第30話 鋼鉄と火の魔術④

「〈廃棄砲〉ォおおおお!!」


 この魔術は、杖で狙う必要がない。遠隔発動用魔導陣の位置で鋼と火を顕現させるだけでいい。同じ魔術を複製連続顕現させるのは、私の数少ない得意だ。間断なく、鋼の突撃槍とネジの霰弾がアイリーネ様を目掛けて降り注ぐ。


「ふ――、〈鋼の帷〉!」


 当たり方が良かったか、砲弾を防いだ〈金床〉がわずかに強く弾かれる。次の砲弾を防ぎきれないと判断したか、アイリーネ様が追加の防御術式を発動した。布のように薄く柔らかい鋼、という矛盾した代物が降り、突撃槍とネジの雨を受け止めて消える。

 四方からの攻撃をあっさりと防ぐ実力は流石だが、大魔術〈山喰らい〉を維持するだけの集中は維持できなかったようだ。〈山喰らい〉の術式が消え、校庭を支配していた熱気が散る。結界で遮断されていた温度差によって、吹き飛ばされそうな暴風が吹き荒れた。焦げた砂が風に巻き上げられ、ぼろぼろになった〈火防りの砦〉の煉瓦も飛ぶ。


(ここ、しかない)


 決意も鼓舞も必要なかった。

 熱と暴風の中であろうと、愛しい人に駆け寄るのに必要なのは、ただその想いだけだった。

 吹き荒れる暴風で濁る視界の中、二人の距離は走って十歩。


 一歩。

 〈廃棄砲〉に気を取られていたアイリーネ様の対応が一瞬遅れる。


 三歩。

 〈金床〉が凄まじい勢いでこちらへ回ろうとする。〈廃棄砲〉から撃った鋼の塊がその動きを留める。


 五歩。

 触れれば溶けそうな熱をまだ放つ大杖〈熔鉄炉〉が振り下ろされる。火よ、と叫ぶ声。火よ、と応じる声。


 七歩。

 目と鼻の先でぶつかり、爆発した火の魔術。魔力の差を示すように、その熱はあちらに二、こちらに八。髪が焦げ、顔と瞳に熱さを感じるが、走れなくなるほどではない。


 八歩。

 熱にやられてぼやけた視界でも、アイリーネ様の美しい顔に、楽しそうな笑みが浮かんでいるのが見えた。陽炎。大杖の熱を制御せず解放し、熱と風で私を吹き飛ばすつもりなのがわかった。検討した二百三十六手の中に、杖を故意に暴走させるなんて手はもちろんない。流石はアイリーネ様だ。


 それでも。


「――刃よ」


 私の、勝ちだった。


 短杖の先端に宿る、指先ほどの小さな刃。残り二歩分の距離を一気に埋める、深い踏み込みと伸ばした腕――ベナから習った、剣術フェンシング踏み込み突きファンデヴ。大杖〈熔鉄炉〉と短杖が交差し、一瞬先に、私の刃がアイリーネ様の喉元へと届いた。

 吹き飛ばされるよりも、もちろん防御の魔術を撃たれるよりも、私の刃が喉を裂く方が早い。

 アイリーネ様もそれを理解している。黒灰色ブラックスピネルの瞳が、わずかに潤んで私を見つめていた。


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