第30話 恋の花
「おー、ノア。遅かったな。」
「すみません。ギャビンと遠くへ行きすぎました。」
集合時間、最後にギャビンとノアが帰って来て、全員が集まった。
ノア達は探索10分で事の真相にたどり着いてしまったので、それ以降は時間を潰すためにギャビンの希望でフラフラと遠くまで遊びに行っていたのだ。
今日はノアを背に乗せて思いっきり飛び回れてギャビンはご満悦である。
「これだけ探して見つからないって事は、何かの条件が揃ってないんだろ。」
「そうですね・・・・。」
「あ、いやそれなんだけど。」
「え、何?ノア。」
誰も何も見つけていない事前提で相談し始めていたが、ノアがおずおずと手を上げて話を遮る。
「たまたまこの辺りに住む精霊獣に会って教えてもらったんだけど。幻の花は夜に見られるらしいよ。」
これはノアなりに考えてギャビンと口裏を合わせた半分作り話である。
幻の花が夜に見られるというのは本当だけど、精霊獣に教えてもらったというのはウソ。
『恋の応援のために妖精が咲かしてくれる光の花』だと最初から知っていたら、感動が半減するのではないかと気を回したのだ。
「夜か・・・帰りが大分遅くなるな。」
アラン王子が渋い表情だ。
「アラン王子の帰りがあまり遅いと、まずいのではないですか?」
キーンが心配気に提案する。
ギャビンとソフィアなら数時間で王都まで帰れるとはいえ、夜までいるのは想定外だ。
王宮の警備を説き伏せて置いてきているだけに、一瞬迷いが生じる。
「・・・・仕方がない。幻の花というのは僕も是非見てみたかったんですが、少し休憩したら帰りましょうか。ここに来れただけで、十分貴重な体験をさせていただきましたよ。」
一番年長なだけあって、キーンが至極まっとうな提案をする。
キーンは今日のミッションの事を詳しく教えられていないので、あまり重要視していないのかもしれない。
「あの!私は見たいです。幻の花。」
そう言ったのはシアだと、最初全員が思った。
姉妹なだけあって声もそっくりだし、この旅を最初に提案したのはシアだからだ。
しかし、声のした方を見た者は全員、その先に意外な人物を見た。
「エ・・・・エマ様。」
「見たいです。せっかくシアやノアが計画してくれたのだし。それに一年に一回しか見られないのでしょう?いえ・・・・私はもう、一生見られないかもしれない。」
その言葉に全員が息をのんだ。
「だからお願い。見たいです、幻の花。」
「うん!私も見たい!見ようお姉さま。」
「・・・で、では僕も!僕も残ります。アラン王子はペガサスで先にお帰り下さい。」
キーン様がクルリと手のひらを反す。
「えーと、お姉さまとシアと、キーン様が残るなら。アラン王子とセオがペガサスで先に帰れば大丈夫かな。」
二人が先に帰れば、四人がギャビンに乗って帰れる。
これで話が上手くまとま・・・・
「・・・・俺は帰るとは言っていないが?」
・・・・らなかった。
そういう訳で、結局全員が残ることになった。
夜まではまだかなり時間があったので、シアのアイテムボックスが大いに役立つ。
普段あまり使わないので意識していなかったが、中を探してみれば簡易テントにクッション、掛け布、ボードゲームに大量の本まで入っていたのだ。
もちろん、いつでも冒険に行けるように飲み物も食糧も大量だ。
「課金してて良かったー!」
「なあに?カキンって。」
「い、いえ何でも。」
ノアやアラン王子はやはり精霊獣の運転(ていうのかしら?)に疲れているらしく、テントの中で休むらしい。
なんだか休日のショッピングセンターでグッタリと休憩している、運転手役のお父さんたちの姿が思い出される。
キーン様は妖精の森に入るまではしなくても、近くまで行って色々な植物を採集しては、シアに保存を頼んだり本と照らし合わせたりしていた。
シアとエマは一緒にゲームをしたり、散歩をしたり、お茶をしながらおしゃべりをしたりと、大いに姉妹の時間を楽しむ。
これほどエマとゆっくり過ごしたのは今までで初めてかもしれない。
そうシアは思った。
年が離れていたので、物心ついた時にはもうエマは王都の屋敷に住んで学園に通っていた。
会えるのは社交シーズン位だったが、シアは冒険に忙しく、第二王子に付き合わされていたエマは社交に忙しかったのだ。
セオはそんな二人を嬉しそうに見守りながら、ゲームに付き合ったり、お茶の用意をしたりしてくれていた。
各自が好きな時間を過ごすうち、ようやく辺りが暗くなってきた。
妖精の森が近いせいだろうか。
色鮮やかなオレンジ色に、紫色が混ざり、オーロラのような不思議な輝きを放っている。
「おー、これは綺麗だな。」
「あ、アラン王子、おはようございます。本当に帰らなくて良いんですか?」
「・・・良いんだよ。」
アラン王子とノアも起き出し、テントから出てくる。
目の前で、景色は刻一刻と変化していく。
オレンジと紫の光はユラユラと混じり合い、少しずつ紫が優勢になったかと思いきや、またオレンジが輝いたりもする。
しかしそのうち徐々に紺や黒が混ざり始めていった。
全員が息をつめてその光景を見守っていた。
そしていつからだろう。
暗くなってきてすぐには気が付かなかったが、目が慣れて良く見てみれば、湖面に大量の何かが飛び回っている。
「・・・・・・妖精!初めて見たわ。」
そう感動の声を上げたのはエマだ。
シアはハッと気が付いたようにキョロキョロと周囲を見回して、エマやキーンの位置を確認すると少しずつ姉から距離を置いた。
『暗いので足元に注意してくださいね。』
それに気が付いたセオも、小声で注意を促しながら一緒にその場を離れる。
エマはその現実とは思えない幻想的な光景に夢中で、シアが離れた事に気が付いていないようだった。
「おい、エマ様のとこへ行ってこい。」
アラン王子が無遠慮にグイグイとキーン様の背中を押す。
「いや僕は・・・・。」
「良いから行け!背中を伸ばせ!胸を張れ!顔を上げろ。お前だってなー・・・。」
「ぼ・・・僕だって!行きたいけれど。でもダメでしょう。だってもう来週には・・・・。」
「つべこべ言わずに、行け!良いのかよ。エマ様がずっと暗闇に一人で立っていて。」
「・・・・!?」
その言葉を聞いたキーンは、弾かれた用に顔を上げた。
そしてもう一瞬だけ逡巡した後、何かを決意した表情で、エマの方へ歩み始めた。
「・・・・アラン王子。ありがとうございます。」
シアやノアだったら、あんな風にキーン様の背中を押すことは出来なかっただろう。
「いや。このくらいのことしか出来ないけどな。」
気が付けば、辺りは完全に夜のとばりに包まれていた。
不思議な事に、月明かりすらない完全な暗闇になる。
右側にアラン王子、左側にセオがいたはずだが、それすら良く見えない。
・・・そういえばノアはどこにいたんだっけ。
そんな事を考えていた時だった。
目の前に、鮮やかな光の花がポンッと咲いたのは。
「あ、花!幻の花!!」
すぐに分かった。
これが幻の花だ。
最初に咲いたその花の色は赤色だった。
よく目を凝らせばすぐ横に妖精がいて、目が合うと悪戯っぽくニカリと笑った。
「妖精・・・妖精がこの花を作っているんだわ。」
一つ、また一つと咲いていく。
水色に金色、銀色に緑色。
きっとそれぞれの妖精の得意属性の色の花なのだろう。
五つ、八つ・・・・二十くらいまで数えたあとは、もう数えきれないくらいの光の花が、辺り一面を覆い尽くしていた。
恐らく湖に反射しているのだろう。
その光のは上にも下にも、360度全てに咲いていた。
まるで宇宙に放り出されたみたいで平衡感覚がなくなり、少し足元がグラついてしまう。
そうしたら、その気配を感じ取ったのか右手をアラン王子が、左手をセオが握ってくれた。
エマとキーンの方を見ると、キーン様もエマを支えてあげているのが、光の花の明かりのお陰で少しだけ見えた。
―――今日、ここに来て良かった。
7年間誰がどうやってもどうしようもなかった婚約は、今更もうどうにもならないだろう。
でも今日、ここに来て良かった。
両方の手をギュッと力強く握りしめて、シアは思った。
―――この時間が永遠に続けば良いのにと。
『光のお花、綺麗!綺麗だねノア。』
「うん。すごく綺麗だね。」
『ノアは、何でこんなに皆から離れて見ているの?』
「え、あ、いやー。・・・・なんでだろうね。」
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