第34話 転校生

「季節外れだが、今日は転校生を紹介する。珍しい闇の魔法に適性があるらしく、特例での編入となった。レン君だ。皆仲良くするように。」



 先生に連れられた教室に入ってきたのは、黒髪に金の瞳の線の細い美少年。


 美少年なんだけど、顔の筋肉がピクリとも動かない無表情。

 目も死んでいる。



 ―――闇の暗殺者レン。


 え!!?なんでこのクラスに?

 確かアラン王子を狙ってアラン王子のクラスに入ってくるんじゃなかったっけ???


 えーーーーーーーーーーーーーーーーーー????






「あの子結構可愛いわね、シア。」

「う、うん。」


 隣の席のイザベラが、少し嬉しそうに声を潜めて耳打ちしてくる。


 ど、どうしましょう。











 お昼休み。

 いつものようにお気に入りのテラスのテーブルに向かうと、シア以外は既に全員揃っていた。


「えー、お話があります。」


 この場合の話とは、ミッションとか乙女ゲームとかに関する話という意味だ。

 別に雑談ならわざわざ宣言する必要はない。


 改めて放課後に集まっても良いけれど、セオとキーン様以外のメンバーが何も言わずとも揃っているのだからここで話してしまった方が良いだろう。

 話は早い方が良い。



 セオがいないので、私かマリウス様が音も遮断するシールドを張ることになる。


「セオさんの様に自然なシールドは張れませんけど。」

 そう言ってマリウスが私たちのテーブルにだけシールドを張ってくれた。


 そうなのよね。

 私やマリウスでも音や気配を遮断するシールドを張れるけど、いかにも「シールド張ってます!!」という感じになってしまうのだ。

 お昼休みに普段張らないシールドを張って食事する王子達ご一行。


 怪しさ満載だ。



「今日、闇の暗殺者が、私のクラスに転校してきました。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 その場に重い沈黙が降りる。


「闇の暗殺者って、確か俺のクラスにいつか転校してくるとか言ってなかったか?」

「そのはずなんですけどね。」


 本来ならアラン王子のクラスに転校してくるはずの闇の暗殺者がシアのクラスに来た。

 どうやらシアの知っていた乙女ゲームと、少しずつシナリオが変わってきてしまっているようだ。


「でも本来ならキーン様だってお姉さまに失恋して恋に臆病になっているはずでしたし。私が知っているシナリオ通りに未来が進むとは限らないようです。」


「そうか。まあゲーム開始頃なら18歳で転校してくるはずだしな。」

「あ、いえそれは。ゲームでもアラン王子が13歳の頃に転校してくる設定でしたよ。五年間クラスメイトとして一緒に学生生活を送って、少し信頼し始めた頃に裏切られてアラン王子が増々人間不信に・・・・。」



「五年間掛けて・・・・信頼しかけたところを・・・・裏切るだと?」


 アラン王子が何やらものすごいショックを受けて、マリウスがポンポンと背中を叩いて慰めている。

 うん。考えてみたらそれすごい可哀そう。



「マリウス・・・お前は・・・お前は本当に大丈夫なのか・・・?」


 などと呟いている。

 どうやらトラウマが蘇ってしまったようだ。



「まさかそいつに俺が殺される可能性なんてないだろうな。」

「・・・・・・・・・・・・・。」


 数多くあるルートの中に・・・・そんなルートもあったようななかったような・・・・・。


「おい!」

「な、ないですよ。ほとんど。」

「ほとんどってなんだ!あるんだろうが!?」



「いやーでもおかしいですよね。私のクラスに転校してくるって。一体何が目的なんでしょう。」



 その言葉に、全員の視線がシアに集まる。

「いや目的ってそれは・・・シアなんじゃない?」

「え、私!?なんで??」


 ノアの言葉に驚く。

 しがない辺境伯の娘に何の用があるというのだ。

 イザベラの方がまだ分かる。

 アラン王子の従妹だし、仲もそこそこ良好みたいだし。



「だってこの前の姉上の誕生日パーティーで、シアはアラン王子とずっと踊り続けていたじゃないか。」

「ああ、あれ。どんなにメチャクチャに踊っても何とかしてくれるから面白くて。気が付いたら最後の曲が終わっていたのよね。」


「・・・・・・・・・・・・・・。」


 なんだか皆がよそよそしい。

 視線をキョロキョロと動かし、何やら目線同士で会話している。

 え、何?何???


「シアは社交界のマナーにあまり詳しくないようですね。」

「はあ。普段ほとんどパーティーなんて出ませんから。」


 誰も何も言わない時間が過ぎ、ついに渋々といった形でマリウスが口火を切る。


「普通は同じ相手と踊るのは多くて三曲まで。何曲も続けて踊るというのは決まったパートナーだと社交界に宣言したようなものです。」

「決まったパートナー。」

「つまり恋人か婚約者。」


「こ・・・婚約者ですって!!!」


 衝撃の事実である。


「え、そんな話聞いたことないんですけど。」

「あー・・・シアがほとんどパーティーに出ないから、逆に誰も教えてなかった・・・かも。」

 兄として少し責任を感じるのか気まずげなノア。


「でもノアといっぱい踊ったことあるし!」

「身内は良いんだよ。・・・そういえば、あの日も本来なら私がシアと踊る手はずだったんだ・・・・。いやでも、まさか知らなかったとは。」



 え、ちょっと待って。

 私社交界中にアラン王子と付き合ってる宣言したってこと?

 いや待て待て。え、おかしくない?だって。


「アラン王子はそのマナー知ってたんですよね?なんで途中で止めないんですか!!」


 そうよ!なんで教えてくれなかったのよ。

 せめて何曲か毎にノアとパートナーを交代していれば。


 そう言うと、全員の視線が今度はアラン王子に集まる。

 それまで不自然なほど重く黙り込んでいたアラン王子に。


「いや、ダンス勝負の挑戦されていたみたいだったから。・・・途中で逃げられるか!」


 そ・こ・は・逃・げ・ろ・よ!!!


「逃げて下さいよそこ!!どうすんですかあなた王子でしょ!!?」

「知らん!まだ12歳だしギリギリ子どもだろ。セーフだセーフ!!」


「え、そうなの?12歳ならセーフ???」


 アラン王子の言葉に一瞬安心しかけるも。


「あー、うん。・・・だと良いね。」

 ノアの反応にアウトだと確信する。


「いや!でも待って!今週学園に通ってても、誰も何も言ってこなかったし。皆意外と気にしていないのかも。考えてみればただの伯爵家のパーティー。招待者の数もたかが知れているわ。」


 そうだ。

 イザベラはじめ、クラスメイトは全然いつも通りの態度だし。

 普通王子と交際宣言したとなったら大騒ぎになるものよね?

 妬みもイジメもこれまでの比ではないはず。

 きっと大して気に留められなかったのだろう。


「それに上級生のお姉さま方なんて、いつもより優しかったぐらいよ!普通もっと苛められててもおかしくないですよね?」


「・・・・それ、未来の王子妃相手に優しくしておこうかと方針転換したんじゃないですか?」


 マリウスのその言葉に。


 今度こそ、深く深く撃沈するシアであった。







 短い昼休みに結論が出るわけもなく。

 五年間も潜伏するような奴だったら今日明日どうこうすることもないだろう。

 今度皆で集まってゆっくり対策を考える。

 それまでに各々で対策を考えようということで解散した。



 さすがに授業中に理由なくただの伯爵令嬢が堂々とシールドを張り続けるわけにはいかない。

 そんな特別待遇、王族だってしていない。


 まあシアなら何があっても対処できるだろうという事で各々の教室に向かおうとしていたその時。




「シア様。暗殺者が転入してきたことセオさんに連絡してください。」

 いつになく真剣な様子で、ルーカスがシアを呼び止めた。

「え、今?帰ったら話すよ。」

「今、連絡してください。セオさんに。」



 ルーカスがシアに意見するのはとても珍しい。

 シアは少し考えて、まずはモモちゃんに思念を送る。

 自分の契約した精霊獣であれば、話すことはできなくても契約主の意向をかなりの部分で感じ取ってくれる。


 シアの意向を受け取ったモモちゃんが、クロエを呼び出してくれた。


 クウッ!

 相変わらずスラリとした体と艶やかな毛並みの美キツネちゃんだ。

 来てくれたお礼と癒しを兼ねて、クロエお気に入りのゴッドハンドのマッサージをしてあげる。

 クロエは気持ち良さそうに目を細めた。


「来てくれてありがとうクロエ。セオに伝えてくれる?今日私のクラスに闇の暗殺者が転校してきました。また後日、皆で対策を相談しましょうって。」


 キュイッ!


 自信ありげに一声鳴くと、クロエはあっという間に去って行った。


 これできっと、映像記録を見せるなりなんなりして、セオに伝えてくれることだろう。


 せっかく学校で会えたのだから、もう少しモフモフしたかったなー。

 でももう少しでお昼休みも終わってしまうし、仕方ないか。



「ルーカス。セオに連絡したよ。」

「・・・・はい、良かったです。それでは。」


 シアがしっかり連絡するのを見届けてから自分の教室の方向へ歩き出すルーカスの後姿を眺めながら、なんとなく、シアへのルーカスの対応が最近変わった事を感じていた。


 今まであまりシアに対して意見など言わなくて、緊張していた様子だったけど。

 今日のルーカスはシアの目を見て意見をしてきてくれた。

 対等になれたようで、シアはそれがちょっと嬉しかった。




 もう既に学生たちの姿はない。

 皆もう自分の教室に戻ったのだろう。



 シアも淑女として走らない程度に教室へと急ぐ。

 その途中、ふと、優しい魔力に包まれたのを感じた。


 魔力量の少ない者には認識できないくらい目立たないシールド。

 きっと先生にも注意されないだろう、とても繊細なそれ。


「ふふ。セオだ。」


 どれだけ遠隔から操作しているのだろう。

 大変だろうに。


 そう思いながらもシアは、自然と頬が緩むのが抑えられなかった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る