第28話 鋼鉄と火の魔術②
イオカヴ家重代
「〈
その答えが、校庭を覆い尽くすほどの融けた鉄の奔流だ。
「耐火煉瓦……! 鉄制御!」
イオカヴ家の魔術は火と鉄。アイリーネ様はどちらかといえば鉄を得意としているから、この初手は三十手ほどの想定のひとつだ。想定したからと言って楽にかわせるわけでは全くないが、ともあれ準備はできていた。
二列に積んだ耐火煉瓦の壁で銑鉄の奔流を受け止め、跳ねた流れの制御を奪う。熱を急激に冷まして固め、さらに襲い来る銑鉄への盾とした。
「やるわね、フォニカ」
「光栄です……!」
どこか嬉しそうにアイリーネ様が笑い、銑鉄を消す。私の反撃へ備える構え。
金属を加工する代表的な手法は、鋳造と鍛造。鉄槌で何度も叩いて鍛えつつ形を整える鍛造に対して、溶かした金属を型に入れて固めるのが鋳造だ。鋳造の方が複雑な形を同じように作れると言う利点がある。
(想起しろ、正しく、深く――)
魔力で形作る鋼に対しても、イメージ上の製造方法は顕現に影響する。そして杖の性能も。
短杖、〈
「ネジよ、群れろ!」
複製顕現の魔力管理に特化した〈葉脈〉の補助を受け、現れたのは数百のネジ。小魚が群れるように隊列を組み、アイリーネ様へ襲い掛かる。
「〈
アイリーネ様の目の前に現れる、半透明の橙色の盾。金城鉄壁の防御魔術、〈金床〉だ。厚さも重さもない魔力の盾はアイリーネ様の視線に従って鋭く動き、ネジの群れを弾き飛ばす。カカカン、と軽い音を立ててネジが校庭に散らばった。
イオカヴ家の魔術の本髄は、炉による強大な火力――ではない。何物をも熔かす炎を、燃えたぎる鋼鉄を、人の身に余るそれらを制御してきた防御の術式こそが要だ。
〈金床〉はその精華である。私の術式では、全魔力を注ぎ込んだところで〈金床〉は貫けない。
ならば取れる手は二つ。全周からの飽和攻撃か、意識外からの不意打ち。
この決闘は、私がアイリーネ様の防御を抜くかどうかの戦いだ。
「ネジ! 鉄棒! 鋼板……!」
ネジ、鉄の棒、鋼の板。鋳造の魔術を細かく使い、とにかくアイリーネ様の気を散らす。どのみち〈金床〉を貫けないなら、魔術の威力は最低限、当たれば痛い程度でいい。
しばらく観察するように〈金床〉で受けていたアイリーネ様だが、それ以上の手はないと看破したらしい。軽く〈熔鉄炉〉を揺らすと、微笑んで囁く。
「〈蛇行する槍〉」
手のひら大の刃を数十束ねたような槍が顕現する。刃の鱗を持った蛇にも見えるそれがぐるりと渦巻いて、ネジの群れを弾き飛ばし、その鋒を私に向ける。
あの夜の決闘で恐ろしさは十分に味わった。対策は既にできている。
「ネジよ、留めろ!」
大きめのネジを呼び出し、刃の鱗の隙間、連結部に突っ込ませる。回転を与えたネジたちが、刃を削り、耳障りな金属音を立てながら食い込んだ。一部は弾かれたものの、結合部を留められた〈蛇行する槍〉は歪んだ形で固定され、アイリーネ様の操作を離れてあらぬ方へ飛んでいく。
「〈花咲く炎〉」
アイリーネ様の判断は早い。私が攻撃に移る前に、既に次の一手を発動させている。陽炎揺らめく〈熔鉄炉〉から放たれたのは、両手ほどの大きさの火球だ。手で軽く投げたようなゆっくりした速度で中空に飛ぶ。
決闘で見るのは初めてだが、知っている魔術だ。恐怖に首筋が冷える。
「耐火煉瓦!」
煉瓦の壁を顕現させ、表面にさらに耐火の防護魔術を重ねる。次の瞬間、火球が花開いた。花弁を散らすように、炎の波を周囲へ何度も何度も放つ。熱風と炎で周囲の全てを吹き飛ばし、それを連続させることで防護を削る……見た目は美しいが凶悪な魔術だ。
削られた端から耐火煉瓦を積み直し、一秒で二回襲ってくる炎の波をやり過ごす。必死で耐火煉瓦を顕現させながら、私は確信する。
(戦える)
アイリーネ様が使った魔術、使うかもしれない魔術は全てリストアップした。その数二百三十六。重ねて使われた場合も含めて、全てに対策を考えてある。幼い頃からずっと、一番そばで彼女の努力を見ていたのだ。
とはいえ、反撃しなければ勝ちはない。〈花咲く炎〉は耐火煉瓦の壁で十分に耐えられる。そう判断し、炎の波が収まる前に私からも魔術を放つ。
「鋼よ、切り裂け!」
円盤状に加工した鋼の刃を四枚、角度をつけて飛ばす。
攻撃魔術がたびたび剣や槍の姿をとるのは、それらが攻撃の概念を含むためだ。切断や貫通といった概念のみを抽出することは難易度が高く、概念を含む武器の形で顕現させるという寸法だ。
だが、私の腕ではどんな武器でも〈金床〉は貫けない。であれば、想起を単純にした方が良い。そう判断し、私は先ほどから武器ではなく多少加工しただけのネジや棒、板を放っていた。
四枚の円盤も、素早く動く〈金床〉に叩き落とされる。
ずきん、と頭にわずかな痛み。休みなく魔術を使い続けているせいで、思考が消耗している。アイリーネ様との交歓と思えば、その痛みすら愛おしい。
「ふふ」
「楽しい、ですか、アイリーネ様!」
「とっても。やるじゃない、フォニカ。本気を出すわね?」
寒気。痺れるほどの恐怖。数秒後に私は死ぬという確信。
振り払って、笑って見せた。
「望むところ!」
アイリーネ様に殺されるなら本望だ、とか。割と本気で思う。もちろんそれは誤り、ただの甘えだ。
凌げ、と期待されているのだ。応えるのが女の心意気だろう。
「点火。火勢制御。燃料投入。鉄鉱投下」
「ひゅっ……ぃ」
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