第13話 特訓①

 ミナセタ家の宝石魔術は、優れた触媒である宝石に魔力を溜め、あるいは魔術を刻んで使役する。その歴史は古く、数百年前から宝飾を扱ってきた家系だ。

 宝石は富と権力と不可分だ。ミナセタ家が所蔵する宝石は、集めれば国を買えるほどという。だからだろうか、その夜に届いた決闘の条件書きスクロールも、羊皮紙ではなく高価な純白の東方紙ペーパーが使われていた。

 アイリーネ様と一緒に覗き込み、流麗な文字の連なりを読む。


「一週間後、午後一時、第四校庭にて。主立会人としてカジナ先生を指名する。副立会人はこちらに任せる。決闘の規則は校内規則に従う……特別な条件はありませんね」

「有利な立会人を選んでは来なかったのね。カジナ先生なら公平だわ」

「ということは……」

「ええ。それでも絶対に勝てると思っている、ということよ」


 スクロールの最後にはこうある。


『クレア・ミナセタが勝利したならば、フォニカ・スリーグは貴族として、また魔術師としての未熟を省み、クレア・ミナセタに謝罪の上、ディンギル寄宿舎学校を退学せよ』


 つまり、今のところ確実に、私は退学するということだ。


「……どうしましょう、あああ私はなんてことを……! あ、あのクレア様に決闘を挑むなんて……!!」


 部屋に戻ってから三度目の、後悔と絶望の発作に襲われる。

 机に突っ伏して嘆く。嘆いても何も変わらないのだが、そうせずにはいられなかった。今更取り消すことも不可能だし――取り消すつもりも、実のところなかった。何しろクレア様はアイリーネ様を侮辱したのだから。それは、決して許せない罪だった。

 問題は、私が決闘に勝てないことである。


「本当に……どうしてあんな無茶をしたの?」


 突っ伏した姿勢で顔だけを上げると、アイリーネ様が心配そうな表情で覗き込んでいた。ランプに照らされた表情と黒灰色ブラックスピネルの瞳は、憂いを帯びてなお美しい。

 そんな表情を向けられては、騒いでばかりもいられなかった。おずおずと身を起こす。


「…………さ、先に署名をしてしまいますね」


 お気に入りの羽ペンを握り、ペン先が震えないよう慎重にインク壺につける。

 スクロールに『フォニカ・スリーグが勝利した場合、クレア・ミナセタはアイリーネ・イオカヴに対する非礼を詫びること』と書き込み、署名する。


「クレアさんにも、退学を、とは書かないのね」

「か、書けませんよ。……いえ、ちょっとだけ悩みましたけど。万が一私が勝って……クレア様を退学させてしまったら、物凄く怒られそうで……」

「……確かに、話が大きくなりすぎてしまうわね」


 インクが乾くのを待って紙を丸め、封蝋を落とす。杖を向けて「封蝋シール」と唱え、スリーグ家の紋章……七竈ローワンの樹の意匠……を簡略化した印を蝋に刻んだ。

 時間稼ぎもそこまでだ。アイリーネ様は先ほどから聞きたくて仕方なさそうな顔をしているし。


「私は……」

「うん」

「……どうしても、アイリーネ様が侮辱されたことが許せなくて……」


 口にしながら、胸の奥から溢れる違和感で声が小さくすぼんでいく。

 怪訝そうなアイリーネ様から目を逸らし、続けた。


「……違い、ますね。……アイリーネ様への侮辱を……咎められない私が、許せなかったのです」


 口にすると少し恥ずかしい。一瞬とは言え、私は迷ったのだ。無礼を働けばアイリーネ様に迷惑がかかるかもしれない……と。

 だからこその、決闘だった。


「決闘は、あくまでいち貴族としての権利。私が負けても、アイリーネ様にまで迷惑がかかることは……」

「フォニカ」


 アイリーネ様の真剣な声が、私の声を遮る。

 思わず視線を上げると、ずっと見つめてくれていたらしい瞳と目が合った。


「ありがとう。私のことで、怒ってくれて」

「……いえ……本当に、ご迷惑をおかけしただけのような」

「そんなことはないわ。ただ、貴女が退学になってしまったら困る」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべて、アイリーネ様が手を伸ばしてくる。どうしたらいいかわからないまま硬直していると、私の手に重ねて触れてくれた。

 柔らかく、温かい。


「クレアさんはとても強いわ。でも、諦めてはだめ。チャンスはあるはずよ」

「私なんかが、ミナセタ家のご令嬢に……」

「ドロテ先生も言っていたでしょう。私たちは『魔術の良し悪しも、魔力の多寡も、正確には測れぬ愚か者』。どちらが強いかは、決闘の後にのみ決まるの」


 笑みをたたえ、私の手を強く握って言うアイリーネ様の言葉は、確信に満ちている。


(嗚呼……貴女はとても優しくて、とても残酷です)


 それこそが、貴族というものだろうか。

 彼女の手の中で手の向きを変え、そっと握り返す。


「……諦めは、しません。アイリーネ様を困らせるわけにはいきませんから」

「ええ。一緒に作戦を練りましょう?」

「お願いします」


 頷き合う。

 この手を解こうとするならば――クレア様であろうと、誰であろうと、私の敵だ。

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