第26話 地の賢者
「おや、皆さんお揃いで。珍しいですねアラン王子、マリウス。お友達ですか?」
「キーンか。まあ学園の奴らだ。課題の相談でな。」
閲覧室から出ると、王宮図書室にある人物がいた。
意外にも警戒心の強いはずのアラン王子と気安い雰囲気だ。
ヒョロリと背が高く、本を大量に抱えているせいか姿勢が悪い。
容姿に全く気を遣っておらず、体格に合わないダブついた服を着ていて何というか、野暮ったい。
灰色の髪は手入れされていないのか、纏めはしているものの、ボサついている。
そして前髪が目にかかっていて表情も良く見えない。
この人物を、シアは知っていた。
前世のゲームの知識でだ。
「地の賢者―――キーン・マッケンゼン!・・・・様。」
「ん?知っているのかシア。・・・ああ、さっき話していたあの。『地の賢者』か。キーンがそうか。こいつは図書室に入り浸っているからこれからここにくるようになれば頻繁に会うことになるぞ。」
そう。乙女ゲームに出てくる攻略キャラクターの一人。
地の賢者キーン。
まさかこんなところで出会うことになるとは。
「地の賢者?僕そんな風に呼ばれているの?あ、でも確かに誰かにそう言われたことある気がするなぁ。お嬢さん、初対面ですよね?」
「し、失礼しました。シアと申します。シア・イーストランド。」
「イーストランド!?そ、それって。」
「ノア!シア!図書室に来ていると聞いたの。何のご用事?」
その時、また新たな人物が図書室にやってきた。
「お姉さま!」
その人物とは、なんとシアたちの年の離れた、大好きなお姉さまだった。
「エ・・・・エエエエエエエマ様。きょ・・・・今日もお綺麗で・・・はい。」
―――おや?地の賢者様の様子がおかしい。確かにうちの姉は世界一お綺麗ですが。
明るいブラウンの手入れされた髪がサラサラと揺れる。
―――うん、可愛い。
「キーン様も!こんにちは。アラン王子とマリウスと・・・・セオにルーカス。皆お揃いね!仲良くなったの?嬉しいわ。」
「エマ様は、今日も婚約者教育ですか?」
「アラン王子。・・・・そうなの。今はやっと休憩になって。ノアとシアに会いたくて、思わず来てしまったわ。お邪魔じゃないかしら。」
「とととととんでもございません。お会いできて望外の喜びです。」
邪魔だなんてとんでもないと、すかさず答えるキーン様。
今微妙にキーン様に向けた言葉じゃなかったような気がするのだけど、それは言いっこなしだろう。
キーン様は我が姉上、エマに会えて望外の喜びに浸っているというのだから。
実は姉のエマは、この国の第二王子の婚約者・・・・の、候補だったりする。
お姉さまが学園に入学するやいなや、クラスメイトであった王子に目を付けられて、婚約者にすると宣言されてしまったらしい。
シアが転生する前の話である。
その時姉は12歳。
そして今は既に19歳。
未だに婚約者候補止まりなのには理由がある。
イーストランドはどちらかというと、第三王子派――つまり正妃とアラン王子派なのだ。
第一王子、第二王子を生んだ側妃は同じ人物で、王子を二人も生んだことで一時期調子に乗りに乗っていた。―――らしい。
そしてその時、側妃派閥に鞍替えしてしまった家も沢山あったのだ。
正妃に男の子が生まれなければ、順当に第一王子が王位を継ぐことになったのだろうから無理もない。
他家に先駆けて側妃派閥へ鞍替えすれば、それだけ恩を売れるし古株として重用されると考えたのだろう。
結構な数の家が側妃派閥になってしまった。
しかし少しばかりその判断は早すぎた。
まさか結婚してから10年以上お子に恵まれなかった正妃に、男子が生まれる事になろうとは。
そうはいってもまだ正妃はギリギリ20代だったというのだから、その可能性は十分にあったはずなのだけど。
イーストランドは穏健日和見主義だったので、完全に第一王子が王位を継ぐまでは動かない構えだったお陰である意味助かった。
・・・・もしアラン王子が産まれなかったら、最後まで日和見だった腰抜けとして貴族界での地位は下がっただろうが、辺境伯には辺境の警護と言う重要な役割があるので、まあ何とかなっただろう。
しかしアラン王子が産まれたからといって、側妃派閥は即解散するにしては数が増えすぎていた。
これだけ大きくなった派閥が後押しすれば、そのまま第一王子を王位に就かせることも出来るのではないか?
アラン王子だって産まれたばかりで、無事に育つかも分からないし。
そんな感じの事を考えたのかもしれない。
そのせいで側妃派閥は中々しぶとく、対立が長引いてしまっている。
さて、そんな中第三王子派のイーストランドの娘が、側妃の子息の第二王子に見初められてしまったのだから大変だ。
どうにかして婚約回避できないものかと、まだ王室に嫁ぐような教育が終わっていませんだのなんだの言って、のらりくらりと何とか引き延ばしているところなのだ。―――7年以上も。
側妃派閥の貴族だって、正妃派の令嬢が王子に嫁ぐことが嫌なのか、妨害してくれるおかげで、何とか今まで婚約を回避出来ている。
しかし学園を卒業した今、婚約者候補として王宮に通う事は避けられない。
引き延ばしながら第二王子ジェームズの心変わりを期待しているのだけど、これが中々諦めてくれない。
と、いうかあのバカ王子、側妃派の令嬢を常に連れまわしてとっかえひっかえ、浮名を流し放題なのだ。
―――はあ~~~~~~~?ムカつく!!
シアは思い出して腹が立ってきた。
―――うー、でも、お姉さま以外の令嬢に靡いてもらわないとそれはそれで困るので、複雑だわ。
浮気と抗議しようにも、まだ婚約していないのだから何も言えない。
逆に「だったら早く婚約しろ」と迫られてしまうだろう。
それは困る。
そのクセ第二王子は次々に火遊びの相手を乗り換えていく。
それなのに!姉を!解放してくれない!!!
エマもう19歳。
社交界ではそろそろ行き遅れと言われる年齢に差し掛かってしまった。
今までの経緯を気にせず、エマに結婚を申し込んでくれる人などいようはずもない。
もうすぐイーストランドの屋敷で行われるお姉さまの20歳の誕生日パーティー。
そこで正式な婚約を発表することが、ついに決まってしまった。
「力が・・・・力が欲しいぃぃ・・・・魔力なら負けないのにぃ・・・・。」
「・・・・そうだな。何もできなくてすまない。」
「あ、いえ、アラン王子が謝ることでは・・・。」
魔力勝負なら負けないのに、権力争いの前に12歳の令嬢は無力だ。
アラン王子はほぼ無関係なのに、姉の事を気にしてくれている様子だ。
―――やっぱり良いヤツじゃないか。
「シア、アラン王子、ありがとう。もう私も覚悟を決めたから大丈夫よ。誕生日パーティーにはいらしてくださいね。キーン様も。」
「・・・・・・・・・・いえ、僕は遠慮します。」
先ほどまで姉に会えて嬉しそうだったキーン様が、いきなりテンションだだ下がりで真顔になっている。
お姉さまの20歳の誕生日パーティーがどんな意味を持つのか。
世事に疎そうなこの賢者様でも知っているのだろう。
「キーン、エマ様の誕生日パーティーに行かないつもりなのか?俺も行くし、行ったらどうだ。」
「・・・・アラン王子、申し訳ございません。研究に忙しいもので。」
「ふーん。」
いくら研究が忙しいと言っても、本当に出ようと思えばパーティーの一つや二つ、参加できるはずだ。
つまり、参加したくないということなのだろう。
賢者様と今日初対面のシアにすら、その理由が何となく分かってしまった。
****恋愛パートに全く興味がなかった数野すみれが読むはずのなかった『遥かな世界』キャラクターファンブックより****
《地の賢者 キーン・マッケンゼン》
灰色の髪と瞳。地魔法使い。攻守両用型。
【攻略ポイント】幼いころから研究に没頭していて容姿の事には無頓着。野暮ったい服装で髪はボサボサ。その為社交界では見下され、それで余計に引きこもって研究に没頭する。しかし知識量は素晴らしく、カトレア王国に日々貢献している。若いころに叶わぬ恋に破れて以来、恋愛には消極的。好感度が上がって、自信がついてきたら・・・・・・・。
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