第24話 私はずっと、

 イオカヴ家の令嬢の従者筆頭、いわゆる『お付きの者』は、傍系の子女から選ばれるのが通例だ。アイリーネ様の場合は、同じ年に産まれた私が早々に指定されたこともあり、私は実家のスリーグ家とイオカヴ家を行き来して育った。

 まだ大人が見ているところでしか魔術を許されなかった年齢だ。裏庭で二人、木の枝を杖に見立てて振り回し、〈古代都市を焼いた火〉とか、〈竜の尾を断つ剣〉とか、伝説の魔術師のごっこ遊びを楽しんでいた。

 当時は私の方が若干、魔術は上手だった。今にして思えば、魔力量が低く扱う魔術も簡単だったからだろう。


 ある時、決闘の模擬戦をしたことがあった。

 作法や流れを学ぶためのものであったが、二人とも真剣に魔術を撃ち合った。結果は私の勝ち。家庭教師ガヴァネスが私の勝利だと告げると、アイリーネ様は赤い頬を膨らませ、瞳に涙を溜めて言ったものだった。


「悔しい。もう一回」


 家庭教師は子供らしい我儘だと思ったのか、苦笑してなだめた。だが、本当に負けたことが悔しかったのだと私には伝わっていた。

 だから――答えたのだ。


「いつでも、何度でも。――私はずっと、貴女のそばにいますから」



 思い出した。

 隣でベナがものすごく不審げな表情をしているが、それどころではない。

 どうして今まで忘れていたのだろうか。

 ――違う。


(忘れた振りをしていただけだ)


 四年前、寄宿舎学校に入学する頃には、私とアイリーネ様の実力は既に逆転して久しかった。練習の手合わせで、授業の一環で、力の差を見せつけられ続けた。魔力も、魔術の腕も、振るう杖も比べ物にならないのだから当然だと納得したつもりで、付いていけなくなったことから目を逸らしていた。

 アイリーネ様の向かいに立てなくなったことを認めたくなくて。

 幼い子供の他愛ない約束――決闘で交わした純然たる誓いを、私は反故にしていたのだ。


(なんて、弱い)


 魔力が弱いのは罪ではない。

 だが自らの弱さから目を逸らし続けるのは、罪だ。


(なんて弱くて……欲深い)


「……フォニカ? おーい」


 呼びかけられて、ここは図書室だと我に返る。


「ベナ。……ありがとう、貴女のおかげで気付けた」

「そりゃどういたしまして。何に?」

「私が、


 膝の上で拳を握り締めていた。だが、握るべきは拳ではない。

 勢いよく立ち上がる。ベナが何やら面白そうな笑みで見上げた。


「何処へ?」

「杖を手に入れに。……それが終わったら、貴女にひとつ、お願いがあるのだけれど」




 店を訪ねると、ルーダ婆さんは先日と全く変わらない姿勢でカウンターに座り、木を削っていた。

 カウンターの重厚な木材に手を叩き付けて、宣言する。


「杖を」

「うるさい小娘だね。もう一度だけ聞くよ。使いたい魔術は――」

「あります」


 遮って、深呼吸。ルーダ婆さんの目を真っ直ぐに見つめて告げた。


「アイリーネ様に勝つための魔術を――それを振るえる杖を、仕立ててください」


 ルーダ婆さんが片眉を上げる。

 しわだらけの口元には……愉快そうな笑み。


「く、く。アンタの婆さんの若い頃を思い出すよ。イオカヴ家の四代目もだ。本気で勝つつもりかい?」

「本気です」

「どうやって?」


 思い付きを、ぶちまけるように話す。

 ひとつだけアイディアがあった。上手くいくかはわからない。出来たとして、勝てるかもわからない。

 実現するには杖が必要だった。無茶に応えてくれる、私だけの杖が。


「……以上です。細かいところはこれから詰めますが」


 ルーダ婆さんの目を睨みつけてはっきりと言う。言ってやる。


「あなたに、そういう杖が作れますか」

「……いいだろう。奥へ来な、採寸する。魔力は十分溜めてきているだろうね?」

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