第25話 貴女と決闘したい

 一週間ほどして、アイリーネ様が実家から学園に戻ってきた。


「長旅お疲れ様でした。ご用事は首尾よく済みましたか?」

「ありがとう。ええ、問題なく終わったわ」


 アイリーネ様の様子は以前と変わらないもので、杖を折ったことなど忘れたかのようだった。けれど、端々に何処か無理して『いつも通りを演じている』ような気配が見えた。

 よかったです、と微笑んで、私も以前通りのフォニカを演じる。それは嘘や誤魔化しではなく、アイリーネ様が以前の関係を大切に思ってくれているという証だからだ。

 それでも。

 私のせいで無理をさせるのは、従者として、友として、許せるものではなかった。


「アイリーネ様。少し、お話が」


 その夜、我ながら少しぎこちない手つきでアイリーネ様の髪を梳かしながらねだった。アイリーネ様は少し困ったような笑顔を浮かべて、首を横に振る。黄金の髪が柔らかく揺れた。


「ごめんなさい、今日は眠くて。明日の夜に……」

「いえ。すぐに、終わりますので」


 意外そうな表情は、私がこんな風に強弁することが珍しいからだろう。

 時間をおいて決意が萎えてしまう前に、はっきりと告げておかなければならなかった。ベッドから立ち上がり、座ったままの彼女と向かい合う。


「まずは……申し訳ありませんでした。どうか、謝罪を。……決闘で、手を抜いたつもりはなくとも、全力を尽くさなかったこと、ごめんなさい」

「改まって……いいのに。私こそ、その、杖を……」

「もうひとつ」


 言葉を遮って、うわずりそうになる声を一度飲み込む。

 胸が痛いほど高鳴っていた。何を言うかは考えに考えて、こっそり練習までしたのに、喉の辺りに引っかかって滑らかには出てこない。


「勝ちたいと思わずに決闘に臨んでいた私を、それでもずっと待ってくださっていた……申し訳、ありません」

「……それは」


 沈黙が答えだ。

 膝をつき、頭を下げる。数秒。顔を上げる。まだ困ったような表情を見上げて、胸が疼く。

 疼きの意味を深くは考えないまま、告げた。


「許されるならば、もう一度。貴女に決闘を申し込みたい」

「決闘を……? でも……」


 言った瞬間に、頬が熱くなった。多分、真っ赤だろう。

 ベナと話して思い出した時も。

 ルーダ婆さんに杖を求めた時も。

 同じ思いを抱いたはずなのに、こうはならなかった。やはり、アイリーネ様は私の特別だった。嗚呼。その相手に思いを告げることが、これほど恥ずかしく、怖く、……胸が高鳴るものだとは。


「……フォニカ」

「本気です。今度は、模擬戦などではなく。どうか私と、杖に賭しての決闘を」


 言うべきことは言った。断られても当然の申し出だ。何を言っているの、と笑われて終わりでも仕方ない。

 胸を押さえたいほどの鼓動を感じながら、答えを待つ。

 最初に感じたのは……熱、だった。

 アイリーネ様の美しい金髪が揺らめいて見えた。


「決闘って」

「……はい」

「不思議よね。怖いし、苦しいし。杖を向け合って、攻撃しあって……」

「怖い、ですね」


 心底から頷く。

 ベナに殴られたお腹。クレア様に貫かれた肩。眼前に迫るアイリーネ様の炎。痛みの記憶は体と心にはっきり刻まれている。


「それでも、終わると。相手のことが少しわかる気がするの。だから、私は……」


 アイリーネ様がはにかむ笑顔は、冬の枯れた草原に一輪の鮮やかな花が咲いたように、可憐だった。


「誰よりも、貴女と決闘したい」

「……はい!」


 差し伸べられた手を、下からそっと繋いだ。

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