価値の、残酷なまでに明確な序列を。
杖を交わす相手は、通常は互いの同意により決まる。
一方で、今日アイリーネ様と行ったのは『運命戦』と呼ばれる、学校側が二者を指定しての決闘だ。
「貴女が侍女になってくれたら嬉しいけれど、決まっているわけではないのよ? 〈
「〈風読み〉だって、アイリーネ様ならともかく、私のような取るに足らない一般人の未来までは見えないと思います」
噂によれば、校長室がある塔の最上階には〈風読み〉と呼ばれる
ゆえに学校指定の決闘は『運命戦』と呼ばれ、実際にいくつもの名勝負を作ってきたとか何とか。
「……お手入れ、終わりました。今日もアイリーネ様はお美しいです」
「ありがとう。貴女の髪も梳いてあげる」
「わ、私は良いですってば」
「あら? 前髪が焦げてるわね、誰がこんなひどいことを?」
「貴女ですっ」
「ふ、ふふ、ごめんなさい。さ、櫛を貸して」
運命など決まっている。
私は、アイリーネ様の侍女になるのだから。アイリーネ様から不要と言われるその日まで。
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