第11話 無実の男の子

ココナナのジュースを飲んで休憩した後も、街の散策を続ける。

ノアの希望で入った本屋さんには、それまで読んだことのないような大衆向けの小説などが沢山あった。シアも一番人気だという恋愛小説を買ってみる。



―――やっぱりどこの世界も、女の子は恋愛小説が大好きなんだな。

あ、そう言えばここ、乙女ゲームの世界なんだっけ。王子とか宰相令息とか今頃どうなっているんだろう。




ふと急にそんな事が思い浮かんだが、まあどうでもいっかと思いなおす。

シアは光の聖女でも勇者でもない。乙女ゲームの攻略対象である王子様なんぞと係わることはないだろう。

しかもまだ7歳の幼女なのだし。



ノアは精霊獣の図鑑を購入していた。この世界では精霊獣は憧れの的。見たことがない図鑑を見つけて、嬉しそうに頬を紅潮させている。



そうして目的も決めずに、ぶらぶらと街を歩いていたら・・・・なんだか見覚えのある光景が、目に飛び込んできた。


「・・・・課金の泉。」

「カキンの泉?ここは『女神の泉』といって、街の中心の広場にある憩いの場です。」


セオが説明してくれる。

その泉は、乙女ゲームでとても見覚えのある泉だった。いや、本当に『課金の泉』などという俗物的な名前な訳ではないけれど。



ゲームで課金するときに、背景画像に出てくる女神像のある泉と、そっくりな泉が目の前に広がっていた。




課金によって出来る事はたくさんある。

例えば精霊獣の交換もできるし(絶対しないけど!)、あとはアイテムボックスの容量を増やすことも・・・・。


今は1種類しか収納できないけど、1リルで2種類のものが収納可能になるはずだ。

10リルで4に、100リルで8に。1000リルで16、10000リルで32、100000リルで64。そして1000000リルで128。



これは言わずもがなだけどとても便利な機能だ。あらゆるポーションやアイテム、食料や装備を、いつでも持ち歩けるのだから。


ちなみに同じ種類のものなら、いくらでも収納できるので、シアは現在、いざという時の為に、常に大量の回復ポーションを持ち歩いていた。

ミンタ草のミッションの時にいっぱい作れたので、×32とか入っている。



ゴクリ。


緊張から唾をのみ込み、ステータス画面のコイン表示を押し、1リルを取り出す。


「アイテムボックス、増やしてください!」


シアが1リルを握り締めながらそう念じると・・・・・・・。


ステータス画面のアイテムボックス容量が2に増えた!!


目で合図をすると、セオがクロエに防音魔法を掛けさせてくれる。


「セオ!アイテムボックス増やせるよ!」

「・・・まずそのアイテムボックスとは何ですか?」


え!この世界の人ってアイテムボックス知らないの?その能力にも気が付いていない?



「ステータス画面にアイコンがあるんだけど・・・」


ああああ~、どんなに試しても、ノアとセオはステータス画面を出せなかったんだった。

これは元プレイヤーだけの機能なのか。


荷物を手で持ち運ばなくても、いくらでも出したり仕舞ったりできるのがアイテムボックス。

それが今まで1種類の物しか使えなかったんだけど、この泉の前でお金を払うと増やすことができる。


そう説明すると。


「とりあえず、100万リル、課金しておきましょう。」



迷うことなくセオはそう言った。

―――気が合うわね、私もそう思っていたよ。


財布を取り出そうとするセオを制して、ステータス画面のコインアイコンをタップする。

伯爵家に100万リルは余裕で払えるのだろうが、何に使ったのか聞かれるのは面倒だ。

ここは前世のお金で払っておくのが無難だろう。


100万リル取り出すと同時に、先ほどの要領で願うと、アイテムボックスが一気に128に増える。

これでしばらくは、困る事はないだろう。


ついでに課金の泉で治療ポーション、魔力回復ポーション、精霊獣のオヤツも大量に購入。


―――実は転生してみると、ゲームでは簡単に作れるこれらのポーションは、この世界ではとても貴重品だった。


伯爵家と言えども家族用に少しだけ置いてある程度。しかも使用期限があるらしい。


アイテムボックスに入れておけば使用期限は無制限だ。


そう説明すると、セオが驚いていた。


「まさか課金の泉がうちの領にあるなんて。すごい偶然。」

「・・・・・・東西南北、それぞれの辺境伯領と、王都の中央広場に同じような泉があると聞いたことがあります。」


なるほど!それならどこに住んでいても、どこかしらの泉は近くにあるという事か。








「またお前か!!ホラとっとと盗った金出せ!!」



その時、和やかな雰囲気の憩いの広場にちょっと剣呑な声が響いた。


平日なのでそこまで人は多くないが、何組かが噴水に腰を掛けたり、階段部分で談笑したりと楽しんでいたところだったのだが。


ナタリーは聞こえた声の内容が気になったのでそちらを見る。

ノアとセオも同じなのか、声の方に注目している。他の人たちは特に気にした様子もなかった。



「は?何のことだ。」

「しらばっくれんじゃねー。この方の財布がなくなったんだってよ。どうせまたお前だろ。早く金出せ。」

「違う!なんだよそれ。見てもいないくせに決めつけるな!」


「いやあ、すみませんね。コイツこの辺でコソ泥で有名なんすけど。すぐ取り戻すんで。」

「早くしてくれ!全く。ここの治安はどうなっているんだ。」



聞こえてくる話からすると、随分酷い事を言っている。

誰かがお財布を無くした。

盗まれたかどうかも分からないのに、お前がやったんだろう・・・ですって?



気になったので、声のする方に向かっていく。

止められるかと思ったが、セオとノアも一緒に付いてきてくれた。

クロエの防音魔法が効いているせいか、周囲の人達は私たちの事をあまり認識していない様子だ。



そこにいたのは私たちと同じくらいの年の男の子だった。広場に敷物を敷いて、細工物などを並べている。

観光客などを相手に売っているのだろう。

黒髪黒目。意志の強そうなその表情に、何となくこの子ではないと確信する。


久しぶりに見た日本人の色に、親近感が湧いたのかもしれない。というか、相手の言っている事がメチャクチャすぎる。



男の子にイチャモンをつけているのは裕福そうな偉そうな男と、神経質そうな小柄なオジサンの2人組だった。

先ほどから叫んでいるのは、小柄なオジサンの方だ。

ガリガリで小柄だが、流石に普通の子どもでは大人相手には勝てないだろう。




「おら!立てよ!金出せ!」

「やめろ!触るな!!」


ガリガリオジサンがついに男の子の腕を掴んで無理やり立たせている。

あっという間にポケットを探ると、勝手に小袋を取り上げている。


「ホラあるじゃねーか。お前がこんな金持ってんのおかしいだろ?」



―――おかしいのはお前だ。


もう黙っていられないと思い、シアが足を踏み出そうとすると、誰かに肩を押さえられる。

振り向くと、ノアだった。



「なあに?ノア。止めないで。私怒っているの。」

「違う、僕に行かせて。伯爵領で起こっている事だ。今は僕に責任がある。」



お父様とお母様がいない今、この場での伯爵家の代表はノア。

・・・8歳の子どもなのにそこまで責任感を持たなくても・・・と思うけれど、ノアのその思いを無下にしたくなかった。


セオが防音魔法を解除する。

護衛達もしっかりと取り囲んで警戒しているのを、興奮しているオジサン達は気が付いていない。



「ヤメロ!返せ!おつり用に持ってきた金と今日の売り上げだ!」

「だーかーらー。こんなにあるはずないだろって。・・旦那、こちらでよろしいですか?」

「はあ。私が持っていたのはこんなはした金じゃなかったのだけどね。」

「あ?お前残りの金はどこに隠した・・・。」




「止めろ!先ほどから見ていたが、盗人はお前の方だろう。」

「あ?なんだうるせ・・・」



子どもの声だと思ったのか、馬鹿にしたように振り返ったそのオジサンの言葉が途中で止まる。


私たちの今日のファッションは、ザ・貴族の子である。しのぶ気も隠す気も一切ない。

伯爵家の馬車で乗り付けた伯爵家のお子様たちよ。護衛も隠れる気もなく堂々と護衛してる。



「あー・・・いえ。お坊ちゃん。どう、されたんでしょーか。」




背後で護衛達も睨みを利かせているせいか、いきなりオジサンが大人しくなる。いいぞ、もっとビビらせてやれ。


「先ほどから聞いていたが、盗んだ所を見たわけでもないのに、言いがかりも良いところだ。それより無理やりその子のお金を取り上げて、どう見ても盗人はお前だ。盗人どころか強盗だろう。」


―――そうそう。それが言いたかったのよ。


「へえ、あのですね。坊ちゃん方はご存じないかと思いますが、こいつはこの辺じゃ有名なコソ泥なんスよ。何も知らない観光客からいつもくすねているんですけどね。」

「今日、いつ、この子が盗んでいるところを見たんだ?」

「いやいつって・・・・さっきちょっとこの広場通ったんでその時でしょうかね。」


「つまり見ていないんだな?じゃあ返せ。そうしないとお前を捕まえて警吏に突き出す。」

「そんなぁ。横暴ですよ。」


渋々と言った体で袋を子供に返すオジサン。しかしその態度が気に入らない。

あくまで自分は悪くない、貴族の子どもの我儘が大変と言うアピールか、知り合いらしき野次馬と目配せして肩をすくめたりなんかしている。



―――腹立つわー。



「オホンッ。君たちはどこの子達だね?私はアルデバルド子爵家の者だが・・・・。」

「イーストランド伯爵家の者ですけど。」

「お、おう。そうかい。」


裕福そうな方の人の名乗りに、被せるようにすかさず名乗ってしまうシア。


自分で財布持ってウロウロするような人が貴族とは、驚きだ。

しかも案内人は現地のオジサン一人とは。

爵位だけあるけど実態はそれほどでもない名前だけ貴族だろう。



「旦那。ここは仕方ありやせん。・・・じゃあ坊ちゃん、嬢ちゃん、行ってもよろしいですかね?失礼いたしやす。」



最後にまたやれやれと肩をすくめるオジサン。

アルデバルド子爵とやらもそれに応じて軽く首を振ったりしている。慇懃無礼ってこのことを言うのね。

何とか言ってやりたいけど、また貴族の子どもの我儘扱いされるのかしら。



くっ、難しいわ。


「ちょっと待て。アルデバルド子爵家の者といったか。何か不満がありそうだ。聞いてやるから言ってみろ。」


そこで意外にもノアがオジサンたちを呼び止める。

オジサンというか貴族の方。


「い、いえいえ。不満などありませんよ?何も言っておりませんし。」

「今お前は肩をすくめて首を振った。貴族のマナーとして、何もしていないでは済まされない。不満があるなら口で言え。伯爵家の者として、侮辱をそのままにしてはおけない。もし私の態度に問題があるというのなら話を聞こう。」

「え、いえ・・・・。」


また男の子が有名なコソ泥だからコイツが盗んだに違いない理論を持ち出すかとも思ったが、流石に分が悪いと思ったのだろう。

言葉を濁すだけでその男は何も言おうとしなかった。


「何もないのに私たちを侮辱したのか?」

「・・・・・申し訳ありませんでした。」

「家として正式な謝罪を要求する。後日イーストランドの屋敷の方に、アルデバルド子爵から正式に謝罪をするように。・・・・お前はもう行っていい。」


そうそう。この男、アルデバルド子爵、じゃなくて子爵家の者って名乗っていたのよね。

という事はこの男本人は子爵じゃない。

弟だか子どもだか・・・それならマシだけど、遠い親戚だったりしてね。



護衛がその男の身元を確認している。後日言い逃れ出来ないようにだろう。

普通に謝ってその場を離れていれば良かったものを。

フッ、バカね。



「すごいよノア!私は失礼だと思ってもどうしていいか分からなかったのに。」

「貴族相手ならやり方があるんだよ。」




そう言ったノアはちょっと得意げで、ちょっと格好良かった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る