第33話 闇の暗殺者

「どういうこと!!どういうことなの!?ワイアットがアランに付いたというのは!!」


 王宮のとある一室で、神経質そうな女性の声が鳴り響いた。

 鳴り響いたといってもその一室の中だけの話で、完璧な防音シールドが、音が外へ漏れる事を防いでいる。


「い、いえ。ワイアット殿下はアラン王子に付いたのではなくて、キーン様と婚約されたエマ・イーストランドを守ると宣言しただけで。」

「そんなのもうほとんどアラン王子に付いたと言ったようなものじゃない!!!エマ!あの小娘が。ジェームズとの結婚を認めてやったというのになんという恩知らずな!」


 激高する貴族の婦人に、委縮してオロオロとする使用人たち。

 その婦人は元は美しかったのだろうが、年月と共に深く刻まれた皺が、性根の醜悪さをその顔に描いている。



 その女性は国王の側妃、第一王子と第二王子の母であり、一時期国母になるのは確実だともてはやされていたザラ・リヒラートその人だった。




「ローガン!ローガンはどこ!?」

「はい、こちらに。」


 それまで影も形も見えなかった黒装束の男が、ザラの呼びかけにまるでそれまでもいたかのように自然に現れた。

 使用人たちは何度か経験していたが、何度見てもこのどこから現れるか分からない男が気味が悪くてしかたがなかった。



「どうして、アランはまだピンピンしているのかしら?」

「申し訳ありません。アラン王子はとても警戒心が強く中々近づける人物がおりませんので。物理攻撃も、王宮では警備が厳しく学園ではオーレンドルフの息子がシールドを張っていて。」

「マリウスね。あの小僧。」


「しかし最近、アラン王子が何人か側に寄る事を許可している人物がいるようです。」

「・・・・・続けなさい。」


「はい、一人はノア・イーストランド。アラン王子のクラスメイトで非常に繊細な風魔法の使い手です。次にルーカス。庶民でありながら攻撃魔法が突出しており、既に当代一の使い手と名高い。この二人は取り崩すのが少々難しいかもしれません。」


「それで?」

「そしてもう一人。シア・イーストランド。今年入学したばかりで魔力量などはまだ未知数。どうやら水系の守備に優れている様子。とはいえマリウスほどではないと推測されます。また先日のイーストランドのパーティーで、アラン王子と最後までダンスを踊り続けたとか。・・・・狙うならここかと。」




 イーストランド。またイーストランドか!!

 エマが可愛いジェームズを誑かしたばかりか、妹はアランに近づくとは姉妹揃って卑しい奴らめ。


「伯爵家の令嬢では警護もないも同然でしょう。近づくならうってつけです。」

「そのシアとやらに近づいたところで、どうやってアランをどうこうするのかしら。」

「それは如何様にも。どうやらアラン王子は格別にシアを気に入っている様子。どう転んでも、近づいておいて損はありません。」



「そう。それで?そのシアとかいう娘、社交界でほとんど名前を聞かないけれど、どうやって近づくつもり?学園の職員は身元調査が厳しいのでしょう?」


「おい、レン出てこい。」

「はい。」


 男の呼び声に、また一人、どこからともなく黒装束の人物が現れる。

 大きなフードに隠れていて顔は良く見えないが、随分小柄だ。まだ子供なのかもしれない。



「こいつなら学園に生徒として入学できるでしょう。世にも珍しい、闇魔法の使い手です。」

「闇魔法?闇魔法なんかでどうするの。」

「攻撃や守備が例えどんなに優れていても、人間誰しも夜は寝るものです。気持ちよく眠っているうちに、永遠の闇が、奴らを包み込むことでしょう。・・・・・頼んだぞ、レン。」

「は。」


 レンと呼ばれた少年は、全く感情の読めない無機質な声で返事をした。






 *****






「おいユズキ。シナリオどこまで進んだ?」

 小倉柚希。駆け出しのゲームシナリオライター。


 マンションの一室でギュウギュウに机と人を詰め込んだような小さなゲーム会社で働いている。



 ゲームのシナリオって何か楽しそうじゃん?

 ゲームって楽しいものだしさ。

 それにちょっとシナリオライターって響きが格好良いし。


 それでやってみたいなってガキの頃からずっと思ってて。

 周囲にもずっとそう言っていて。

 本当に小さなゲーム会社に就職できた時は、周囲も「すごいな!」って褒めてくれた。


 でもすぐに分かったね!

 その「すごいな!」が、「(マジでこんな弱小ゲーム会社に新卒で入社する気か)すごいな!」って意味だったんだと。


 とにかく給料が安い。

 あと寝れない。

 家帰れない。

 おうち帰りたい。


「柚希がしたいことなら応援するよ」と優しく言って弱小ゲーム会社に就職することを喜んでくれたパパンとママン。

 止めてくれても良かったんだぜ??




 ゲームの分岐の数だけストーリーと会話がある。

 それを全部被らないように書いていかないといけない。

 えーっと、今何パターン目だっけ。

 全く働かなくなった脳で考える。


 あとこれちょっとエロっぽくしないといけないんだよな。


 決して18禁ではない。

 ないのだけど、少年たちが食いつくほどのエロを添えないといけない。


 年齢=いない歴だというのに、どうやって書けと???


「えーと、・・・あー、どこまで。どこまでだこれ。三人。三人目までは。」

「おーい、三人目って誰だよ。さすがに頭回ってないぞ。10分寝てこい。」

「はあ。」


 10分ですか。

 何かちょっと優しい感じ醸し出してるけど、実は鬼だな?

 今日も10分しか寝るなってことだな?


 柚希はフラフラと立ち上がり、薄いパーテーションで囲って毛布が置かれただけのスペースに潜り込んだ。


 満足に足を延ばす事すらできないこのスペースが、柚希の最近の寝床だ。


 寝転んだ瞬間に目の前が真っ暗になり意識が遠のく。


 あー、ヤベ。まだタイマー掛けてないのに。

 ま、いっか。そのうち誰かに起こされるだろ。


 そう思ったのが、最後だった。








 *****










「伯爵家の令嬢では警護もないも同然でしょう。近づくならうってつけです。」

「そのシアとやらに近づいたところで、どうやってアランをどうこうするのかしら。」

「それは如何様にも。どうやらアラン王子は格別にシアを気に入っている様子。どう転んでも、近づいておいて損はありません。」




 ふと気が付けば、何やら物騒な会話が聞こえてくる。


 えー?何だこれ。

 柚希は必死で思い出そうとする。


 何か伯爵家の令嬢とか、王子がどうとか・・・・・はあ?なんだそれ。


 混乱する柚希の頭に、大量の情報が流れ込んでくる。


 みなしごだった事、スラムでゴミを漁って何とかその日その日を生きていた事、ある日闇魔法が使えることに気が付いて、それからは金持ちを眠らせてちょっとばかし金目の物を拝借していたこと。ある日手を出してはいけない大物に手を出し、捕らえられた事。それから暗殺者になるべく地獄の特訓をさせられた事。


 そして今日が、初仕事の日であること。



 やたら豪華なケバケバしい部屋は、日本ではあり得ない。

 テレビで見た外国のお城のような。



「おい、レン出てこい。」

「はい。」



 ローガンという暗殺者のリーダーの呼び声に、反射的に返事をする。

 ここでしくじったなら、また体は壊さず痛みだけ感じさせられるような地獄の特訓の日々に逆戻りだ。


 内心冷や汗をかきながら、なんとかスゥっと良い感じにご婦人の前に登場することに成功した。

 まだ全てを思い出したわけではないのに、生存本能の成せる業。



 なんだこれ。なんだこれ。どういう状況だこれ。



「こいつなら学園に生徒として入学できるでしょう。世にも珍しい、闇魔法の使い手です。」

「闇魔法?闇魔法なんかでどうするの。」

「攻撃や守備が例えどんなに優れていても、人間誰しも夜は寝るものです。気持ちよく眠るように、永遠の闇が、奴らを包み込むことでしょう。」



 あ、これ転生ってやつか。

 え、まさか一度死んだ?




 ・・・いや死んでてもおかしくもなんともないな。

 若いとは言え労働時間の過労死ラインは軽く超えてる。





 転生したら、初仕事直前の暗殺者でした。

 ――――こんなことってある?


「頼んだぞ、レン。」

「は。」



 あ、お任せくださいとか言った方が良かったか?









 ****恋愛パートに全く興味がなかった数野すみれが読むはずのなかった『遥かな世界』キャラクターファンブックより****




 《闇の暗殺者 レン》

 黒髪に金の目。貴重な闇魔法使い。魔力の吸収、癒しなどが得意

【攻略ポイント】女主人公だと、何をどうやっても恋愛エンドにならない。

 暗殺者組織に洗脳されているが、洗脳が解けると心優しい。

 厳しい訓練のせいで最初は表情がなく、声にも抑揚がないが、好感度が上がるにつれて、少しずつ感情を取り戻していく。

 恋愛でも友情でも、ハッピーエンドを迎えるには、暗殺者集団から解放させてあげる必要がある。

 男主人公の場合は・・・・・。





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