第7話 変身魔術④

「が、っづ」


 どさり。蹴りの威力を思い知らせるような音と共に、私は第四校庭の砂に落ちた。


「ぎ、あ」


 一瞬遅れて痛みがやってくる。右側を下にして落ちたらしく、腹と右の肩が痛い。痛くない場所がない。衝撃で息が全て出てしまったのか、苦しいのに息が出来ず、は、は、と喘いでのたうち回る。

 じゃり、と。わざと砂を踏む音を立てて、ベナが歩み寄ってきた。


「クヌート先生よ。もう終わりでいいだろ。踏み潰しちまうぞ」

「ふっ……な……で」


 ふざけないで。叫ぼうとした声はひどく掠れていた。痛みにのたうち、砂を散らす音の方が大きいくらいだ。

 立会人のクヌート先生が私を見つめている。戦意はあるか。意志はあっても、杖を握れるか。見極めようとしているのがわかった。


「まだ、やれ……ます」


 クヌート先生の向こうに、アイリーネ様の美しい金の髪が見えた。先ほど見えたのは錯覚や妄想ではなく、心配そうに眉を下げた表情をしている。

 痛む身体に力を込めて勢いよく立ち上がる。

 アイリーネ様にあんな顔をさせてしまった痛みに比べれば、この程度、羽箒で撫でられたようなものだ。震える指先で杖を握り締め、ベナを睨みつける。


「やれます」

「へェ。大抵のご令嬢はこれで泣きを入れてきたが。やるじゃねえか、灰まみれならぬ砂まみれ。似合ってるぜ」

「お褒めに預かり光栄です。その汚いお口にお礼の鉄塊インゴットを突っ込んでさしあげたいくらい嬉しいわ」


 負けたくない、と、叫びたくなる気持ちを噛み締める。悪態も、ひゅうひゅうと細い息ではどこまで届いたか。

 そんなに強くない私は、今まで何度も負けてきた。悔しいと思いはしつつ、実力の差を測るのが決闘なのだから、魔力で劣る私が負けるのは仕方ないことだと飲み込んでいた。

 だが、こんな風に嬲られて――アイリーネ様に心配をかけるのは、嫌だ。


(立ったはいいけれど、頭はくらくら、身体は痛――くないけど疲れてる。何より、魔術をあんなに避けられては……)


 避けられる?

 思考に引っ掛かりを覚える。

 決闘は通常、魔術の撃ち合いになる。先日アイリーネ様と火球を撃ち合ったように。魔術を使わずに避けられるなら有利だが、人と魔術では魔術の方が速いから、大抵は魔術で防ぐことになる。

 だが、私の魔力はさほど強くない。私の本気とアイリーネ様の牽制でぶつかって、二対八。そんな貧弱な魔術を、魔力特待生のベナがわざわざ避けている。


「休憩は終わりでいいかァ? ……今度は殺すぞ!」


 猫の脚、と叫ぶやいなや、しなやかに砂を蹴ってベナが襲い掛かってくる。真っ直ぐではなく、弧を描くような角度をつけているのは魔術の投射を避けるためか。

 変身魔術には、防御や相殺の魔術がないのだ。

 実際に、炎の壁で広範囲を攻撃したときは防がずに逃げた。ならば必要な魔術は……。


「ネジ!」

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