第5話 変身魔術②

 第四校庭の西側、つまり午後の日差しを背にする方を選ぶと、対戦相手となるベナは小さく笑った。嘲笑うような表情だった。

 首辺りまである赤い髪が跳ねまわっている。元々の癖っ毛もあるだろうが、手入れもしていないに違いない。決闘装束ドレスではなく学校の制服を纏った長身は、私よりも頭一つ大きい。顔立ちは中性的に整っているが、粗野な表情のせいで台無しだ。


「小細工、ご苦労なことで」

「人事を尽くすことが決闘の礼儀マナーです」

「はッ。マナーで勝てればいいなァ?」


 なるほど、不良である。だが特待生の立場は伊達ではなく、その魔力量は学年で五指に入るという。

 杖を握り直す。


「仲良しになったみたいで良かったわ。さ、宣誓をしてくださいな」


 立会人のクヌート先生が柔らかく微笑む。ドロテ先生が冬の老樹なら、クヌート先生は春の日差しのような暖かく柔らかい印象のおばあちゃんだ。毒気を抜かれて、お互いに黙り込む。

 宣誓は挑む側から……『運命戦』においてはその時点の序列が低い方、つまり私からだ。


「鋼の如く精錬した術式の硬きを杖に賭す」


 短杖ワンドを構えて宣誓する。その間も、狼ことベナは退屈そうに身を揺らしていた。落ち着きのない女である。

 指先で弄ぶのは黒樫オークの短杖。私の短杖より更に一回り短いものだ。手のひらに隠れてしまうほど短いと、魔術の行使がしづらいはずだが……彼女の術式であれば問題はないのか。


「魔力は悪逆に宿る」


 ベナが宣誓する声は、どこか愉快げだった。見学の貴族たちの多くが、その言葉に嫌そうな表情を浮かべる。


「じゃなきゃ、あたしみたいな野良犬がここにいるわけがねえ。だから――」


 牙をむき出しにするような笑い方。目に見える全てに挑むように両腕を広げて、言い放った。


「澄ましたツラの貴族どもを喰い散らかすこと、杖に賭けるぜ」


 わかってはいたが確信する。この女をアイリーネ様の前に立たせてはならない。負ける心配ではない、アイリーネ様の方が百倍は強い。ただ、吼える野良犬を前に立たせて不愉快にさせる必要はないのだ。


「はじめよ」

「火よ!」


 十五歩離れた先にいる相手へ、まず火球の魔術を撃ち出す。

 決闘は通常、魔術の撃ち合いになる。撃ち合い、防ぎ合う中で有利な状況を作るのだ。

 だが、ベナはそうしなかった。


「ぬるいなァ! 鹿の脚!」


 聞き慣れない『鍵となる言葉』を叫び、ベナが跳ぶ。その両脚が、しなやかな鹿の脚に変じていた。私の頭の高さよりも高く跳んで火球を躱したベナは、その勢いで私の方へと降ってくる。


「変身魔術……!」

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