第23話 危機

「・・・・ダメだ。いくら魔力を注いでも、この靄に吸い取られてしまう。」


ノアが風の魔力を注ぎ、シアが回復魔法をかけ続けても、精霊獣の生命力はぽっかり空いた穴から漏れるかのようにこぼれていってしまう。


見つけた時、生きていたのが奇跡だったとしか言いようがない。

それだけ生命力の強い種だったのだろうが、その命の灯も消える寸前だった。


本当に、もう今すぐにでも、その灯は消えてしまいそうだ。


もう精霊獣に暴れる力などなく、その首は力なくカクリと垂れていた。



「・・・そんな。」

迷った挙句、シアは回復の魔法を止め、光の浄化魔法に切り替える。

いくら注いでもすぐに零れていってしまうなら、ほんの少しずつでも靄を消す方に賭けるしかない。




「おい、聞こえるか。鷲の精霊獣。お前はこのままだと死んでしまうだろう。」

とても聞こえているとは思えない様子の精霊獣に、ノアが優しく語り始めた。

シアの大好きな、優しい声だった。


「もしまだ聞こえているなら、私と契約しないか?契約したら、きっと魔力と生命力を分かち合うことが出来て、生き延びられると思うんだ。」


ノアの言葉にシアは驚く。


「・・・・大丈夫かな?」

ノアの身が心配だった。

こんなに弱っている精霊獣に生命力を分け与えてしまって。


「大丈夫だよ。」

何の根拠もなく、ノアがニコリと笑って頷いた。


セオやルーカスがいれば、絶対に、何としてでも止めていただろう。

でもシアには不思議と止めようという気が起きなかった。


そういえば昔両親が、ノアが精霊獣と契約するときは相談しろとか言っていた気がする。




・・・今のノアの判断なら、きっともう、両親もうるさく言わないだろう。



「・・・・うん。もし何かあっても、私が絶対に回復する。回復ポーションもガブガブ飲んでね。」

「ああ、頼むよ。」



ノアは優しく鷲を抱きしめた。

「さあ、契約しよう。聞こえているだろう?心を開いて、私の魔力を受け入れておくれ。」







*****





せっかくの暖かな光が、注がれるそばからこぼれていってしまう。

鷲の精霊獣は暖かな光が徐々に小さくなり、そして冷たさに塗りつぶされていってしまうことを残念に思っていた。


暖かな何かが生き物に語り掛けている。

何を言っているか聞きたかったけれど、意識を保つことが困難だった。

ただ、もっと大きな光が、暖かさが、生き物を包んでくれようとしている事だけを感じた。


大好きな太陽と、湖の色をした光。


鷲はその暖かな光に身を委ねた。






ノアと鷲の精霊獣を中心にして、柔らかい光が生まれて広がる。


「契約・・・出来たね。」

「ああ。」


冷たくなりかけていた鷲の精霊獣に、暖かさと生命力が戻るのを感じる。



「・・・・・・ノア。」


どんなに魔獣に囲まれたとしてもいつもケロリとしているシアが、強張った青白い顔をしているのを見て、ノアは笑った。

これではどう見ても、シアの方が病人のようだ。



――――魔力と生命力を吸い取る黒い靄が、多少薄れているものの、契約したことでノアの方にまで纏わりついてしまっていた。



「どうしよう。モヤが・・・・。」

「大丈夫。この薄さならすぐにどうこうはならないよ。・・・回復ポーションを出してもらえる?あと悪いけど、光の浄化魔法もお願い。」

「うん。・・・・うん。」


少しでも光の浄化魔法を練習していて良かった。

少しでも、やれる事がある。


少し元気が出たらしい鷲の精霊獣が、ノアに頭をこすり付けてくる。


グルルルゥゥ

喉から甘えるような声が聞こえてきた。

「可愛いな。私の精霊獣だ。」

ノアにとって、精霊獣と契約することは長年の憧れだった。

「うん、可愛い。あとすごくカッコいい!さすがノアの精霊獣だね。」












一方セオとルーカスは、モモちゃんの張ったシールドに囲まれて山を探索していた。


黒い靄はどんどん濃くなっていくようだ。

その根源を探そうと、濃い方を選んで進んで行く。


セオは何かイヤな気配を感じていた。


「・・・ルーカス。さっきから何か感じないか?」

「何かイヤな感じがします。」



濃い靄はウネウネと動いていた。

ただの濃度の差がそう見せているのだろうか。


いや、よく見るとそれは、何かの生き物のように、それぞれバラバラに不規則な動きをしている。




「・・・・魔石が清浄な魔力から作られるように、世界に存在する汚れた気から、魔獣が発生することがあると、聞いたことがある。」

通常は縄張りの中で繁殖して増えていく魔獣だが、ではその魔獣の最初はどうやって生まれたか。


綺麗な魔力が生まれる反動で、どうしても生まれてしまう汚れた魔力。

そこから最初の魔獣が発生するのではないかという論文を、セオは読んだ事があった。



「この方向は・・・・本来なら風と地の魔力が湧き出ていたはずの場所だな。」


セオが地魔法を地面に流し込み、地脈を流れる魔力を探る。


どこかからものすごい勢いで流れ込んでくる黒い魔力の奔流のせいで、地と風の魔力が出てこられなくなっている。

しかし枯れた訳ではなく、出入り口を塞がれているだけのようだ。



「・・・・セオさん。おかしい。これはただの魔力じゃない!」

異変に気が付いたルーカスが焦った声を上げる。


黒い靄のうねりが、もう濃度の差とは思えないほどの実態をもっている。

これはすでに・・・・。


「これはもう魔獣だ!」


ドンッ!!


気が付くと同時にルーカスが攻撃魔法を打つ。

気が付けば周囲を囲んでいたのは既にモヤではなく、黒い大蛇のような魔獣が二人を取り囲んでいる。



ザシュッ!!ザシュッ!!


セオの魔力で地面から生えた棘が大蛇を貫く。


ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!


山火事になるのを恐れたのか、ルーカスは小さな攻撃魔法を連発していた。


「シア様達のところは平気か!?」

ルーカスが叫ぶようにセオに聞く。


「ここよりも大分黒い魔力の濃度が低いので、大丈夫とは思いますが。」


モモちゃんと交換で置いてきたクロエに思念を飛ばして映像を送るように頼むセオ。




「・・・・大変だ。すぐに戻るぞ、ルーカス。」

「どうした!?」



「ノア様が精霊獣を助けるために契約をした。・・・黒い靄がノア様の事も覆ってしまってシア様が動揺している。」








*****






あれだけのモヤに包まれていても辛うじて生きていた精霊獣。

その生命力が尋常ではなかったようだ。


黒い靄に包まれたノアは、それまでの半分以上に薄まっているにも関わらず、見る見るうちに魔力が吸い取られ、生命力が無くなっていく。

すぐに逆転して、精霊獣の魔力をノアに分けてもらっているような状況になってしまった。


グルルルゥ


心配そうに寄り添う精霊獣。

一生懸命ノアの目を開けさせようと頭をこすり付けている。

ノアは契約したばかりの半身、精霊獣を宥めるように撫でてあげていた。

しかしその手は弱弱しく、力がない。



「ノア!ノアしっかりして!寝ちゃだめだよ。」


シアはもう泣いていた。


どうして契約を止めなかったのか。

セオとルーカスなら止めただろうに。

こんなにも。


こんなにすぐに、ノアが弱ってしまうなんて、思ってもみなかった。



どうして。どうして。


セオもルーカスもいない。

私がなんとかしなきゃ。


ノアが死んじゃう。



どうにか―――。何かないか。



「・・・・キャーーーーー!!!!」


部屋の中を見渡したシアは、その窓の外の何かと目が合った気がした。



なにあれは。

何。大量に小屋を囲んでいるのは何。


あれは・・・・あれは大量の、黒い大蛇!!!!



心臓が、ドクドクドクと嫌な鼓動を刻む。





この世界に転生してから、シアはずっと守られていた。

始めのうち、弱かった頃は、護衛をゾロゾロと引き連れて、セオにお膳立てされて、トマトマトどころか、いたずらネズミからすら守られていた。


守られた庭で用意されたミッションをクリアして、どんどん魔力が付いていって。

気が付けばその辺の魔獣には負けないほどの力を手に入れていた。



だけどそれだけ強くなっても尚、今でもずっと、守られ続けていた。

誰かに――皆に。



セオとルーカスがいない中、弱っていくノアを見ながら。


シアは心底恐怖した。



「ダメ。落ち着いて。落ち着かなきゃ。もし、シールドが破れでもしたら――。」

そう自分で言って、青ざめる。


ここにはモモちゃんはいない。

もしシアがシールドを解いてしまったら。


渦巻く大蛇たちに―――。



「助けて・・・・・。」


弱弱しい声で呟いた。

ルーカスやセオに届かないことが分かっていても、それでも漏れてしまった小さな声。


ふと思い出し、髪の毛を結んでいた水の魔石を取って、縋るように両手で握り締める。



「―――助けて。」





そのほんの小さな助けを呼ぶ声を、クロエから送られてきた映像を見ていたセオは、絶望的に離れた場所から聞いていた。





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