第19話 宝石魔術④
一瞬の、忘我にも似た思考から現実に戻る。
ヒステリックに叫んだ。
「っ、銅鏡!!」
密度も研磨もなっていない銅の鏡を顕現させた瞬間、あらぬ方向から撃たれた光線が三本突き刺さる。光が煌めいて反射し、銅鏡はあっさりと砕かれた。
やはり、鏡は警戒されている。それに全方位から撃ち込まれる光を一枚の鏡で防ぐのは不可能だ。銅でできた全身鎧は流石に作れない。
「混合、攪拌、生煉瓦!」
「穢らわしい!」
焼く前の煉瓦、つまり泥を広く放って光への壁とする。防御魔術としては弱いからあっさり貫かれるものの、私に届く光はかなり減衰した。穴が開くほどの威力はなくなり、重度の火傷くらいで済んでいる。
これなら即死しない。
耐火煉瓦と生煉瓦を使って〈火防りの砦〉を補強しながら、ある魔術を組み上げ始める。
(これしかない)
チャンスは一瞬、一度きり。クレア様の警戒こそが教えてくれた、唯一の『クレア様が負ける目』。
私という
「生意気ね、フォニカ・スリーグ。私の宝石を汚すのは、そんなふうに笑うほど楽しいかしら!?」
「クレア様こそ。下級貴族の娘をいたぶってそのように笑うのははしたないですよ!」
和やかなやりとり。クレア様の真剣な笑み。きっと私も似たような笑顔を浮かべているだろう。
「〈火防りの砦〉!」
もう一度砦を組み上げる。ただし今度は形状を変えた。トンネルのように積み上げ、クレア様の方向への通路を拵える。さらにもう一手。
「生煉瓦!」
上から撃たれる光線を警戒し、砦の上に泥を塗る。そして、杖を握りしめて駆け出した。
光線で穴が空いた肩からは血がこぼれ……貧血になっていないのは、傷口が灼かれて出血がそう多くないからだ……全身に刻まれた火傷が灼熱感をもたらす。一歩ごとに足は萎えるし、意識は明滅するが、走ることはできた。
ドロテ先生にも感謝する。あの〈紫の銃弾〉の激痛を経験していなければ、ここで気を失っていたかもしれない。……いや、撤回だ。あまり感謝したくない。
「ああああああっ!!」
意味をなさない叫び声を上げて、煉瓦のアーチで作られた狭い通路を駆ける。睨みつけたクレア様はほんの一瞬だけ迷うように杖を揺らした後、高く掲げた。
「頭が高いッ!!」
〈瑚中天〉の輝きがいや増す。宝石中の輝きから伸びた光線が頭上に集まり、一本の光柱となって降ってくるのが感覚できた。
そうとも。一流の魔術師なればこそ、当然、ここは叩き潰す選択を取るはずだった。
(賭けだった)
正面からか、頭上からか。
私の選択は――
(上で、当たりだ!)
既に、杖は上に向けていた。杖先に煌めく、銀の板。
「銀鏡の、重盾!」
泥の塊も煉瓦も貫いて、天罰もかくやの光柱が降る。光が届く寸前に、既に銀の鏡は顕現していた。丸い銀鏡を七枚積み重ねた、対光盾だ。
よく磨いた銀は、金属の中で最もよく光を反射する。繊細な銀を鏡として使う場合は硝子を銀
保護の代わりに、数で強度を稼ぐ。一番上の二枚が最初の接触で断ち割られ、次の三枚が一秒の四分の一の時間で貫かれた。残る二枚の上側がほとんどを反射しながら赤熱して弾け、銀のかけらが走る私に降り注ぐ。背中に突き刺さる熱と爆風に押しつぶされるように地面に倒れる。最後の一枚が、減衰してなお私の胴を貫くだけの威力を保った光線を受け止め、反射し、相討ちとなって砕けた。
「っぎぁ……!」
歯を食いしばっても抑えられず溢れる声。杖だけは手放さずに校庭に倒れ伏せる。
必死に見上げた先で、宝石が弾けた。
鏡が反射した光がぶつかり合い、おそらく制御しようとして杖を振るっていたクレア様が小さく呻く。光同士がぶつかり合い、輝き、弾けて、美しい面を構成していた結界を吹き飛ばした。
概念による宝石は音もなく割れ砕けて、陽光を煌めかせて、消えた。
「…………」
「っ、ひぃ……ぐ。火、よ……」
杖を構えたままこちらを見下ろすクレア様。
杖を握り締めて地面に倒れ伏せ、痛みに喘ぐ私。
杖先に小さな火を灯し、放つ。大魔術を破られた後だ、クレア様とてダメージはあるはず。もう一歩も動けないけれど、杖は放すな……!
「参りました」
「……え?」
クレア様は一歩横に動いて火を避けると、立会人にそう宣言した。
「もう、魔力も残っていないし。何より、〈瑚中天〉を破った魔術師から勝ちを拾うなどというのは、私の矜持が許さないわ。――ゆえに、私は敗北を宣言いたします」
立会人のカジナ先生が頷き、手を掲げる。
「そこまで。クレア・ミナセタの
歓声、悲鳴、観客席からさまざまな声が上がる。伏したまま呆然と見上げる私に、クレア様が手を差し伸べた。
咄嗟に手を取る。激痛を覚えながら、立ち上がった。……この女、肩に穴が空いた方の腕を選んだな?
「次は負けないわ。あなたがどんなに汚らしい泥を撒き散らしても、ね」
クレア様の表情は硬く強張っていて、それでいて声はどこか晴れやかだった。矛盾した感情を抱えながら、しかし矜持のある振る舞いと皮肉を忘れない姿は、まさに貴族というべきだろうか。
ならば、私は勝者として。
「……望む、所、です」
痛みに引き攣る顔で、うまく笑えただろうか。
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