第35話 金の瞳の悪魔
闇の暗殺者レンへの対応についてだけど、全員で相談した結果結論としては好感度上げられそうだったら上げよう、という事になった。
理由の一つ目は闇の竜対策。
アラン王子はじめ攻略対象者はことごとく魔力量が多く、一緒にミッションをこなすとたちまちのうちに成長していく。
『闇の暗殺者レン』も攻略対象。五年後に貴重な戦力となる可能性が大いにある。
そして二つ目の理由。
それは・・・レンは、生活のために盗みを働き、捕らえられて無理やり暗殺者集団に入れられているはずだから。
暗殺者集団を滅ぼし、洗脳を解いてあげられるものなら解いてあげたい。
三つ目。
どうせ放っておいてもレンの方から近づいてくるはず。
だってその為に転入してきたはずだから。
ターゲットは最終的にはアラン王子だろうけど、その途中でシアも他の皆も狙われる可能性がある。
その時は、返り討ちにする?
いざとなったらそれもやむを得ないだろう。
でも好感度を上げることでそもそも襲われる事を未然に防いで仲間にできるなら、したいというのが大方の意見だった。
「今日は魔獣退治の実習をいたします。」
魔術の授業の時間。
もう引退した元魔術師の優しそうなおじいさん先生が、たくさんのライラットが入ったケースを前に、穏やかに宣言した。
ライラット。
要するに前世で言う実験用ラットの様な飼いならされた極小魔獣だ。
貴族は庶民よりも大抵魔力量が多い。
魔力量が多い方が様々な方法で活躍しやすく、そうして活躍した者が徐爵されて爵位を与えられてきたのが大方の貴族家の始まりだ。
今でも庶民に突出した魔力を持って生まれたりすると、貴族家の養子になるなり、ルーカスの様に特例で貴族の学園に入学したりで取り込んでいき、ますます魔力量の差が付いてくる。
そして魔力量の多い者が魔獣を駆除していくのは自然の流れであり義務でもある。
その対価として、庶民がコツコツと稼いだお金から税を貰って贅沢をさせてもらっているのだ。
何が言いたいかといえば、おしとやかそうな貴族令嬢と言えど、学園で一度は魔獣を倒す練習しとけという授業ということだ。
この授業は毎年1年生で行われる通過儀礼らしい。
騒ぐ令嬢の一人や二人いるかと思えば、皆毅然として冷静だ。
きっと全員この授業の事を知っていたし、貴族としての義務も教育されているのだろう。
「皆さん、入学時のテストで自分の得意系統の魔法は分かっていますね?今日の授業では、ライラットを自分の得意系統の魔法の特徴を活かして退治してもらいます。全員に最低一匹は退治してもらいます。それでは君から。」
一番前に座っていた生徒が指名される。
指名された男子生徒は、最初に実演することに多少顔が強張ったものの、すぐに前に歩み出て固めた土の棘でライラットを一突きしてみせた。
どうやら土魔法が特製のようだ。
トップバッターを立派に勤めてみせた。
それからは風の刃を使う者、火で丸焼きにする者など、次々と無難に続いていく。
予習はばっちりといったところか。
「次、君。」
ついにシアの番が訪れる。
シアは水の特性を活かしたシールドが得意だけれど、普段は攻撃魔法はルーカスやノアにお任せだ。
・・・最近ではアラン王子とかも。
水でライラットを包んで窒息死させることも一瞬考えたが、あまり苦しめたくはないので他の方法を試す事にする。
前世の世界で聞いたことだけはある『ウォーターナイフ』と言う言葉。
確か水圧で切断する工業用の水のナイフ。
その情報だけをヒントにシアが編み出し練習した水の攻撃魔法だ。
大量の水をギュッと圧縮した薄い刃を想像する。
それを一瞬で一気に滑らせる。
すぱん。ことり。
ライラットの首が落ちた。
・・・・・・・・・窒息の方がいくらかましだったかもしれない。見た目が。
水魔法の得意な子は皆そうしているし。
「うん?・・・・・・うむ。み、みごとだ。次。」
おじいさん先生は、少し不思議そうに首をかしげたが、あまり気にしないことにしたらしい。
良かった。
「次、君。」
次はレンの番だった。
闇魔法を得意な者は光魔法と並んでとても珍しい。
誰もが見た事がない馴染みがない魔法に、暇そうにしていた生徒たちの視線が一斉に集中する。
レンはいつもの無表情で教室の前まで歩き出ると、ライラットを前にする。
闇魔法ってどんな魔法だったっけ。
確か、夜の闇のように、生きとし生ける者に癒しを与えるものだったはず。
―――その特性ではライラットを倒すことは難しそうだ。
あとはどんな特徴があったかな。
あ、確か、闇の竜は魔力を吸収して―――。
レンがライラットに手をかざすと、そのライラットは何かを吸われていき、みるみるうちに元気をなくし、すぐにミイラのように、生気を失ってこと切れた。
ざわざわざわ。
教室が静かに騒めく。
―――魔力を吸収されすぎると、ミイラのようになって死んでしまうのね。
シアは冷静に受け止めていた。
丸焼きだって、窒息だって、残酷だけど。
皆知識としてあって覚悟していたり、ある意味貴族として見慣れた魔法であった。
シアの水のナイフはスルーされたけど(実は超画期的な新魔法お披露目の瞬間だったのだけど)、風のナイフがあるので見た目自体は目新しくも何ともなかった。
でも誰もが見た事もない魔力を吸われた亡骸を前にした生徒たちは―――
ざわざわざわ。
―――魔力を吸収されるの?
―――なんだあれ。カラカラに干からびている。
―――あいつを怒らせたら、あんな風にミイラにされるのか??
静かに、よく聞きとれないほど潜められた声で、教室中が動揺した。
おじいさん先生も、固まったまま中々次の生徒に声を掛けない。
―――悪魔みたい。
誰かが呟いた。
珍しい黒髪に、金の瞳という容姿も、そのイメージに一役買ってしまった。
悪魔。
悪魔だ。
―――――あいつは――――――まるで金の悪魔のようだ。
「えええ!!ちょっと、ちょっと待ってよ。良く考えて?丸焼きの方が怖くない??アラン王子を怒らせたら丸焼きにされるのかって言っているようなものよ?しかもアラン王子怒らせたら国から睨まれるんだからもっと怖くない?」
ごく静かな動揺のさざ波に、シアの無神経な大声が響いた。
「自分で言うのもなんだけど、ナイフで首切り落とすのも中々残酷よ?干からびるのも怖いけど、棘で刺されるのも丸焼きも切り落とされるのも同じくらい怖いわよ!!」
しーーーーーーーん
あまりの沈黙に耳が痛い。
「シア?誰も何も言っていないわよ??」
隣の席のイザベラが。
明らかに隣のシアに話しかけるには大きすぎる、まるでクラス中に言い聞かすかのように声を張り上げた。
「誰も、何も、言っていないわよね?」
その言葉に返事をする者は誰もいない。
「そうよね。丸焼きにするのも、首を切り落とすのも、棘で刺し殺すのも、魔力を吸い取るのも、相手が魔獣と言えども残酷なことね。でもね、そうやって魔獣を間引きしないと人間は生きていけないのだし、魔力量の多い貴族が率先してその役割をこなさなければならないの。その代わりに領地の領民からお金を集めて、こうやって贅沢な暮らしをさせてもらっているのだわ。それが貴族の義務なのよ。」
教室の空気が変わった。
先ほどの動揺がウソのように、皆の表情が引き締まる。
貴族の役割、プライドを思い出したようだ。
「あ、はい。そういうことで。」
ハッとして思わず敬語になる先生。
毎年この授業の最後の最後で先生が諭すはずの決め台詞をイザベラがバッチリと決めてしまった。
「・・・イザベラ。姐さんて呼んで良い?」
「イヤよ。何言ってるの?」
シアの言葉に、うっすらと頬が赤らむイザベラであった。
好き。
遥かな世界の物語 kae @kae20231130
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