第14話 特訓②

 翌日、スリーグ家ともミナセタ家とも交友のある令嬢にスクロールを託した。これが届けば、決闘が行われることは確定する。

 一週間。新たな魔術を修めるには短すぎる。手持ちの札だけで戦うほかない。


「ミナセタ家の宝石魔術は、本来、あまり決闘向きではないの」


 アイリーネ様はそう語る。

 イオカヴ家とミナセタ家は、『石』、すなわち宝石と鉱石の産地である『山』を巡って争う間柄だ。歴史に残るような決闘を演じたことも、何度もあるという。


「アイリーネ様は、クレア様と決闘したことがあるのでしたね」

「幼い頃に一度、入学した後に一度。一勝一敗ね」

「……決闘向きじゃない、のに?」

「ええ。クレアさんは天才なの」


 天才。

 私とは縁のない言葉だ。


「宝石魔術の利点は、宝石に魔力を込められること、カットによって魔力を多少制御できること。どちらかといえば杖や魔除けタリスマンを作ることに長けた魔術ね」

「なるほど。母も、ミナセタ家所縁の職人が作った宝飾を持っていました」

「クレアさんは 特に宝石の力を引き出し解き放つことを得意とする魔術師。元々の魔力も豊富なのに、宝石に込められた魔力も使う……簡単に言うなら、相手が三人いるようなものよ」


 なんてわかりやすい。絶望感で「ひゅっ」と変な音が喉から漏れた。


「魔力勝負に持ち込まれたら、私でも絶対に勝てないわ。最低限の防御でしのいで、こちらの攻撃は一点に集中させて突破する……これしかないと思うの」

「古典的な〈盾と槍〉戦法ですね」


 〈盾と槍〉の戦法では、防御の魔術と攻撃の魔術を分けて考える。盾で受け、槍で攻めるというわけだ。

 現代では〈弓と矢〉戦法の方が主流だ。こちらは攻防を分けず、攻撃の魔術はこちらも攻撃の魔術で相殺し、常に攻め続ける戦法を指す。


「問題は……しのげるかどうか、でしょうか」


 どうか、などと言ってはみたが、答えは決まっている。不可能だ。クレア様の魔力はおそらくアイリーネ様と同等。私では太刀打ちできない。

 だが、アイリーネ様は自信ありげに頷く。


「フォニカなら大丈夫。防御の魔術が得意だもの」

「え、ええ……?」

「でも、そうね。宝石の魔術は私たちの火の魔術より速いから……」


 そして、『良いことを思いついた』と書いてある笑顔で告げた。


「せっかく、学校にいるんですから。先生に教えてもらいましょう」




 ドロテ先生の執務室を訪ねた私たちの話を、一言も発さずに聞き終えたドロテ先生は、私に鋭い視線を向けた。


「フォニカ・スリーグ。次の決闘のため、訓練をつけて欲しいと言うのですね」

「わ、私というか、アイリーネ様が……その」


 冬の大樹を連想させる、厳しくも鋭い印象のドロテ先生。その視線と声が私に向くと、どうしてもどぎまぎしてしまう。

 思わずアイリーネ様に矛先を向けるが、ドロテ先生の瞳は動かない。むしろ鋭さと険しさを増した気もする。


「この問いには、貴女自身が答えねばなりません。訓練を望むのですか?」

「う……」


 ドロテ先生にお願いするのはアイリーネ様のアイディアだが、これは私の決闘だ。

 勝ち目はほとんどないにしても、ほんの少しでも望みが見つけられるならば。そう思い、頷く。


「……はい。お願いしたいです」


 震えながら頷く私の姿は、ドロテ先生にはどう映っただろうか。きっかり四秒経って、ドロテ先生が小さくため息をこぼした。

 私も、思わず詰めていた呼吸を思い出す。


「いいでしょう。ですが、私は教師です。特定の生徒が有利になるような指導はできません」

「クレア様の弱点を教えてください、とか……そういうのはダメなんですね」

「当然です」


 当然ダメのようだった。私の隣で、アイリーネ様が片手を挙げる。


「では、先生。速い魔術に対する防御を教えてくださいませんか」

「……ふむ」

早撃ちクイックドロウドロテといえば、最速の称号を恣にした決闘士。親友のため、どうか力をお貸しください」

「世辞は結構。私は教師です」


 ドロテ先生が執務机から立ち上がる。


「生徒が求めるならば、教育しましょう」

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