第29話 鋼鉄と火の魔術③

「点火。火勢制御。燃料投入。鉄鉱投下」

「ひゅっ……ぃ」


 勇ましく啖呵を切ってみたが、怖いものは怖い。無意識に引き攣った声が漏れた。

 この詠唱は〈金床〉に並ぶイオカヴ家奥伝の術式だ。九歳のアイリーネ様が覚えたてのその魔術を使ったときは、裏庭が丸々焦土と化した。視界の端に、立会人のドロテ先生の顔が緊張に強張っているのが見えた。


「〈火防りの砦〉……!」


 耐火煉瓦の表面に耐火と防護の刻印を、裏面に生命維持の刻印を刻んだ、スリーグ家伝来の要塞術式。一枚の壁では足りない。魔力を振り絞り、小さな小屋のように自分を囲んで閉じる。

 耐え切れるか。疑うな、信じろ。

 学校で〈火防りの砦〉を使ってしまったことは手紙で報告したのだが、よりによってアイリーネ様の前で使ったと知って母が卒倒したらしい。今度実家に帰った時はものすごく怒られるだろう。裏を返せば、それだけ重要な術式ということだ。イオカヴ家に〈金床〉があるように、スリーグ家にも積み重ねたものがある。


「送風。排煙。燃料投入。投入。投入。投入――」

「耐火煉瓦、温度制御、呼吸確保、構築――」


 さらに重なるアイリーネ様の詠唱。耐火煉瓦の壁に開けた覗き穴スリットから見える大杖は、漏れ出た熱で揺らめいている。

 視線が通っていないことを確認し、私は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。呪具フェティッシュである。短杖の利点の一つが、片手が空くこと……こうして呪具を重ね持つことができる。

 そして、アイリーネ様の魔術が完成した。


「〈山喰らい〉」


 『鍵となる言葉』がいっそ甘く囁かれる。

 瞬間、第三校庭が燃え上がった。


(っうぐ……!!)


 断熱と呼吸確保の術式に包まれていてなお、肌が焼けるように熱い。喉が張り付いて声が出ない。息が苦しい。吸う空気が熱く、喉と肺が焦げる気がする。

 耐熱煉瓦の隙間から覗き見る校庭は、既に燃えていない。焦げて真っ黒になった砂が広がるだけの地獄になっていた。ひらりと校庭の外から落ちてきた落ち葉が、一瞬で燃え尽きて煤になる。

 焦熱結界術式、〈山喰らい〉。

 貪欲なる火と炉。素材としての鉱石も、燃料としての森も喰らって、後に残るのは山の残骸だけ。イオカヴ家の在り方を再現した、凄絶な魔術だった。


「ひぅ……っぐ」


 だが、生きている。〈火防りの砦〉は表面をじりじりと炙られ続けながらも、かろうじて結界を保っていた。

 そして……焦土と化した校庭に、私の砦以外に燃えていないものがあると、アイリーネ様もきづいた。


「大砲……!?」


 校庭の隅、アイリーネ様を背後から狙う位置に配置された四門の鉄の塊。鋼の部品パーツをネジで組み上げた筒状の装置――大砲。片手に握った羊皮紙は、その設計図だった。

 鋼のネジや、棒や、板。私が顕現させたそれらは、消えずに校庭に落ちた。本来、魔術で実際の鋼を顕現させるのは効率が悪い。本来必要なのは鋼の性質を持った魔力、鋼の概念を込めた魔術であって、鋼そのものではないからだ。私は概念操作が苦手なのだ。

 だから、再利用することにした。

 魔術師にとって、特にアイリーネ様のような魔術上手にとっては、終わった傍点術式は意識の外にあるはずだという期待は的を射ていたようだった。こうして四門の大砲を組み上げるまで気付かなかったのだから。


「遠隔……ひぅ……顕現……火よ、ん゛っ、弾け、ろ!」


 アイリーネ様が〈金床〉と共に振り向く。


「支えなさい、〈金床インクス〉!」

「創作、砲撃、術式。〈廃棄砲はいきほう〉ッ!!」


 同時に、大砲が火を噴いた。

 装填されている砲弾は、突撃槍ランスのように尖らせた鋼鉄の棒だ。大砲の後部には遠隔発動の焦点となる魔導陣を刻んだ鋼の円盤がセットされている。そこで火の術式を爆発させれば、砲弾代わりの鋼槍が飛び出す仕掛けだ。砲身を構成する鋼板にはわずかに傾きをつけていて、鋼槍に回転を与えて貫通力を上げる。

 ががん、がぎん、と金属音が連続する。

 四門の〈廃棄砲〉のうち、三門からは突撃槍の砲弾が飛び出す。一瞬遅れて、残る一門からはネジを魔力でゆるく固めた霰弾を放つ。全て鋼で構成された大砲は、〈山喰らい〉の熱にもぎりぎりで耐えていた。

 アイリーネ様が鋭く大杖を振るい、〈金床〉が縦横無尽に動いて砲弾を叩き落とす。防ぎきれなかった霰弾のネジがドレスの裾を裂くが、本人の肌には一つの傷もついていない。

 構うものか。撃ち続けろ。

 〈山喰らい〉に侵食されて耐火煉瓦が削れるじりじりという音を聞きながら、叫ぶ。


「〈廃棄砲〉ォおおおお!!」

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