第32話 クラスメイトの公爵令嬢

領都の本邸のダンスホールに比べれば少し小さいけれど、計算され尽くした光がダンスする者たちを美しく照らす。


火魔法が輝き水魔法で優しく包み、風魔法で時折揺れる。

ジェームズやキャミーは寂しいとか言っていたけれど、シアやノアがメキメキと魔力の実力を付けてからも改装した、最新鋭のダンスホールといって良いだろう。




その中央で輝くばかりのエマとキーン様のダンスを見て、シアは目に涙が溢れそうになる。

ずっと平気なフリをしていたけど、本当はエマは辛い思いを我慢していたことをシアは知っていた。




全ての事から解放され、姉は正に輝かんばかりに生き生きと踊っている。

キーン様も公爵令息なだけあって、堂々とさえしていればその所作はすばらしく優雅だ。

危なげなくエマをホールドし、初めてとは思えないぐらい、ピッタリとはまりあったようなダンスを演じている。




「シア!お姉さまのお誕生日おめでとう。」

「イザベラ!来てくれたのね嬉しい。」



その時、クラスメイトのお友達、イザベラが声を掛けてくれた。


光に反射して煌めく艶やかな銀の髪に銀の瞳。

最先端のドレスを堂々と着こなし、上り眉毛がキリリと凛々しい勝ち気な美人だ。


イザベラは学園でアラン王子達に絡まれて孤立しようとしていたシアを、そうと知っていて普通に接してくれるありがたい友人。


「まさかあなたと親戚になるなんてね。」

「本当にビックリ。これからもよろしくねー、イザベラ・マッケンゼン様」

「こちらこそ。」






「お前ら本当に仲良かったんだな。」


アラン王子が感心したように肩を竦める。


―――あ、まだ近くにいたんですか?


「本当にって?」

「いや、何か裏があるのかと・・・・。」


ふんふん。何が言いたいのかしら。

まさか私が女子生徒からの批判の風よけの為にイザベラと仲良くしているとでも?


「・・・裏、ありますけど。」


その通りよ!

全く、私がどれだけ学園で苦労していると思っているのか。

イザベラがいなかったら、危うく虐められヒロインルートまっしぐらよ?




「あ、あるのか・・・。」

なんだかショックを受けているようなアラン王子。

そういえばこの人人間不信なんだっけ。

でも乙女ゲームが始まる五年前だからか、ゲームのイメージよりは人当たりが良い気がする。


「そうですよ。イザベラが守ってくれなかったら、今頃私が学園で、どんな目に遭っていると思っているんですか。」


「お、おい。それイザベラの前で言って良いのか?」

従妹なだけあって、アラン王子とイザベラもどうやらそこそこ付き合いがあるらしい。

そういえば乙女ゲームでアラン王子のデフォルトのパートナー(主人公が別の攻略対象選んで踊っている時の王子が踊っている相手ね)って従姉の令嬢だったような。


「良いのよ。知っているもの。」

付き合うのには裏があると聞いても、全く気にしない様子であっさりとしているイザベラ。



イザベラのこういうところが大好きなの。。

風よけってだけじゃなくて本当の友人としても。

それにとっても優しいのだ。

ワイアット様やキーン様も。マッケンゼン家の人は皆優しい。


「そうなのか。分かっていて、何の見返りもなくシアの事を守ってあげているのか。お前良いヤツだな、イザベラ。」


「・・・見返り、ありますわよ?」


「あ、あるのか・・・。」


甘いわねアラン王子。

人と人との付き合いには、裏があるかないかだけじゃないのよ。

良いじゃない損得あったって。

損得もあるし、友情もあるのよ。それで良いの。


「一体何の見返りが・・・。」

「ふふふ、私、アラン王子とかマリウスとかって全然好みじゃないので、シアがチヤホヤされていても全くどうでも良いのよ。」

「お、おう・・・そっか。」




「私の好みはノア様。ノア・イーストランド様よ!あのフワリと微笑んだ時の可愛さ、美しさ、時折頬にかかるサラサラの金髪、零れ落ちそうなほど大きく輝く瞳。全てが完璧です!」




「あ、ようノア。」

「ええええ!?ノア様!?」




夢中になってノアの良さを演説するイザベラの後ろから、ノアが近づいてきてしまった。

ノアは途中で自分の事を話されている事に気が付いて、聞いてしまったことをイザベラに気が付かれないうちに離れようとしていたようだった。

しかしその前にアラン王子が声を掛けてしまう。


「ノ・・・ノア様!今の話・・・・・。」

「・・すみません。妹をダンスに誘おうかと思ってきたのですが・・・。」




どうやら丸聞こえだったようだ。

ノアは気まずそうに視線を泳がせている。



「し、失礼いたしました。お恥ずかしいです!わ、忘れて下さい。」




さすがにいたたまれないのか、真っ赤になって下を向いてしまうイザベラ。

いつもハキハキと聡明で快活なのにい、珍しくしどろもどろになっている。スカートを握る手が少し震えている。


イザベラのその様子にシアは少し驚いた。

ノアの事を好き好き言うので、色んな情報を面白がって流していたけれど、思っていたよりも本気なのかもしれない。


これは・・・ノアは深く追求しないで何事も無かったかのようにこの場を離れた方が・・・・。



「いえ、妹をダンスに誘いにきたのですが・・・・もしよろしければ、私と一曲踊っていただけませんか?イザベラ様。」


シアの予想に反して、ノアはその場を離れず、何とイザベラに向かって手を差し伸べたではないか。

女性に恥をかかせない。

紳士よ!紳士だわノア!



「そんな!・・よ、よろこんで。ありがとうございます。」



真っ赤になって照れているイザベラ。

始めは驚いたようだが、すぐに切り替えてノアの手を取る。

チャンスは逃さない。こちらもさすがである。


・・・良かったねー。今度学園で感想を聞こう。




「あー、じゃあ俺たちも踊るか?」

今日はうちがホストのパーティーなのでセオもルーカスも警備やパーティの手伝いやらのお仕事で忙しい。

ノアもとられてしまったので、シアは踊る相手がいなくなってしまった。

アラン王子も、イザベラがノアと踊っているので空いてしまっているのだろう。



「そうですね。ではよろしくお願いします。」

さすがにお姉さまの誕生日パーティーでダンスを拒否するような薄情者ではない。

ニコニコ楽しそうに踊ってパーティーに華を添えるのも参加者の役割なのよ。




アラン王子の手を取り、ダンスホールの中央に歩み出るシア。

他家のパーティーにはほとんど出ないけれど、体力も運動神経も令嬢のたしなみとして日々練習はしている。


「あ、でもマリウスのお姉さまがいらしてますけど。」

曲に合わせて踊りながら気が付いた。



会場に、アラン王子がイザベラと同じくらい良く踊っているらしき相手であるマリウスの姉の、スカーレットの姿があるではないか。




マリウスのオーレンドルフ家は第三王子派の筆頭。

イーストランドは穏健主義とはいえ一応同じ第三王子派閥のなので、参加していて当然だ。



「・・・あいつと踊っているとマリウスと踊っているみたいで落ち着かないから良いんだよ。」

そういうものなのか。

確かにスカーレット様はマリウス様とそっくりだ。





アラン王子のリードはさすが王子というものだった。

見た目を裏切って優しいのに、なぜかとても安定感がある。

安心して思いっきり踊れるので、自分がいつもより優雅に踊れている気がする。


「すごい!アラン王子ダンスがお上手ですね。何をやってもフォローしてくれるから楽しいです。」

調子に乗って、跳ねたり背中を逸らせたりとメチャクチャに踊っても、まるで最初から打ち合わせしていたとでもいうように優雅な踊りに見せてくれる。


「そうか。でもちょっとやりすぎじゃないか?」

「あ、さすがにちょっと厳しいですか?」





「・・・・・・・このくらい余裕だ。」

「あはは。」




強がるアラン王子が面白くて、その後これでもかと好きなように踊ってしまった。

本当にどうやっても何とかしてくれるので、一体どこまで出来るのか気になって。


夢中になって、時を忘れて踊り続けてしまった。





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