第21話 深緑の森へ
一週間以内という期限から、早い方が良いだろうと判断して、もうその日のうちに出発することにした。
―――今日が学園の休みの日で良かった。
例え学園のある日でもミッションに行っただろうが、また王子達がうるさそうだ。
深緑の森と言うのは、王都から比較的近い山間にある。
「太古からある、風と地の魔力に溢れた荘厳な森だそうです。鷲が住み着いていて、人間がむやみに立ち入らないように保護されている区域です。」
屋敷の書庫から急いで持ち出した資料を、馬車の中でセオが読んでくれる。
王都の中は馬車で移動し、王都の外れからは馬に乗り換える予定だ。
本当なら屋敷から馬に乗っていきたかったが、街中で騎馬移動は目立ちすぎる。
「風と地の魔力に溢れた山かぁ。綺麗なんだろうね。・・・・でもいったい何が起きているんだろう。」
「心配だな。」
ノアが答えた。
風魔法の得意なノアと地魔法の得意なセオがいるので心強い。
でも一体、そんな山で今何が起きていると言うのだろう。
昼近くになって、ようやく深緑の森にたどり着く。
気が急ぐが大切な用事の前だからと、アイテムボックスに入れておいた食材で手早く食事をする。
パンに干し肉、チーズ、野菜、スープも取り出して敷物に並べると、皆思い思いの物を勝手に取って食べていく。
何年も一緒に冒険をしていて、この辺の段取りは慣れたものだった。
食べている間、皆無言だった。
近くまで来て見た深緑の森は、神聖な空気の荘厳なはずが全体的に茶色くなってしまっていたのだ。
枯れてポッカリと山肌が見える部分すらある。
そして山全体が、何かドロドロとした黒い魔力に覆われている。
この魔力を、シアは知っていた。
前世のゲームの中でだ。
「闇の竜の魔力と同じかもしれない。」
皆が食べ終わった頃を見計らって言った。
「闇の竜、ですか。」
「うん、ゲームではね。闇の竜の住んでいる山が、ある時から徐々にこんな感じで黒い魔力に覆われていくんだ。」
「ではこれは闇の魔力か?」
「闇の魔力とは違うんじゃないか。闇はもっと・・・癒しの力だ。」
ノアが誰にともなく呟き、ルーカスがそれに答えている。
そう、闇とは人々に安らぎを与え、慈しむ癒しの力だ。
眩しい光の中だけでは人は生きていけない。
暗闇が人々に休息をもたらすのだ。
この黒い魔力は、闇の魔力ではない、もっと何か淀んだものだった。
闇の竜が住んでいるのは、私とノアの・・・そしてセオとルーカスの生まれ育った地。
イーストランドの領地だ。
その闇の竜が、この目の前の悲惨な状況の山のようになると言われ、皆少なからずショックを受けている様子だった。
シアもゲームの知識はあったが、ゲームをやっている時はどうせいつかはミッションクリア出来るだろうし、最悪クリア出来なくてもゲームを一からやり直せば良いと深く考えていなかった。
さらに転生してからも、最初はまだ7歳だったため、闇の竜の渓谷が黒い魔力に覆われるのはずっと先の事だと油断していた。
確かゲームではスタート時点でアラン王子が18歳だった。
今アラン王子は13歳。
気が付けばあとほんの5年後の話ではないか。
「ゲームでは、深緑の森のミッションはありましたか?」
セオが聞く。
「ううん。ゲームはアラン王子が18歳の時点からスタートなの。今から5年後だよ。深緑の森というのは、今日初めて聞いた。」
「・・・・では、黒い魔力に覆われた闇の竜のミッションは、どうやったら解決するかは知っていますか?」
闇の竜ミッションはまだやっていなかったけど、ゲームの核ともいうべきミッションの解決方法は何となく知っていた。
簡単な事だと思っていた。
実際に十分にレベルさえ上げれば、確実にクリアできるミッションですらあった。
―――ゲームであれば。
「ゲームなら、『プレイヤー』は強い光の魔力の使い手なんだ。その光の魔力で、黒い魔力を浄化する。・・・浄化することが出来るまでレベルをあげればミッションがクリア出来たはずだよ。」
「・・・・・・。」
耳が痛くなるほどの沈黙が、辺りを覆った。
そういえば、先ほどから獣や鳥の鳴き声一つしない。
この山の生き物は・・・住み着いていたと言う鷲達は今頃どうしているのだろうか。
シアも、光の魔術を使えないか、これまで何度も何度も何度も試した。
使える魔術の系統は1種類とは限らない。
苦手な系統でも、練習すれば少しくらいなら使えるようになる。
シアもほんの少しなら光の魔術を使えるようになった。
でもそれだけだ。
―――私はこの世界の主人公ではなかったみたいだ。私の魔力はどう転んでも、どれだけレベルアップしても『水』だった。
「シア様、それで光の魔術の練習を、良くされていたのですね。」
「・・・・うん。」
セオに何度か効率が悪いのではと提案されても、光の魔術の練習を必ずし続けた理由はそれだった。
効率が悪くても、レベルを上げて上げて上げまくれば、光の魔術も苦手なりに使えるようになるだろうと。
「シア。そういうことは皆に相談しろ。シアだけ光の魔術を練習するより、皆でした方が良い。シアより得意な奴がいるかもしれないし。」
ノアが優しくそう言ってくれる。
「そうだね、ゴメン。もっと早く言っていれば、今もっと皆も光の魔術が使えたかもしれない。でもノアはどう見ても風が得意だし、セオは地だし、ルーカスは火だった。無理に光の魔術の練習をするより、自分の得意な系統を伸ばした方が、絶対に良いと思ったんだ。」
「それはシアも同じだろう。」
ノアにコツンと頭を小突かれてしまった。
世界一優しい『コツン』だった。
「王子達にもやらせよーぜ。光の魔術の練習。」
「そうですね。」
ルーカスの提案に、セオが悪戯っぽくニヤリと笑って答えた。
何だかんだ言って、皆アラン王子達の事を信頼し始めているみたいだ。
王子に・・・王家にはシアの秘密は絶対に漏らさないようにしようと決めていたけれど、何というかあの二人に、シアを利用して上手いことやっていくような小ズルい真似を出来るとは到底思えなかった。
乙女ゲームのメインヒーローは伊達ではない。
笑ってしまうくらい真っ直ぐで、不器用な人たちだ。
「あの二人なら、まあ大丈夫よね。」
「そうだな。―――――じゃあ、行くか。」
ノアの言葉に、皆が一斉に立ち上がる。
話していても仕方がない。
行こう。―――深緑の森へ。
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