第24話 光の人
「クソ!!!どけ!!!!!」
いつも冷静なセオが叫びながら、次々に大蛇を貫いていく。
ルーカスはセオのそんな声を初めて聞いた。
・・・いや、きっと誰も聞いたことがないだろう。
ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!!!!!
もう山火事などどうでも良いとばかりに、ルーカスも焼き払う勢いで大蛇を攻撃する。
しかしドロドロ粘りのある魔力に阻まれて、一撃につき、近くの数匹を焼き払うに留まっている。
「どうして!!どうしてあの二人と離れたんだ。山の探索なんて一人で良かったのに!!」
セオの叫びに答える者はいなかったし、答えを期待してもいなかった。
映像の中で、シアはもう限界だった。
今にも動揺して、そしてさすがの魔力も底を突いてシールドが解けてしまいそうだ。
こちらはシアの精霊獣である、モモちゃんに強固に守られているというのに。
「モモ!シア様が限界になったらこっちのことはどうでも良いから、シア様の方へ行けよ!」
「セオさん、落ち着いて!!とにかく、出来る限りの速さで、進もう!!」
「分かっている!!」
モモちゃんのシールドが無くなれば、セオとルーカスはたちまち黒い魔力に覆われて無事では済まないだろう。
だがそんな事はどうでも良かった。
*****
鷲の精霊獣は焦っていた。
初めて手に入れた暖かな光の輝きが、どんどん失われていってしまう。
グルルルゥゥ グルルルゥゥ
甘えるような声を出しながら、暖かさを分け与えてくれた人間に何度も頭をこすり付ける。
さっきまでは弱弱しいながらも頭や体を撫でてくれた手も、今は力なく垂れ下がっている。
「ノア!!ノア!!!!!」
似た光を持つ人間が、必死に魔力を流している。
鷲の精霊獣も一生懸命魔力を流し込むけれど、もうすぐその光が完全に消えてしまうことが分ってしまった。
どうにかしなければ。
どうにか。・・・・どうやって??
鷲の精霊獣とお日様のような人間に、しつこく纏わりつく黒いモヤ。
小屋の外もその靄が覆い、うねっている。
大好きな山を枯らし、鷲の家族達を追い出したモヤ。
―――せっかく手に入れたこの暖かな人間も連れて行くつもりか!!!
鷲の精霊獣は、自分の中にかつてないほどの怒りが生まれるのを感じた。
そしてその怒りと一緒に・・・・自分の中に何か別の、膨大な力の塊もあることに気が付いた。
―――黒い靄め!!邪魔だ!邪魔だ!!!こいつのせいで!!!!!
山の地脈に風の魔力を流して黒い魔力の湧き出る穴を塞ごうとするが、黒い魔力の勢いに負けて途中までしか流せない。
―――いや、違う。この程度の魔力など。
精霊獣にはなぜか分かった。
―――この程度の黒い魔力など、私のこの力をもってすれば、何の邪魔にもならないはずだ!!
鷲の精霊獣は、自分の奥底に眠る力を引っ張り出す。
思えばあれほど黒い靄に覆いつくされて曲がりなりにも生きていられたのは、この膨大な力の塊があったからかもしれない。
早く!!早く!!!!
この人間が、生きているうちに!!!
奥から引きずり出された力はどんどんどんどん広がって、ついには体の外まで眩しい光が溢れだした。
よし。この光を流し込めば。
「何この光。・・・・え!?あなたは!!」
人間の女の方が、鷲の精霊獣・・・だったものを見て驚いている。
何をそんなに驚く事があるのだろう。
精霊獣は力を山中に行き渡らせ、そして黒い魔力の溢れる穴をついに覆い尽くして流れを止める事に成功した。
逆に詰まっていた風と地の魔力の入り口の蓋をぶち破る。
山の地脈に、何か月ぶりかの正常な魔力が流れ始めた。
力が溢れると同時に、精霊獣と人間を覆っていた靄など吹き飛んでいた。
「ノア!!良かった。これで普通に回復できる。」
グルルルゥゥ
女が太陽の人間を回復させていく。
期待に精霊獣の喉が鳴った。
グルルルゥゥ グルルルゥゥ
「ノア!!」
「・・・・・・シア?」
人間が目を覚ました。
グルルルゥゥ
『こっちを見ろ。人間。』
精霊獣は、自分の発した言葉が、人間の言葉として思念で届いたことに気が付いた。
「・・・・・・君は?」
グルルルゥゥ グルルルゥゥ
―――こっちを見た!!
精霊獣は、嬉しくて人間の胸にグリグリと頭をこすり付ける。
『さっき契約した。お前の精霊獣だ。』
「え・・・・さっき契約したのは・・・・。」
「ノア、私も驚いたよ。まさかあの鷲が、Sランクの精霊獣、グリフォンだったなんてね。」
そこにいたのは、乙女ゲームでも入手条件が不明とされているSランク精霊獣。
鷲の頭と翼、そしてライオンの身体を持つ伝説の生き物グリフォンだった。
「グリフォン!あの伝説の!??」
精霊獣好きのノアが頬を紅潮させる。
『人間!人間生きている。良かった!嬉しい。嬉しい。大好き。』
グルルルゥゥ
言葉が通じるようになって嬉しいグリフォンは、次々と思念を飛ばしてくる。
喉はずっと鳴りっぱなしだ。
「人間て・・・・私の名前はノアだよ。こっちは妹のシア。」
『ノア!ノア大好き!!シアは妹!』
「うん。君の名前は?」
『名前ない。付けろ』
「私が付けて良いの?」
『ノアが良い。付ける。』
ノアとグリフォンの会話を聞いていて、シアは羨ましくなる。
いつもグリグリと頭をこすり付けてくるモモちゃんも、話せたらこんな感じなのだろうか。
「うーんそうだな。鷲・・ライオン・・・レオ・・・・いや、ギャビン。ギャビンはどう?」
『ギャビン!ギャビン気に入った!ノアありがとう。嬉しい。名前嬉しい。』
『大好き!大好き!大好き!』
「あ、ギャビン。大きくなっているから気を付けて。ノアを潰さないようにねー。」
グリフォン・・・ギャビンは、気が付けばノアやシアよりもずっと大きくなっていた。
2メートル以上は優にある。
鷲の時の感覚で飛びついては、ノアを潰してしまうだろう。
『ノア、背中乗れ。空を飛ぼう。』
ギャビンは、自分のお気に入りの空の上の景色を、ノアに見せたくなった。
「えっと・・・・。」
「黒い靄さえなくなればもう体調も大丈夫そうだし、行ってこれば?セオ達が帰ってくるかもしれないから、私はクロエと小屋で待っているよ。」
身体全体でノアへの愛情を表現するギャビンが可愛くて、シアがそう提案した。
こんなに大きくて立派な体なのに、言動は完全に子犬のようだ。
まだ若い精霊獣なのかもしれない。
「深緑の森のミッションは・・・。」
「ミッションクリア!!!・・・・うん。出来た。ギャビンが黒い魔力を止めてくれたから、もうクリアしたよ。ギャビンと出会う事も、ミッションのうちだったのかも。」
「そっか。」
「うん。ノアがギャビンと契約して助けてくれたから、クリアできたんだよ。そうじゃないと、あの黒い魔力に対抗できる力は今の私たちに無かった・・・。」
次々と溢れ出る黒い魔力。
結局全く対抗できなかった。
5年後、闇の竜を覆うだろうその黒い力。
その頃には何か対策が生まれているだろうか。
『早く乗る!乗る!飛ぶ!!』
「ははは、分かったよギャビン。行こう。」
外に出てみると、黒い靄はもうほとんどなくなっていた。
靄から生まれた大蛇の魔獣は影も形もない。
所々に、薄い影の残渣がユラユラと浮いている程度だ。
乗りやすいように地面に伏せるギャビンにノアがフワリと跨る。
ギャビンはすぐに起き上がり、力強く地面を蹴ったと思ったら、一人と一匹はもう遥か上空に飛び上がっていた。
「今度私も一緒に乗せてねー。」
その姿を見送りながら、座り方が完全に猫と同じだったな、とシアは思った。
香箱座りというやつだ。
そういえば体の部分はネコ科のライオンだ。
それにしても、ゲームでも本当にいるかすら分からない、ネットで探しても目撃例すらなかった――基本的にSランクの精霊獣は全部そうなのだけれど――グリフォンと契約するとは。
「さっすが、私のお兄ちゃん!」
「シア様!!!!」
その時、背後からセオの声がした。
黒い靄が無くなって、スムーズに帰ってこられたのだろう。
「あ、セオ、おかえ・・・・・。」
振り向いたシアの言葉が途中で止まる。
とっさに何が起きているのかが分からなかった。
暖かくて、力強い何かに包まれている。
ほんの一瞬のあと、それがセオの腕の中だと気が付いた。
「・・・・セオ。」
「良かった、ご無事で。・・・・危険な目に合わせて申し訳ありません。」
トクトクトク
聞こえる鼓動は、セオの胸の音だろうか。それともシアのものだろうか。
とても安心する音だった。
もう安全。
その音を聞いているうちに、シアは自分が今までもの凄く緊張していたことに気が付いた。
「セオのせいじゃ、ないよ。」
「モモちゃんを借りて、ルーカスまで連れて行って・・・何をやっているんだと自分を殺してやりたくなりました。」
「だって、そっちの方が大変だったかもしれないし。」
そう。たまたまシアとノアの方が危機的状況になってしまっただけで、あの時は山の探索の方が危険度が高いと判断しても仕方のない状況だった。
セオが間違っていたわけではない。
「怖かったですね。」
潰してしまわないように優しく、大切にシアを囲い込み、魔石の取れた髪の毛を優しく撫でながら、セオが言った。
「・・・うん、怖かった。」
「もう二度と、シア様をあのような目に合わせません。」
「・・・・・・うん。」
これから時が進み、ゲーム開始の時期になれば、危険なミッションは増えていくだろう。
だから二度と危険な目に合わせないなんて、できるかどうかなんて分からない。
分からないだろうけど。
「うん。セオ守ってね。」
「・・・・・・・・はい、必ず。」
・・・・その二人の様子を、とっくに追いついていたルーカスが、何も言えずにただ、じっと見つめていた。
*****
『ノア!ノア見て!』
ギャビンは、いつものように、翼を気持ちよく広げて大空を飛んでいた。
しかし今日、いつもと違うのは、背中に暖かい光を乗せている事だった。
「すごい!ギャビンすごいな!!」
ノアの嬉しそうな声に、ギャビンはもっともっと嬉しくなる。
ノアが飛ばされないように最初は気にしていたが、ノアは自分の風魔法でうまく調整して風を流しているようだった。
眼下の景色が飛ぶように流れていく。
『ノア見て!ノアの目と一緒!』
そこには大きくて深い湖があった。
ギャビンの大好きな緑がかった水色の。
これから、もっともっと大好きになるだろう色の。
「綺麗だね。」
『うん!綺麗。』
ギャビンはなぜ自分がこの世界にいたのか分からなかった。
妖精界にいるはずなのにと、他の精霊獣に教えられてからは特に。
なぜ一人ぼっちでこの世界にいたのか。
だけど分かった。
このお日様の人間に会うためだったんだ。
ノアに会うために。
『でもノアちょっと遅い!もっと早く会いたかった!』
「ええ~。何それどういう事?」
一人と一匹は、満足するまで、いつまでも、どこまでも続く空を自由に飛び続けた。
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