第20話 感想戦③
治療と回復の魔術をたっぷり使って、全治一ヶ月。少なくとも一週間は医務室で入院。それが私に下された診断だった。
肩に大穴が開き、背中は銀の破片で裂かれ、全身に貫かれた傷と火傷を負ったのだから、むしろ軽く済んだというものだろう。
そんな状況であったから、クレア様の謝罪は医務室で受けることになった。ぼろぼろで包帯まみれの私は、失礼ながらベッドに座ったままで。アイリーネ様はつんと澄ました表情を保っているが、どことなく機嫌が良さそうだった。
クレア様が深く腰を落とし、正装でもある黒の
「アイリーネ・イオカヴ。貴女と、貴女の家名を侮辱したこと、深くお詫びいたします。また、私の誤りを指弾して下さったフォニカ・スリーグにも、謝罪と感謝を捧げます」
「謝罪を容れましょう」
アイリーネ様は流石に寛容だ。すぐに頷いてしまった。こうなると私ももう少し眺めていたいなどとは……いやもちろんそんな不埒な感情はほんの一瞬だけ浮かんだだけで全く本心ではないのだが……言えないので、続いて頷く。
「受け入れます。お顔を上げてください」
「……ありがとうございます」
そう言って顔を上げたクレア様の表情は、なんとも言えないものだった。多分、屈辱を噛み締めているのを顔に出さぬよう抑えているのだろう。
ピーマンを食べた時のアイリーネ様と似ている。
「クレア。フォニカは強かったかしら?」
「ふん。魔力も、魔術の腕も、私の方が上だわ。それでも……私に勝ったのだから、私より強いに決まっています」
「ふふ、そうね。ねえ、あの宝石の大魔術は貴女が考えたの? 初めて見たわ。すっごく綺麗だった」
「なんで貴女に情報を渡すと思ってるの。教えるわけないでしょ。そもそも貴女を八つ裂きにするために……こほん」
「詠唱だけでも聞かせてほしいわ。観客席からではあまり聞こえなかったし、フォニカが心配であんまり解析もできなかったの」
「解析するな。……とにかく謝罪はしたのだから、私はもう行くわ。フォニカ・スリーグ」
「は、はい」
「良い決闘だったわ。お大事に」
そう言って、かすり傷を少し負っただけのクレア様は、すたすたと医務室を出ていく。私はといえば、あまりに意外な言葉にぽかんと口を開いて、挨拶もせず見送ってしまった。
「ふふ、素直な人ね」
「……そう、ですね?」
「ともあれ、フォニカ。まずはゆっくり療養よ」
「はい……その。アイリーネ様」
「なにかしら」
「……怒ってます? 喜んでます?」
「どっちも、よ」
アイリーネ様の指が、私の頬を摘む。表情は笑顔。黒灰色の瞳は……笑ってる、と思いたい。
「私のために決闘してくれたことは嬉しいけれど、それで無理して大怪我を負われたら、心配でたまらないわ。もちろん退学を賭けるなんて以ての外。フォニカがいなくなったら困る」
「はひ。ごめんにゃひゃい」
「それに私より先にクレアの大魔術を味わったのはずるいし、あの防御魔術は私にも内緒にしてたわね?」
「はひ。ごめんにゃひゃい」
何だか最後の二つは理不尽だった気もするが、必死に謝っておく。〈火防りの砦〉を見られたこと、母にも怒られることになりそうだった。とはいえ、退学よりはマシだろう、きっと、たぶん。
「……貴女が退学にならなくてよかった」
「……アイリーネ様。……ありがとうございます」
あの時、アイリーネ様の姿が目に入っていなければ、クレア様には勝てなかっただろう。そのまま諦めていたと思う。
手を重ね、握る。そうするだけで、痛みが和らぐ気がした。
「おそばを離れませんから」
「そうして。……ゆっくり休みなさい、ね」
一刻も早く医務室を出て部屋に戻り、髪を梳らせてもらおう、と誓いながら、そっと指を解いた。
▼
一ヶ月の間は、療養に集中した。
入院生活は根性で三日で切り上げて早々に寮へ戻ったが、無理をして療養期間を延ばすわけにはいかなかったから、アイリーネ様のお世話は最小限とさせてもらった。無念の極みではあるが、当のアイリーネ様から指示されてしまっては仕方ない。
一ヶ月の間に、〈
「……よし」
一ヶ月が経ち、医務室の先生からも魔術を使ってよしと許可をいただいた夜。
誰もいない校庭に出て、私は杖を握っていた。
「耐火煉瓦」
魔術を行使する、一瞬の恐怖。
アイリーネ様には言っていなかったが、二番目に重大だった傷は、魔術の使いすぎだった。
ひとつひとつは軽いとはいえ、相手の一の魔術に対して二、三と重ねた耐火煉瓦の連発。痛みで思考をかき乱されながらの魔術使用。スリーグ家の秘伝たる〈火防りの砦〉を二回。魔力を通しすぎた体は、いわば火傷したような状態になる。
一度、一週間前に『もういいかな』と思って試した時は、指から肩まで痺れが走って悲鳴を上げそうになった。
「……はぁ。大丈夫そう、だ」
今回は、痛みも痺れもない。顕現した耐火煉瓦は私の想起通りのもので、速度も十分。本調子に戻ったようだった。
安堵のため息をつき、暇にあかせてしっかり磨いた杖を握りなおす。
「よかった」
ベナとの決闘で宿った火。
クレア様との決闘で燃え盛った火。
胸の中央から全身に熱を伝えるようなその火は、未だ燻っている。
「……勝ったんだ」
勝利の味を、一ヶ月越しに噛み締める。
決闘とは魔術師の優劣をつける行為。野蛮といえば野蛮に違いない。角を突き合わせて序列を決める獣と同じだ。
かつての私は、だから、決闘は儀式だと思っていた。より強い魔力、より強い魔術を受け継いだ者が順当に勝つことで目に見える形で序列を定める儀式だと。
けれど、そうではなかった。
「私でも、勝てた」
奇跡のような結果だったと理解している。十回やれば九回、百回なら九十九回負ける相手から、偶然の一つを拾ったのだと。
それでも、ああ。
負けたくないと足掻き、勝ちたいと叫び、その思いを達することの甘美よ。
杖を握る手に力がこもる。
「勝った……」
一ヶ月を経て、ようやく。
私は安堵と喜びに涙をこぼした。
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