第8話 変身魔術⑤
「ネジ!」
鋳造、という技術がある。
金属を叩いて形を整えるのが鍛造。溶かした金属を型に流し込んで固めるのが鋳造だ。鋳造の利点は同じ形のものをいくつも、素早く作れる点にある。
イメージは魔術の顕現に影響する。魔力の鋼を、複製顕現した魔術の型に流し込むイメージで、複数のネジを連続して作り出す。雨あられとは行かないが、火球を作り出すよりは素早く、合計して二十八本のネジをベナの行く手を遮るように放った。
「ちッ」
猫の脚が砂を蹴り、鋭く跳ぶ。空を切ったネジは先端から校庭の砂に突き刺さって、魔力に戻り消えていく。
「鋳造、ネジ!」
さらなるネジの群れを顕現させて放つ。もっと速く。もっと多く。
アイリーネ様の焼き払う火のように、かわしようのないほどぶつけろ!
「おお……!」
「くだらねェ! かすり傷だ――幻身、〈竜の鱗〉!」
ベナが叫び、その両腕に赤い鱗が生える。盾のように構えた腕の前面にネジが当たるが、軽い音を立てて弾かれた。硬い。竜鱗を名乗るくらいだ、防御力には自信があるのだろう。
腕で守れる範囲は狭い。髪や脚をネジが切り裂いていくが、止まらない。鱗を盾に拳闘の
ネジを更に増やす。小魚の群れのように連なるネジの群れを……思考と魔力の使いすぎて張り裂けそうな頭痛を感じながら……狙いをつけて放ち続ける。
「止まれ……ッ!」
「止まるかよッ!」
叫びが交錯する。
ベナが高く跳び、腕を伸ばす。鋭い爪が生えた腕が私の首を狙っているのが伝わってきた。
恐怖を飲み込み、杖を突きだす。狙いは――相手の、背後。
心配せずに見ていてください、アイリーネ様。
「鋼板!」
鋼で出来た薄い板がベナのすぐ後ろに現れ、地面に突き刺さる。飛び込んだネジがベナの身体を避けて、彼女の制服を貫いた。鱗には弾かれる小さなネジも、布ならば易々と貫ける。
跳躍したベナを、ネジが鋼板に縫い留めた。
「が……っ!?」
跳躍の勢いとネジによる固定が拮抗し、釣り合い……ネジが勝った。地面に突き立った鋼板に磔にされたベナの爪が私の頬を裂き、私の杖がベナの心臓を狙っている。
「……クソが」
爪が消える。
「そこまで」
杖に灯した火球を消す。詰めていた息が、はぁ、と大きく漏れた。
「ベナさんの戦意喪失により、立会人クヌート・フィラジの名において、フォニカさんの勝利を宣言します」
「…………勝っ、た」
全力を使い果たした私は、そのまま地面にへたり込む。魔力が尽きて鋼の板もネジも消え去り、優雅に校庭に降りたベナの方が、よほど勝者のような雰囲気だった。
放心した思考にじわじわと、不慣れな感情が湧き上がってくる。
胸が苦しい。荒れた呼吸が収まらない。杖をぎゅっと握り締めた。
「勝ったぁ……」
快哉というには力が入らなかったけれど。負けたくない相手に負けなかった、その安堵に胸が湧きたつ。
そんな私をベナが見下ろして……牙をむき出しに、笑った。
「やるじゃねえか」
「……ありがとう、ございます?」
「くっ……ボケた声出しやがって」
ぐいと腕を掴まれる。悲鳴を上げる間もなく、肩に担がれた。
「ひゃっ、な、何を」
「勝ったんだから堂々としやがれ、ネジ女」
「……そのネジ女というのは止めてくださいませんか。熊女」
「ぶっ殺すぞ。ま、貴族の癖にあたしを真正面から睨む根性は気に入った」
「貴女に気に入られたくないんですけれど!?」
脱力した身体では抵抗もできず……もちろん、元気だったとしても敵わないだろうけれど……私は担がれて校庭を後にする。
咄嗟に観戦席のアイリーネ様へ視線を向けると、なんだか頬を膨らませているように見えた。
「違うんです……!!」
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